プラザ合意後の最安値に近づく実質実効為替レートと拡大する交易損失について

タイトルでほぼ言い尽くした感があるが、一応関連データを示しながら考察してみる。


まずいつまでたっても「円安になっても輸出が伸びず、景気も悪いままなのは水準的にまだまだ円高だからだ!円安が足りない!もっと円安を!!」と言い続けている人も多いようだが、少なくとも実質実効レートで見れば現在の為替水準はプラザ合意後の最安値圏に突入している。 しかも下図は4月までのデータなので足元ではより円安が進んでいるはずである。


「社会実情データ図録」様より(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5072.html


で、その影響であるが、当初期待された輸出拡大は大きく期待外れに終わり、むしろ交易条件の悪化、交易差損の拡大として日本経済に影を落としている。


高橋洋一氏などは「「円安で交易条件が悪化する」という人は、データも見ず、経済学的な理解もできていないことを意味する。」とか言っているようだが、2014年度年次経済財政報告でも

前回の為替が円安方向に推移した局面と交易利得の推移を比較すると、前回と比べて今回の交易利得の悪化が小さい要因として、輸入物価(契約通貨ベース)上昇による押下げ効果がほとんどないことが挙げられる(第3−1−7図(3))。これは、資源価格が安定しているためであるが、その背景には、新興国の成長鈍化やシェール革命を背景とした世界のエネルギー供給構造の変化がエネルギー価格の上昇を緩和していることがある。

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他方、為替要因による交易利得の押下げ幅は拡大している。円安方向への動きにより交易条件は悪化し、それに伴って交易利得も悪化する傾向があるが、その影響が大きくなっている。この背景には、鉱物性燃料等の輸入増加を背景として輸入金額が輸出金額を大幅に上回っていることがある。



http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je14/pdf/p03013.pdf

となっている。

高橋氏が指摘する「交易条件に影響を与えるのは、むしろ原油価格のほうが大きい」というのは一般論としては別に間違っているわけではない。上の図(2014年度年次経済財政報告 第3−1−7図)が示す通り、油価が高騰していた2005-7年頃の交易差損は確かに資源価格の高騰が主要因であり、かつ影響度合いも大きい。 しかしながら、その事実は足元の交易差損の拡大の主因が円安であることをなんら否定するものではないところにごまかしがある。 


更にいえばこの図は原油価格の動向が交易損失となって日本経済に大きな影響を与えていたのはアベノミクス後ではなくむしろアベノミクス前であったことを示しているが、高橋氏らが「日本にとってまったくコントロールできないことに留意すべき」と書いている「原油価格の動向」について当時、日本経済が悪いのは全て日銀のせいだとばかりに批判を繰り広げていた高橋氏がそれに留意していた様子は全く見られなかった。


もちろんトータルで見れば円安で交易条件が悪化しているような状況でも、円安のメリットを享受している人間がいないというわけではない。その代表は一部の大企業とその関係者であろう。

例えばこちらの記事によると、「10円の円安で上場企業は約2兆円の増益になる。だが、中小を含む非上場企業は約1兆3千億円の減益になる」らしい。 単純にこの二つを足せば7000億円の増益になっていいじゃないか、という話ではもちろん無く、円安により食料や資源価格が値上がりする一方で賃金は一部の企業を除いて思うように上がっていない中、実質賃金、実質可処分所得を目減りさせられている多くの国民がその負の影響の負担者となっているわけである。  又、気になるところでは運輸業を中心に円安倒産も広がっているようだ。(「円安倒産が急増 9月28件、前年同月の3倍に」)


それでも円安で潤った大企業が雇用を増やせばすべて肯定されるんだ!みたいな話に固執している人もいるようだが、多数の人間のマイナス(実質賃金・実質可処分所得の減少)と引き換えに大企業が巨額の増益を稼ぐついでに派遣を中心に雇用を少しだけ増やす、みたいなものに長期的にどれだけ価値があるかは疑問といわざる得ない。 そもそも全体の流れとしてこういった製造業が国内に本格的に回帰してくるなんて考えにくく(安倍総理はそうは思っていないようだが)、そんなところに円安による短期的な利益誘導をしてもその殆どが一部の人間の懐へと流れ込むだけになるのではないか。 

いわゆるファンダメンタルズから外れた急激な円高が日本経済に悪影響を与える事を否定するものではないが、それは金融政策による円安誘導が日本経済によい影響をもたらすことを担保するものではない。 一方、円安によるプラスの効果はマイナスの効果よりも顕在化に時間が掛かることも事実ではあるので、現時点で「円安は日本経済にとってマイナスでしかない」とまで断ずるのはやや早計であるようにも感じられるが、現実に円安の悪影響が顕在化しつつあるなかで、円安になってからそれなりの時間が経過している事を考えると、そろそろ円安が全てを救うといわんばかりの政策を検証する時期が来ているのではないだろうか?