なぜ日本のサービス産業の生産性は低いのか?

諸外国と比較した時の日本の労働生産性の低さはある種の意外感を持って語られることの多い話題であるが、中身を見ると良い意味で?イメージ通りな部分も多い。

たとえば、公益財団法人日本生産性本部より発表された「日米産業別労働生産性水準比較」では

・産業別にみた日本の労働生産性水準(2010〜2012年平均)は、化学(143.2%) や機械(109.6%)で米国を上回り、輸送機械(92.7%)でも遜色ない。

・一方、サービス産業をみると、運輸(44.3%)や卸売・小売業(38.4%)、飲食宿 泊(34.0%)などの主要分野で格差が依然として大きい。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001494/attached.pdf


と、特にサービス産業における労働生産性が米国の半分にも満たないことが指摘されている。 

各産業の後の比(%)はもちろん(日本÷米国)であるが、それぞれの逆数を取ると運輸(226%)、卸売・小売業(260%)、飲食宿泊(294%)となる。これは(日本/米国)を(米国/日本)にしただけともいえるが、見方を変えれば同じ対価に対してどれだけ人手をかけたサービスが受けられるかの(日本/米国)比を示していると考えることもできる。

つまりかなり乱暴に言い換えるなら日本では、運輸、小売、飲食、宿泊等のサービス産業分野において、同じお金で米国よりもはるかに人手がかかったサービスを受けられるという事を示している。中身は同じでも「日本のサービス産業の労働生産性は低い」と聞くと不思議に感じる方でも「日本の方が同じお金でより人手のかかったサービスを受けられる」と聞くと納得される方も多いのではないだろうか。

実際に、筆者は米国、英国に居住経験があるが、これらの分野でのサービスの選択肢の豊富さときめ細かさ(=手のかかり方)は比べ物にならない。又、こちらの情報によれば、人口千人あたりの事業体数も日本では小売が8.9、飲食が5.7なのに対し、米国は小売が3.2、飲食が1.8しかなく、約3倍もの差がある。見方によっては日本では過剰ともいえるサービスの提供が行われていることがわかる。


なぜこのようなことになるのかについても考察しておくと、これは日本の「おもてなし」の精神も関係ないとはいわないが、むしろ構造的な問題と考えるべきではないだろうか。

飲食や小売などが過剰な競争によって収益性が低くなっているにもかかわらず、なぜ本格的に淘汰されてこなかったかといえば、パートタイムに代表されるコストの低い労働力の潤沢な供給があったことと、超低金利によって事業体の維持コストが低かったことが要因に上げられる。家族経営に準じるような小規模事業体は相対的に見て労働生産性が低くても、それでなんとか食っていけるなら潰れずにサービスを提供し続けられるわけである。

そして、これらの要因は新たに店舗を増やしている企業でも労働生産性を下げる方向へと働く。たとえば東京の都心部では同じ系列のコンビニがすぐ近くに何件も建っているような場所がたくさんあるが、このような集中出店は労働生産性の観点から言えばマイナスである一方、コンビニの本社にとっては利益の最大化に繋がっている。 ざっくり言えば1店舗のみの出店であれば100の売り上げを見込めるエリアに3店舗出店して200の売り上げをあげようという話であり、店員一人当たりの売り上げは下がるがコンビニ本社の利益は増加し、消費者の利便性も向上する。そしてこの場合、金利が低ければ利回り等を考えた店舗の維持コストも下がる為、より多店舗展開を進めやすくなる。 


こういった観点から労働生産性を改善する為に必要なのは過剰競争の緩和であり、つまり収益性が低い店舗の淘汰が進むことであるが、厳しくても食っていけている店をむりやりつぶす意味もないし、利益の最大化を進めるコンビニ等の多店舗展開を制限することも難しい。又、そもそもこれらの分野で淘汰が行われて労働生産性が向上したとしても、淘汰された店舗で働いていた就業者もどこかで働く必要があるわけで、今の日本でその受け皿の候補を考えると大きなものでは介護くらい見当たらない。よってこれらの業種で淘汰が進み、労働生産性が上がったとしてもそれが国全体で見た場合の労働生産性を引き上げることになるかどうかは不透明と言わざる得ない。又、淘汰が進むことによって収益性及び労働生産性が向上するというのは、言い換えれば同じサービスにより高いお金を払うことになるという事であり、積極的に進めないといけないものなのか?という疑問も有る。


一方、このようなバランスを保つ要因の一つとなってきた、「コストの低い労働力の潤沢な供給」については陰りが見え始めている。以前にも書いた(参照)が、本格的に人口減少が始まり、かつ労働参加率の上昇もそろそろ限界が見え始めるなか、これまでとは一転し、コストの低い労働力が不足する時代となりつつあると筆者は考えている。つまり放っておいても人件費の上昇を契機とした淘汰が大きく進む可能性が高く、振り返ってみれば今が日本のサービス業の黄金時代だった、ということになるのかもしれない。


[追記]
尚、念の為に書いておくと「コストの低い労働力の潤沢な供給」はこの文脈では原因であって結果ではない。収益性の低い飲食や小売が賃金を下げているのではなく、低賃金の労働力の存在が結果として低収益の事業体の存続と薄利多売的な店舗展開を助け、労働生産性を下げているという話である。労働市場が本当の意味でタイトになれば、サービス産業の構造がどうであれ賃金は上がるし、賃金が上がれば淘汰が進み労働生産性も上がる。