金融緩和の出口戦略が失敗する時

前回のエントリーの結論とも関連するが、金融緩和のリスクが顕在化した時に何が起きるのか、特に出口戦略が失敗する時に何が起きるか、のイメージがリフレ政策賛成派の方々とはかなり違うようなので、整理の為、筆者の理解をまとめてみる。


基本的に出口戦略の失敗リスクを低く見る人は、インフレ率が高くなってきたらその時に引き締めれば良いだけであり、インフレ目標もあるのだからインフレ率が高くなる前に心配する必要はない、という理解のようだが、その時になって効果的な引き締めができるかどうかはそれほど簡単な問題ではない。 


この時、最も大きな問題となりうるのは日銀が量的緩和で買い進んだ膨大な債券(国債)である。 (←前回エントリーで漢字間違えてた _| ̄|○)


究極的な問題としては、債券価格が暴落すれば日銀の資産が毀損して市場に供給した資金が回収しきれなくなるというものがある。 これは潜在的なリスクとしては最大のものかもしれないが、現実にはそこに至る前に大きな問題に突き当たる可能性が高い。


まず、この問題について前提として考えないといけないのは、日本の財政が新規に国債を増発し続けないと維持できない状態にあるという事である。

こうした状況下では国債価格が大きく下落すれば、これまで以上に膨大な額面の国債を発行する必要に迫られることになるし、そもそも金利が上がりすぎれば財政の維持可能性に赤信号がともることになるわけで、なんとしてでもそれを回避する必要が出てくる。 ちなみにその手段として手っ取り早くかつ一部で熱烈な支持があるのが財政ファイナンスで、要は新規国債を日銀が買いきってしまうような手段だが、これをやると当然インフレ抑制はできない。 それだけでなく、中銀が政府の圧力に屈して財政ファイナンスに手を染める可能性があるとの見込みが強まるだけで円が暴落する恐れもあり、これも更にインフレに拍車をかける可能性がある。 


こういう状況に陥った場合、直ぐに金融引き締めに移ることも、将来の貨幣量が経済規模に比べて十分に増えない状態をコミットすることも中銀単独では不可能になる。 引き締める為に国債を放出すれば財政破綻を加速し、国債を購入してもインフレを加速させるわけであり、口先で「我々は引き続き物価の安定に努めるし、その手段はある」みたいなことを言っても誰も信じなくなる。 まさに中銀が物価のコントロールを失った状態である。 

ちなみに上記はインフレが高進した場合だけでなく、資産バブルが加熱した場合についても似たような状況、ジレンマが予測できる。 金融引き締めによる債券価格への影響が大きすぎると目されれば資産バブルへの対応が遅れ、それを市場に見越されればますます資産バブルは加熱する。 特にインフレ率が低いまま資産バブルが加熱した場合は中銀の対策が後手に回ることが見えており、非常に困難な舵取りが迫られることになる。


そして、中銀が半ばコントロールを失った状態から「将来の貨幣量が経済規模に比べて十分に増えない」状態をコミットできるのは政府だけであり、つまり財政再建をコミットすることが必須となってくる。  


ちなみに実はこれは(深刻さは違うものの)金融危機以降の英国が直面している問題と同類ではないかと個人的には考えている。

英国政府はバブル崩壊後の金融危機を避けるため、金融機関に巨額の公的資金を注入したが、その主な財源は国債で、しかも英中銀が量的緩和と称してそのかなりの部分を引き受た。この処置自体は後手に回ったバブル崩壊への対応としては仕方がないものだったと思うが、これは見ようによっては財政ファイナンスそのもので、これだけだと当然上記のような悪循環が生じることも危惧されるような状況であり、英国政府は併せて財政再建を進めることをコミットした。 

その結果は、高インフレ(但しコントロール可能な範囲)と福祉削減等の緊縮財政が英国経済に影を落とす状態が続いている現状である。 


結局の所、上記は中銀の物価へのコントロール能力は単体で存在するわけでなく、政府財政の健全性と政府からの独立性の二つに依拠しているという当たり前の話である。 しかし最近の風潮は金融政策万能論にも見える話を政府自らが喧伝し、政府が短期的・直接的な効果(特に選挙上の?)が期待できるばら撒きをやりつつ、中銀は長期での物価の安定、失業率、etc. をコントロールしろという施政者にとって非常に都合の良い話になっている。 「財政再建はインフレになれば自然と解決する、なぜなら税収弾性値は4もあるからだ!」と言うような実体の無い議論に乗っかって、円安政策と(実体も効き目も不明の)成長戦略だけでどうにかできるほど、日本の財政問題は簡単では無いというのが筆者の理解であり、今の風潮には危うさを覚えずにはいられないのである。