『不安』に働きかける金融政策

前のエントリーでは下図を示しながらアベノミクス開始後に生じた労働力人口や就業者数の減少から増加への反転について、ITバブル崩壊からの雇用回復時にも同じことが起こっており、アベノミクスが無かったら起こりえなかったとは言えないのではないかと指摘したが、ITバブル崩壊からの雇用回復時と比較して、アベノミクス期の雇用回復の特徴を上げるとすれば、それは女性の労働力人口の伸び方が力強い点にあると言える。



下図は前回示した失業率と労働力人口のグラフを男女別に分けたものとなるが、男性の労働力人口は両方の雇用回復期で減少から維持(微増)へと途中でトレンドを変えており、一方、女性の労働力人口は、ほぼ同じ時期に維持から上昇へとトレンドを変えているが、トレンド変更後の上昇の仕方がアベノミクス期の方がかなり力強いように見える。




なぜこの違いが生じたのかについては少し調べてみたが、女性の雇用にだけこれだけ強く効くような政策がアベノミクスにあったのかは確認できなかった。ただ、これと関係がありそうな面白い記事(参照)を見つけたので、紹介してみる。


記事はビースタイルが「政治に期待すること」をテーマに働く主婦層にアンケート調査の結果を発表したものであり、その中で「2013年の第2次安倍政権発足後直後と比べて、身の回りでネガティブに変化したと実感していること」としてあげられた上位三つが以下となっている。

将来の金銭的な不安が増えた 66.3%
収入が減って家計が苦しくなった 30.3%
介護による負担が増えた 17.3%

筆者はアベノミクスの中心であるリフレ政策が実体経済へ影響をあたえる波及経路については殆ど機能しないんじゃないかと疑念を持っていたが、約1000人もの回答を得たアンケートで7割近くもの働く主婦が「将来の金銭的な不安が増えた」と答えていることを考えると、アベノミクス期の労働力人口の増加(の特に中後期)は「将来の金銭的な不安が増えた」と感じた女性が、リーマンショックからの雇用回復を受けて改善した求職環境の中で就職、或いは求職活動を開始して労働力人口を増やし、さらにその後、失業率が下がってもなお減り続ける実質賃金が「将来の金銭的な不安が増えた」女性に加えて、実際に「収入が減って家計が苦しくなった」女性にもこの動きをひろげた結果、過去に例にない水準の女性の労働参加率を背景とした低失業率を達成したという見方もできるように見える。

「(『不安』という)『期待』に働きかける金融政策」は筆者が思っていたよりも機能しているのかもしれない。 



[追記] ついでに書いておくと、男女別の労働力人口の推移を見ると、「民主党時代は失業率や求人倍率を見ると景気が回復していたように見えるかもしれないが実は深刻な不況が続いていて求職意欲喪失者が増加していたから労働力人口は減少していたのであり、アベノミクス開始によって真の景気回復が起こって彼らが労働市場に復帰したことによって労働力人口は増加に転じたのだ!」というような話はそのまま受け取るにはかなり怪しい事がわかる。2012年以降に労働力人口を増加させた女性の労働力人口は別に民主党時代も減少しておらず、この増加が「求職意欲喪失者」が労働市場に「戻ってきた」からだ、と言うのは難しいだろう。