欧州財政危機にみるそれぞれの事情 − ギリシャ、スペイン、アイルランド、イタリアの場合

「およそ幸福な家庭はみな似たりよったりのものであるが、 不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である。」

というのはトルストイのアンナ・カレーニナに出てくる有名な言葉であるが、多くの「不幸」に当てはまる真理であろう。

現在進行中の欧州の財政危機に関しては、「そもそも通貨統合したことが問題だった」、或いは「全てドイツが悪い!」というような単純化した議論が見られるが、それぞれのケースを見れば、その「不幸」にはそれぞれの事情があることがわかる。


ギリシャの場合:

Wikiにもその経緯が書いてあるが、発端はギリシャが財政赤字を隠蔽していたことが明るみに出たことである。 これについてはゴールドマンサックスが指南していたとの報道もあったが、財政赤字をGDP比の4%程度と発表していたのが実際には13%近く膨らんでいたと突然明らかになったわけであり酷いものと言わざる得ない。

2009年10月、ギリシャにおいて政権交代が行われ、ゲオルギオス・アンドレアス・パパンドレウ新政権(全ギリシャ社会主義運動)下で旧政権(新民主主義党)が行ってきた財政赤字の隠蔽が明らかになった。従来、ギリシャの財政赤字は、国内総生産(GDP)の4%程度と発表していたが、実際は13%近くに膨らみ、債務残高も国内総生産の113%にのぼっていた。
2010年1月12日、欧州委員会がギリシャの統計上の不備を指摘したことが報道され、ギリシャの財政状況の悪化が表面化。
2010年1月15日、財政赤字を対GDP比2.8%以下にするなどとした3カ年財政健全化計画を閣議で発表するが楽観的な経済成長が前提であった。格付け会社は、相次いでギリシャ国債の格付けを引き下げ、債務不履行の不安からギリシャ国債が暴落した。

もう一点付け加えれば、ギリシャはユーロ加入後にその恩恵を受けて高い経済成長を達成した国の一つであり、2000年に128億ドルだった名目GDPは2008年には349億ドルとなっており、8年間で約70%も伸ばしている。 ユーロ圏に入ったことにより相対的に通貨高になり経済的に苦しんでいたというような見方はまったく当てはまらず、高経済成長を享受していたわけである。 そしてこのユーロ加入によって得られた低い金利と高い経済成長は、ギリシャにとって財政再建の絶好の機会であったはずだが、その機会を活かすことはなく、2009年を迎えることになったわけである。


スペイン・アイルランドの場合:

この2か国の場合、財政問題の発端は不動産バブルと言ってよいだろう。 

ユーロ加入によって金利が大幅に下がったことを受け、家計が資金調達を行いやすくなり、不動産投資が加熱、また好調な製造業が稼いだ資金も流入し不動産バブルが進行していった。そして信用バブルの常としてそれが崩壊した後には銀行に莫大な不良債権が残り、その処理のために政府が巨額の銀行救済資金を負担せざる得ない状況に追い込まれ、一見問題がなさそうに見えた財政が一気に悪化したわけである。 正確にはスペインの場合は巨額の銀行救済資金をまだ実際に政府が直接的に負担したわけでないが、市場はいずれ負担せざる得ないと見込んでおり、国債金利が急騰する事態となっている。


http://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sa11-02/s2_11_2_1/s2_11_2_1_1.html


イタリアの場合:

イタリアは単年度で見れば財政赤字の規模は小さく、また不動産バブルも起こらなかった。

ではなぜギリシャ、スペインの次に名前が挙がっているかと言えば、政府の債務残高がGDPの約120%と積みあがっており、プライマリーバランスが黒字であったとしても借り換えの為に巨額の国債を消化し続けないといけないからである。

ユーロが安定的に運営されていた時にはイタリアは(独自通貨を有している場合と比べると)低金利で国債の借り換えが行えたため、この債務残高の問題はクローズアップされてこなかったが、ここへきてユーロの安定性に疑問が投げかけられており、ほぼ同水準に収れんしていたユーロ各国の国債金利の差が広がることになった。 そしてその債務残高の大きさから財政の維持可能性に懸念が持たれたイタリアの国債金利は上昇し、上昇した国債金利がますますその財政の維持可能性への懸念を増大させた。なぜか日本では債務残高の規模は問題ではないというような主張が散見されるが、実際には規模が大きくなればなるほど金利の上昇に対して財政が脆弱になることは明らかである。 

また、イタリアは欧州の中でも少子高齢化が進んでおり、合計特殊出生率が1.37と日本と同水準となっており、近年の経済成長率も低調であることも将来的な財政への懸念要因となっている。



以上をまとめれば、ギリシャは、そもそも財政赤字を隠蔽してユーロに加入したのが問題であり、更に低金利による高い経済成長を財政再建に活かせなかった。 スペイン、アイルランドも同じく高い経済成長を享受したが、実体経済を考えると緩和的すぎる金融環境がもたらした資産バブルをコントロールすることができず、バブル崩壊が金融システムに打撃を与え、銀行救済資金が必要となって結果的に財政危機をもたらすことになった。 イタリアはユーロ以前の問題として少子高齢化による低成長と積みあがった政府債務が財政の安定性を揺るがしており、ギリシャやスペインがもたらす余波にもまれている。 と言ったところだろうか。 形は違えどこれらの国は長期的な経済・金融システムの安定に失敗したが為に危機に陥っているということである。


一方で独自通貨を失ったことが問題の解決を難しくしている面は確かにある。 本来なら上記のような長期的な財政・金融システムの安定に失敗した国は国債金利が上がると同時に通貨安+高インフレになって経済の調整が行われる。 そして通貨安+高インフレでの調整は緊縮での調整と比べると、多くの国民にとって避けがたいと思わせるものがあるという点でメリットがある(かもしれない)。 財政の緊縮の為に年金や賃金を10%減らします、ということより中央銀行がお金をすりまくってインフレが15%になりました、って方が主観的にはマシというような考え方である。 (しかし高インフレでの調整は例えば年金生活者が虎の子としてためている預金の実質的購買力も同時に削っていくので、客観的に見ればどちらがマシかはケースバイケース(或いは各人の認識次第)だと思うが、、)


ちなみに、このような通貨安による調整が有効な場合、海外からの国債購入者は為替リスクにさらされることになるため、国債に求める利回りは高くなる。 つまり危ない国の長期金利は高いままで維持されることになり、ユーロ加入後に各国が享受したような低金利は実現しえなかったはずであるし、それを基盤とした高経済成長も実現しなかっただろう。 よってこれらをひっくるめてユーロ(共通通貨)が問題だ、というのは正しいかもしれないが、それは各国がユーロ導入後に享受した低金利の恩恵を否定することでもある。 

自らの成長に必要な資金が低金利で借りれるというのは、それによって無駄遣いをしたり、投機に手を出したりしさえしなければ国内の資本が薄い国にとっては非常に大きなメリットであるはずだが、そのデメリットを最小化する為に自らを律するルールというのはなかなかに守りがたいものだということだろうか。