円高のメリット

世間(特にネット)では円高によるデメリットが非常に深刻に受け取られており、その風潮に逆らって円高のメリットを唱えると「何も分かっていない」と言わんばかりの批判を受けることが多い。


というわけで、今回は円高のメリットについて考えてみたい。


そもそも円高は確かに良いことばかりではないが、長期的・趨勢的な円高傾向は必ずしも避けなければいけないものではないはずである。 

「基本的には良いことであるが、デメリットもある。しかし短期的に大きく変動する事はデメリットが大きく避けるべきである。」というのが円高のあるべき評価ではないのだろうか?


では円高のメリットは何かと言えば、単純化すれば購買力がアップし、輸入(とその結果としての消費)を増やせるということだろう。


アダムスミスは「国富論」の中で以下のような指摘を行っている。

消費はすべての生産の唯一の目標であり目的であって、生産者の利益はそれが消費者の利益を促進するのに必要である限りでのみ、留意されるべきである。この命題は完全に自明であり、それを証明しようと試みるのは、ばかげているだろう。

ところが重商主義では、消費者の利益はほとんど常に生産者の利益の犠牲にされており、消費ではなく生産が、すべての産業や商業の究極的な目標であり目的だと考えているように思われる。


ある程度物資の行き届いた現在の先進国においては消費の増加が必ずしも全ての人に更なる幸せをもたらすというわけではないかもしれないが、基本的な部分においてはアダムスミスの主張は今も有効だと筆者は考えている。 消費を増やすことが人々の効用を増加させる近道であり、大きな目で見た経済の目的の一つであるはずである。


そして貿易を考えれば、通貨高で輸入を増やすということは基本的には国内の消費を増やすということである(注1)。 特に日本のような小資源国では物質的に豊かな生活をするためには、エネルギー・食料等の輸入品を消費するということは不可欠である。 おまけに円高を活かして海外への資本投資を行ったり、海外資源の権益確保を行えば、急激な円高の緩和と長期的な国富の増大、そして長期的なエネルギーセキュリティの向上という意味で何重ものメリットも期待できる。


ちなみに上記の場合、当然ながら輸入が増えたかどうかは実質で考える必要がある。 

例えば3割円安になって円建て額面で輸出入が共に2割伸びれば輸出企業は万々歳だろうが、実際に輸入した品物の質・量が減ってしまっていたとすれば、当然国民が消費できる量は減ってしまうことになる。円安では消費者はより多くのお金(円)を払って、より少ししか消費できなくなるわけである。


これらのことを考えると、筆者には「何が何でも円安誘導すべき」というような主張は、アダムスミスの指摘にある「生産者の利益」を過度に重視したもののように見える。 更に言えば、生産者の利益は「労働分配率」というファクターが間に入ることによって一部の人間に集中しがちなのに対して、消費者の利益は広く全国民が享受するものである。 

日本国民は消費者として円高のメリットを日々享受し続けている訳であるが、そのメリットは通貨安が起こっている国と比較してのメリットであり実感しずらいものである。 一方で円高のデメリットとされている失業者の増加等は仮に他国と比較して軽微であったとしても、実感として非常に重く評価しがちである。 しかし自らが円高によって享受しているメリットを理解せずに、「隣の芝生は青い」式に通貨安のメリットを受けている国(韓国等)を目指せば、「サムソン栄えて国滅ぶ」まで再現してしまうことになりかねないのではないだろうか。


[追記]
「円高によって企業の国際競争力が弱まれば、賃下げ等により結果として所得が減ってしまうから消費を増やすことには繋がらないのではないか」という指摘もありうるが、円高の影響を直接受けて所得が減る職種は、国際的な競争に直接さらされている訳であり、為替がどうであろうとその絶対的な所得基準は国際的な労働所得の相場に左右される。 

同様のことは、「円安誘導して国際競争力を向上させ、円が安くなった分以上に所得を増加させればよいはずだ」という指摘についても言える。 円安にして国際競争力を向上させるというのは基本的に労働者の時間単価を初めとしたコストを下げることによる競争力の向上であり、もし円安にした分以上に所得が増えればどっちにしろ国際競争力が毀損されることに変わりはない。

つまり円安・インフレという状況下で日本が豊かになっていたとしても、それらの職種では実質での賃金上昇率は伸び悩んだはずだということである。インフレだろうがデフレだろうが、中国と同じものを作って同じ市場で競争しながら、中国人の何倍もの所得・消費を享受できる状態は長続きしようがないということである。


過去にも取り上げたように、通貨高・デフレの国であっても通貨安・インフレの国であっても経済成長から取り残される人々はどうしても出てくる。趨勢的なトレンドとして格差が拡大し若者の失業率が高まる傾向は先進国共通であり、直接的な比較は難しいものの、通貨高・デフレが長期にわたって続いてきた日本が他の先進国よりその度合いが強いという傾向は見られない(参照:若年層失業率の増加とデフレの関係について)。


注1) 組み立て貿易のようなケースは除く。