国債バブルの正体 - その崩壊は何をもたらすか?

リフレ政策の望まざる帰結の一つの可能性として金利の急騰による国債バブルの崩壊を挙げる識者は多いが、個人的にはそういった主張には若干違和感がある。

国債の利率が低くなりすぎ、かつ資金が集中しすぎていることについては筆者も同意であり、又それが望ましいこととも思っていない。そして当局が極端なことをしでかせば金利の急騰が起きるリスクがある事も否定しないし、そういったリスクを全く見ない主張には批判的である。しかしながら、常識の範囲内でやる限りにおいては、例えそれがリフレ的な政策であったとしてもその行き着く先が「金利の急騰」による急激な崩壊になる可能性はかなり低いのではないかとも思っている。


筆者は現在の「国債バブル」は、「バブル」とは呼ばれているもののいわゆる「根拠なき熱狂」がもたらしているわけではなく、むしろ緩和政策による金融システムへの過剰な資金流入の行き先としての消極的選択の結果に過ぎないと考えている。 


国債バブルが資産バブルと異なるのは、その買いを支えている主力が金融機関であること、そして資金が流入すればするほど名目での利回りが落ちていく事にある。

通常、不動産などの資産バブルは資金が集中すればするほど価格が高騰し、更に資金が集中するというポジティブフィードバックが存在するが、国債バブルにはそれがない。むしろ本来であれば資金が集中するほど利回りが低下して、その他の投資案件に対する魅力が減少していくというネガティブフィードバックが存在するはずである。(注1)

それにも関わらず現在の日本で国債に人気が集中するのは、他に有望な投資先が存在しないことと本質的にリスクが非常に限定されていることの二つが主要因と考えている。


実体経済に対する投資を目的とした企業への貸し出し金利は国債金利より当然高い。つまり銀行にとってみればその様な貸し出しに資金が回せるのであれば、より高い利益が得られるということになるが、現状では以下のような問題があり、リスク回避的になっている銀行としては容易に貸し出しを増やせない状況となっている。

  1. 世界経済の先行きが不透明で、又国内的にも人口減少等の問題があり、(特に国内での)資金の投資需要が限定的になっている。
  2. そういった状況下でも銀行が安心して資金を貸せる優良企業はむしろ手元資金を積み上げている状況であり、そもそも銀行から借りる必要性が減少している
  3. 一方で資金を欲している中小企業は銀行としてリスクがある貸出先であるケースが多く、銀行側が貸し出しに消極的になっている

3. については一昔前であれば土地を担保にとるというのが銀行にとってのリスク回避の常套手段だったわけであるが、バブル崩壊後はそれだけでは十分でなくなっている。そして本来なら事業の収益性自体を銀行が審査し、その上で貸し出すという形があってもよいはずであるが日本の金融機関はそういった能力に欠けている、或いは能力はあってもそういったリスクをとることに積極的でない、為そういった貸し出しは余り伸びていないように見受けられる。


一方で国債は満期まで持ち続けることを前提とすれば名目利回りがマイナスになることはなく、より低利の資金さえ調達できれば薄利ながらも確実にプラス利益を出すことができる。よって預金金利がほぼゼロであり、また日銀もふんだんに低コストの資金を市場に流し込んでいる現状では、国債の購入は金融機関にとっては格好の飯の種になるわけである。


つまり、投資を目的とした資金需要がないことこそがそもそもの問題であり、国債バブルが実体経済における資金需要を食っているというのは順序が違う。上述の通り国債バブルは加熱すればするほど名目利回りは下落するわけで、それでも実体経済へ資金が向かわないのは実体経済の先行きが余程不透明なせいか、或いは金融機関がこの安易な金儲けに満足しすぎているせいだということになる。(又、日銀は世界に先駆けて金利をどんどん切り下げることによって投資需要を掘り起こしてきたが、実質的なゼロ金利に達してから既にかなりの期間が過ぎており、(名目での)低金利で掘り起こせる投資需要は掘り起こしつくしてしまったという見方もありうるかもしれない。)


ではこのバブルは崩壊するのだろうか? 又、崩壊すれば何がおこるのだろうか?


まず金利の急騰(数パーセント単位の)を伴う極端な「崩壊」については不動産のように(名目での)価値が不確定なものとは異なり、時期さえ来れば額面通りの金額(>購入金額)が保証されているわけで”日本の現状と併せて考えると”、そういったことが起こるとは考えにくい。 

少しくらいインフレになった所で銀行にとっては低コストの資金さえ維持できていれば、直ちに大きな問題にはならないわけで、インフレ率に関係なく預金金利を低く抑えとけばいいだけの話である。もっとも、これは預金者にとっては必ずしもよい話ではなく、インフレが上がっても現在の超低金利はなかなか上がらないという事を意味していることになる。

これがもし仮に国債バブルを支える資金が国外からのものであれば、アジアや欧州諸国で見られたように一気に資金が流出し、文字通り「崩壊」的な国債金利の急騰もありうる。しかし、日本の場合は幸い国内の資金がこのバブルを支えており、そして国内の資金にとっては海外へ資金を流出させることは為替リスクをとることと同じであるので敷居が高い。又、恐らくは国債バブルの終焉時には為替は円安にジャンプする可能性が高く、ジャンプした後の(相対的に円安な)水準では多くの人にとって外貨預金は(主観的には)魅力を失っているのではないか。つまり国債を支える資金(=国債を直接買っている人や金融機関に定期預金をしている人の資金)は国債を支えたまま円安によって減価させられ、更にその後も消極的選択として支え続けることになるわけである。


もう少し大きな動きが起こりうるとすれば外資等の新たな金融勢力がより高い金利で国内で貯蓄を集め始め、それに対抗して日本勢も預金金利を上げざる得なくなったケースが考えられる。 その場合、保有する長期の国債との間に逆ザヤが生まれ、金融機関の収益性を圧迫する可能性はあるが、よほど長期国債に偏ったポートフォリオにでもしていない限りこれで国内の金融機関が急にどうこうなる事はないだろう。一方で変動金利の住宅ローンなんてのは速やかに引き上げられるだろうし、そもそも最悪の場合でも当局が低コストの資金を銀行に突っ込めばよいわけで破綻的なシナリオは回避可能だろう。


では、現状の国債「バブル」に問題がないかといえばそうでは無い。この場合の問題点はインフレ率が上昇しはじめ、本来であれば引き締めにまわらなければいけない段階でも、日銀はインフレ率だけを見て金融引き締めに転じることができなくなり、場合によっては更に市場に流動性をつぎ込む必要が出てくる点にある。こうなるとインフレの適切なコントロールが失われる可能性は高い。又、こうなった場合、政府は財政再建に緊急的かつ本格的に取り組まざる得なくなり、恐らくは増税と社会福祉の削減がそのターゲットとなる。もちろんこれらは経済に悪影響を与える。しかし、その期に及んでなお「赤字国債による財政出動で景気回復して財政再建する(キリ」みたいな事を当局が言い出せば、本当の「崩壊」が待っていることになりかねない。

つまり国債バブルが行き着くバッド・シナリオは「高インフレ+低金利+緊縮財政+不況」という事になるというのが筆者の予測であり、これは必ずしも「破綻」的な結末とは言えないだろうが、日本経済に長く苦しい調整をもたらすことになる。


では、この国債バブル問題を軟着陸させる方法はあるのだろうか? 次回は趣向を変えて(?)かなり手遅れに見える日本の財政問題を少しでも軟着陸させる方法があるなら、それは何なのかについて考察してみたい。



[注1] 正確には「長期保有を前提と考えれば」との条件付きではあるが、実態を考えれば上記で特に問題ないはず。