原油バブル崩壊の経緯と今後の予測について

原油価格については油価100ドル/バレルを超えていた2012年頃に、この価格水準は米国の量的緩和に起因するバブルではないか?というエントリーをいくつか書いた(「米国量的緩和とエネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について」、「コモデティバブルはいかに起こったのか?」、「原油価格高騰と先物市場での投機の拡大の関係について」)が、その後筆者を含む多くの人々が予測した通りQE3の終了と共にバブルは崩壊し、現在では当時の数分の一の水準にまで落ち込んでしまっている。

そこで、やや今さらであるが本エントリーでは如何に原油バブルが拡大、崩壊したのかを順を追ってざっくりとまとめてみた。


まず、原油バブルの生成・拡大期に生じたことをまとめると

  • 先進国(特に米国)による大規模な金融緩和によってジャブジャブとなった資金が投機として原油先物市場にも殺到し、バブルが発生。
  • 米国の金融緩和と連動したドル安がバブル拡大を後押し。
  • 高騰した油価と金融緩和による低金利が高コストで開発が難しいとされてきた油田の開発移行を後押し。存在は確認されていたものの採算が取れないとして塩漬けになっていた油田の開発が世界的に加速。
  • 特に米国のシェール開発会社は低金利で資金の調達が容易になったことに加え、Private Equity Fund等を通じた資金の流入もあり、各社が競い合って規模を急速に拡大。

というところだろう。その後、米国の量的緩和(QE3)の終了と共にバブルは崩壊するわけであるがその時に起こったこともまとめると

  • 米国の金融緩和(QE3)の打ち止めが見え始め、投機資金が引いていった原油先物相場は暴落。
  • 更に米国の金融緩和の打ち止めと連動したドル高が油価の暴落を後押し。
  • バブル時に膨大な資金が投入された米国内のシェール開発は地域的・短期的に見れば供給過剰の状態となり原油相場の下落を更に下押し。
  • バブルで高騰した油価にあおられて塩漬けになっていた油田の開発を進めた石油会社は大きな投資損を計上。
  • 特に多大な借金を抱えて自転車操業での拡大再生産戦略を推し進めていたシェール開発会社は収入の大幅な減少とそれに伴い金利負担が相対的に重くなったことで行き詰まり、多くの会社が破綻、または破綻予備軍化。

となり、現状は

  • 米国の金融緩和の終了の余波で発展途上国を中心に景気が悪化し、需要の伸びも減速。
  • 一方、低油価で油田開発への新規の投資は世界的に制限された状態となったが、需要の伸びの減速に加えバブル時に開発を始めた油田からの生産開始もあり需給のひっ迫には直ちに結びつかない状況
  • シェール開発は新規投資が大きく制限された状態ではあるが、バブル時代に掘りまくった既存の井戸からの生産に加えて、この低油価でも開発が可能な生産性の高いエリアに絞って開発が継続しているため、事前の予測よりは生産量の減速が緩やか。(又、一部の開発会社がヘッジを行う事で2016年頃までは一定の収入レベルを確保できていることも、総崩れになっていない要因)

といった感じだろうか。で、最後に将来的にどうなるかについて筆者の見解を述べるなら

  • 油価はいずれ上昇する。

につきるだろう。その根拠についても簡単にまとめると

  • 現在の需給はバブルに煽られて結果的に大赤字を出すことになった油田からの生産が支えている面があるが、土地とは違い資源は減耗資産であり新たな投資が大きく落ち込んでいる限り、投資がここまで抑制されたままであれば早晩需給がひっ迫することになる可能性は高い。
  • サウジアラビアやイラン等のごく一部の国を除けば既に低油価で採算が取れる油田は残っておらず、埋蔵量が大きいとされるシェールや重質油、或いは大水深域の石油開発を中期的に見て需要に見合うレベルで進めるには少なく見ても50〜60ドル/バレルは必要。つまり油価がこの水準を上回るとの予測される状況になるか、何らかの技術革新によってこの水準が大きく低下するかしない限り、この水準までは回復する。

ということになる。

尚、いつ油価が回復し始めるか?については世界経済の推移やイランの動向等に大きく左右されるため評価が難しいが、低油価が続くほど油価の揺り戻しが厳しくなる可能性が高い。たとえばエネルギー業界のコンサル大手のWoodMac社のレポートでは2014年の原油バブル崩壊以降に投資を遅らせた大規模プロジェクトは68件あり、その影響は2021年には1.5百万バレル/日減、2025年には2.9百万バレル/日減になると見込まれているが、低油価が続けばこの規模は更に膨らむ可能性が高い。このような大規模プロジェクトは投資判断から生産開始までの期間が長いため、需給がひっ迫し始めてもすぐに生産に寄与できるようになるわけではなく、この状況が続けば一時的に需給がひっ迫して再び油価が乱高下するケースも十分に考えられる。原油バブルの後遺症が実経済に残す爪痕はかなり深刻なものになりつつあると言えるだろう。


この原油バブルを振り返ってみれば、投機や権益の売買で儲けることができたごく一部の人々以外は誰も得をしなかったという非常にバブルらしい結末を見たということが言えそうである。これについての筆者の意見は4年前に「米国量的緩和とエネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について」というエントリーを書いた時と全く変わっていないので最後にその結論を引用しておく。

そもそも商品市場における「投機」は発展途上国を含む消費者にとってなんの利益にもならない。ただ値段が上がるだけである。そして往々にして発展途上国におけるコモデティの価格高騰は政治不安を生み、より大きな混乱、貧困をもたらす事にも繋がる。 一方で「投機」の主体となっているヘッジファンドなどは金融政策にあわせてうまく立ち回れば大きな利益を上げる事が可能であり、それは実際に米国経済回復の一助のなっているかもしれない。
しかし、商品デリバティブの発達や先進国の(米国の)量的緩和が世界的に資源・食料価格の高騰を誘発しているのなら、短期的には自国(の一部)の利益になったとしても、それは公平性の観点からも、又より長期的な世界経済の安定的発展の観点からもそろそろ再考が必要となっているのではないだろうか?


[追記]
確率は低いかもしれないが、再び油価が暴騰するのではないかと予測されるケースが一つあるので、それについてもおまけに少し触れておく。

シェール開発において最重要の技術の一つが水圧破砕(地下の岩盤を地上から送り込んだ水の圧力で破壊し、そこに含まれる油ガスを回収する技術)であるが、この水圧破砕が地震を引き起こすのではないかという懸念は以前からあった。特に米国ではオクラホマ等のシェール開発が盛んな一部の地域で以前とは比較にならないくらいの頻度で小規模地震が発生しており、ほぼ間違いなく両者の間にはかなり強い因果関係があると考えられている。

これが日本や英国などであれば即「水圧破砕禁止法」を求める声が押さえきれなくなるのだろうが、米国では(少なくとも今のところは)シェール開発の盛んな地域で「水圧破砕禁止法」が実施されるようなことにはなっていない。これはシェール開発が盛んな地域の多くはもともと人口密度が低い地域であったことに加え、米国では陸上油田の権利は基本的に土地所有者に帰属しており、地震の潜在的な被害者である住民が直接・間接的に水圧破砕の受益者になっているケースが多いことも関連しているだろう。

ただ、そうはいっても水圧破砕に対する風当たりが徐々に強まっていることは間違いなく、もし実際に大きな被害が出るレベルの地震が起これば一気に流れが変わることは想像に難くない。いずれにしろ水圧破砕が禁止されることになればこれを材料に一気に油価が高騰する可能性は高いし、もしその時にバブル崩壊の余波でシェール以外の開発が停滞したままであったなら今回のバブルを上回る可能性も十分にあるのではないか、というのが筆者の見方となる。(ただ、これまで水圧破砕と関連があるとされている地震は規模が小さいものが殆どであり、水圧破砕が大規模な地震に繋がるかどうかはかなり怪しいので、上記のケースが起こる確率はそれほど高くはないとは思うが、、)


[追記]
ちなみに今さら原油バブル関連のエントリーを書いたのは、3月3日付の「シェール革命の立役者死亡 米チェサピーク創業者、オーブリー・マクレンドン氏」の記事を見て。

筆者は仕事でチェサピーク社とは少し接点があったが、シェール開発の初期に水圧破砕法を積極的に導入した同氏は、水圧破砕法の父と呼ばれたジョージ・ミッチェル氏と共にまさにシェール革命の立役者と言ってよい人物であり、原油バブルの波にも乗って同社が規模の拡大を推し進めていたころにはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。

同社はバブル崩壊後は過剰投資のつけがまわって業績が悪化し最近では破産法申請がうわさされるまでになっており、同氏もCEOの座を追われていたわけであるが、水圧破砕法の積極導入によってシェールというそれまでは過小評価されていた資源を一気にメインストリームに引き上げた功績は非常に大きく、今後数十年の世界のエネルギーバランスに多大な影響を与えた人物であったことは間違いないだろう。謹んでご冥福をお祈りしたい。