米国量的緩和とエネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について

米国の量的緩和(QE1,QE2)がコモデティをはじめとする商品市場に及ぼした影響について2009年から2011年までのコモデティの先物取引価格の指標(CRB-CCI)の変動と量的緩和をめぐるFRBの動きを簡単にまとめてみた。

CRB-CCI はエネルギーや貴金属、農産物などのコモディティを幅広く網羅した指標であり、代表的な国際商品指数の一つ。 米英の商品取引所で取引されている原油、天然ガス、とうもろこし、大豆、砂糖、金、銀、ニッケル等の各先物の取引価格から算出されている。


既にグラフを見ればここで示したい事は明らかであると思うが一応コメントをつけておくと、

  • 2010年8月27日のジャクソンホール講演はバーナンキ議長がQE2の実施を示唆した講演であり、実際にQE2を開始する11月に先駆けて、商品市場・株式市場は上昇を開始。
  • 2011年4月27日のFOMC後の記者会見は、FRB議長が四半期ごとに定例記者会見を行なうこととなった最初の記者会見であったが、議長はここで6月にQE2を予定通り終了することを示唆し、QE2の延長を期待していた市場は実際にQE2が終了する前に下落へと転じた。
  • 2011年9月のFOMCでは、バーナンキ議長のコメントなどからQE3を発表するのではないかとの期待が一部であったようなのだが、QE3は見送られて、その後、商品市場・株式市場は大きく下落した。


グラフを普通に見れば量的緩和とそれへの期待・予測が商品市場に大きな影響を与えていることは明らかなように思われるが、2点ほど考察を加えるとすると、

  • コモデティ価格の高騰は新興国の需給や中東情勢等を反映しているという意見も聞かれるが、少なくともこの期間においては、指標上ではそのような影響を確認する事が出来ない。 この指標を構成する個別の指標(例えば原油価格(WTI))においては確かにそういった影響を確認する事は可能であるが、量的緩和に関連するFRBの動きがこれだけはっきりとコモデティを広く網羅した指標上で見て取れるのと比較すればその影響の度合いの小ささは明らか。
  • FRB以外の先進国中央銀行の金融政策についてもその影響が指標上で明確には確認できない。 もちろんこの指標自体は主に米国の商品取引所における各商品の取引価格をベースとした指標であるのでFRBの影響が大きくなる傾向がある事は確かであるが、為替で見ればドル/ユーロは乱高下があったものの2009年初頭と2011年末ではほぼ同じレンジに戻ってきており、単純にドルの減価という話ではない(追記1参照)。

といった点も興味深い所である。


こういった事実が何を示唆しているのかについては様々な見解がありうるだろうが、筆者は一言で言えば(主に米国市場を中心とした)コモデティの金融商品化ということと理解している。

本来であればコモデティ価格は主として需給要因によって左右されるものであるはずだが、金融商品化した現在のコモデティ市場はヘッジファンド等の「投機」先の一つとなっており、金融政策に反応して需給の変化に関係なく大きく変動するようになってしまっている。つまり金融緩和が株式市場に対するサポートになるのと同時にコモデティ市場に対する押し上げ要因にもなっているという事である。


もちろんこういった「投機」は、その背景として長期的な需給要因等による価格上昇期待があるから誘発されるわけであり、そういった意味では価格高騰の真因は需給要因であるという見方は間違っているわけでは無いかもしれない。しかし、現実問題としてこのような「投機」的な資金の流入がコモデティ価格を引き上げている事は間違いなさそうであり、しかもこういった「投機」的な資金流入によってどれだけ価格が上乗せされているかがはっきりと見えない事は将来に対する不確実性を増すことになる。


そもそも商品市場における「投機」は発展途上国を含む消費者にとってなんの利益にもならない。ただ値段が上がるだけである。そして往々にして発展途上国におけるコモデティの価格高騰は政治不安を生み、より大きな混乱、貧困をもたらす事にも繋がる。 一方で「投機」の主体となっているヘッジファンドなどは金融政策にあわせてうまく立ち回れば大きな利益を上げる事が可能であり、それは実際に米国経済回復の一助のなっているかもしれない。

しかし、商品デリバティブの発達や先進国の(米国の)量的緩和が世界的に資源・食料価格の高騰を誘発しているのなら、短期的には自国(の一部)の利益になったとしても、それは公平性の観点からも、又より長期的な世界経済の安定的発展の観点からもそろそろ再考が必要となっているのではないだろうか?


[追記]
商品価格の高騰の要因を「投機」によるものとしたが、これを「貨幣価値の毀損」というすこし違う観点からみると前回書いたように「金融緩和による貨幣価値の毀損は、供給が容易に上昇しないものについては大きく毀損し、供給が過剰なものについてはあまり毀損しない。 これは賃金に対する資源・食料などの相対価格が上昇するということであり、そういった予測は更に投機資金の流入を呼び込み、価格高騰を後押しする。」という風に説明する事も可能かもしれない。 

一つの問題はこれがドルという基軸通貨で起こった場合、ドルだけでなく殆どの国の貨幣が同様の「貨幣価値の毀損」の影響を受けることだろう。 自国通貨がドル連動で価値が毀損すればコモデティ価格が上昇してしまうし、これを通貨高(ドル安)で相殺すれば輸出企業がダメージを受ける。 これは米国経済或いは基軸通貨としてのドルは世界経済の中で特別なものと考える必要があるという事であろう。