コモデティ価格の高騰は現物の需給だけで説明できるのか?

前回のエントリーにつづき、今回は逆の視点?から、2000年代中頃以降のコモデティ価格の急騰が投機の拡大と無関係にほぼ現物の需給だけで決まっているというような主張に関して、その主張が現実のデータと整合性があるのかどうか考察してみたい。


ここでまず注意すべきは単純なデータ評価ではその価格高騰が需要によるものか投機によるものか判断するのは難しいということである。

これは投機を仕掛ける側の戦略を少し考えてみれば分かるはずである。

もし単純なデータ解析から「現在の先物市場での価格高騰が投機によるものであり、故に近い将来破綻する可能性が高い」ということが簡単に分かるようならその様な投機は成功する見込みが低い。 逆に、石油のようにいずれは枯渇しその過程においては希少性が高まって価格が青天井に上昇する恐れがあると多くの人間が考えるような対象であれば投機の仕掛けは成功しやすいわけで、その意味で新興国の成長によって足元の需給がタイトになり、それ以上に長期的な需給逼迫懸念が生じていたコモデティ市場が対象に選ばれたこと、そして単純なデータ解析ではその価格上昇が投機によるものかどうか評価が難しいことは当然予測されることである。

又、同様の意味で「価格変動は需給によって説明可能である」という検証も十分では無い。 価格高騰が需給(と非常に低い価格弾力性)によって説明可能である事と、投機による価格上昇があったかどうかは別問題である。 投機の拡大があった場合となかった場合を考え、どれだけ価格変動に影響があったのかが本来問われるべき問題である。


よって、投機による価格高騰の影響をデータから読み取るのはストレートフォワードな話ではないわけであるが、完全に読み取れないというわけでもなく、また、実際にそのような指摘や研究は多数存在する。 投機が拡大し始める前と後の比較や、投機の対象のなりやすさ(先物市場が無い、或いは先物市場はあるがインデックスに組み込まれていない)の比較を行うことによってその影響の度合いを推し量るというような手法がここでは取られている。


まず投機資金の拡大とコモデティインデックスの比較を、より長期で見たものを以下に示す。 (グラフは"The Unnatural Coupling: Food and Global Finance”という論文から引用)。 先物価格の変動自体は昔から存在したものの、投機の拡大時期からその傾向が一変したことが良くわかる。

http://www.networkideas.org/working/dec2009/08_2009.pdf


次の図はコモデティインデックスと株価の変動の相関を示したものである。(日銀レビュー 「最近の国際商品市況上昇の背景 ─世界的に緩和した金融環境とコモディティの金融商品化の影響─」より)
この図では上記の投機拡大時期の頃を境として株価とコモデティインデックスの相関が上昇しているのが分かる。 本来両者は連動性が低く、だからこそ株式投資へのヘッジとして注目されたわけであるが、結局注目されたことによって投機資金が流入し、本来の需給(予測)による値動きの割合が低下し、金融的な要因による株価との連動が拡大したと考えられる。

http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2011/data/rev11j02.pdf


次の図はもう少し細かく、先物市場がある商品の中でもコモデティインデックスに組み込まれているものとそうでないものとでグループ内での価格変動の相関を示したもの。 こちらも投機が拡大したころから両者に違いが生じ、コモデティインデックスに組み込まれている商品間では価格変動の相対的に高い相関が見られるようになっているのが分かる。

http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2011/data/rev11j02.pdf


また、適当な図が見つけられなかったが、The Independent紙の論説(”How Goldman gambled on starvation”)では先物市場が存在しないコモデティと存在するコモデティの間にもその価格変動に大きな差があったと述べられている。

How do we know this is wrong? As Professor Ghosh points out, some vital crops are not traded on the futures markets, including millet, cassava, and potatoes. Their price rose a little during this period – but only a fraction as much as the ones affected by speculation. Her research shows that speculation was "the main cause" of the rise.

http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/johann-hari/johann-hari-how-goldman-gambled-on-starvation-2016088.html


その他にも前回紹介したように「原油価格の高騰がピークを迎えていた2007年第4四半期から2008年第2四半期にかけては世界的に供給は増加した一方、需要は減少していた」という指摘もある。 これについてコメントでは「原油のようにある程度の長期的な売買契約を結ぶものにおいて、需給の変化と価格の変化にズレが起きるのは当然である。」との指摘を受けたが、「先物価格は需給の軟化を受けて暴落したが、現物価格の暴落までには時間が掛かった」という話ならともかく、この時期は需給が軟化しつつあるときに先物価格がかつて無い上昇を見せたわけで、現実にあわない。

この値動きの説明として投機の存在を考慮するなら、この時期は2007年に始まった米国住宅バブルの崩壊を受け、行き場を失った投機資金がコモデティ市場に流れ込んだ時期に重なり、実際に2008年の最初の数ヶ月で60億ドルもの投機資金が流入したとの報告もある。 この投機資金は2008年の暴落時までに39億ドルが流出したとされており、高騰、暴落何れも投機が要因の一つと考えることができる。


また、少し違った視点からの評価として、各市場における需給と価格の連動性自体に着目したものが経済白書で紹介されており(下図)、少なくとも現物の在庫変動から類推する限り、価格高騰のかなりの部分が需給バランスだけでは説明できないとしている。 
図を見れば分かるとおり、同期間において需給バランスによる価格上昇圧力が存在したことは間違いない。問題はその上昇のどれだけが需給バランスによるもので、どれだけが投機によるものかという事であり、この評価が正しければ価格高騰のかなりの部分が需給バランス以外の要因によるものという事になる。


http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2008/2008honbun_p/2008_05.pdf


以上のデータはコモデティ価格の高騰が投機の拡大後に起こり、その時期を境にコモデティ指数と株価の連動性が高まり、更にコモデティの中でも指数に組み込まれている商品においてより高い価格変動の相関が見られるようになったこと、そして先物市場が存在しない商品ではそのような価格高騰自体がそもそも見られなかったことを示しており、筆者の理解ではこれらは全て一つのこと、投機の拡大がコモデティ価格高騰の主要因の一つであったこと、を示している蓋然性が非常に高いと考えている。


但し、最初に述べたように、投機は(特に成功している場合、)全て需給の変動等のその他の要因によるものとの説明をつけることも難しくなく、又、上にあげたような諸データについても一つ一つ、「インデックスに選ばれるものという時点である程度のバイアスを持った群である」とか「需給の変化と価格の変化にズレが起きるのは当然」とかそれぞれに原因を見つけることも不可能では無いし、また、「そもそも投機の拡大は価格に対してニュートラルだ」みたいな話まで引っ張り出すことも可能であろう。 しかし筆者は、投機が(少なくとも)一定の役割を果たしていたと認めれば、全て無理なく説明できるものに対して、これだけばらばらにかつ定性的な説明で対処しないといけないという事自体が投機の影響を疑わせるのに十分なものと考えている。