TPPに反対する4つの理由 

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)について俄かに注目が集まっているようなので筆者も意見を述べてみたい。

結論から先に言えば、筆者は少なくとも短中期的にはTPPはメリットよりデメリットの方が多いと考えており反対、もしくは消極的な立場である。 

その理由のうち以下に重要と考えている4点について説明してみた。


1. 日本の輸出品目は「非価格競争力」が強く、関税撤廃によるメリットを受けにくい

日本はプラザ合意後の円高と戦い続けながらも、ほぼ一貫して輸出を伸ばしてきた。その輸出の主力商品は徐々に推移し、最近では技術集約度の高い素材・部品系がかなりの割合を占めている。

(世界経済さえ順調なら)円高局面でも日本の輸出額が大きく影響を受けないのは、日本が輸出しているこれらの品が代替困難なものであり、非価格競争力が強いからと考えられる。

そして非価格競争力が強い場合、相手国の関税が撤廃されても輸出側のメリットはそれほど大きくないと考えられることから、TPPは期待されている輸出の振興にはそれほどつながらないのではないかと考えている。


2. 世界の輸出入に対する日本のシェアは低下しており、理想的な自由貿易が存在しなくても十分に輸出を伸ばしていける状況にある

もし日本が世界貿易に占めるシェアが非常に大きく、かつそのシェアを維持しなければ日本の経済が成り立たないのであれば貿易環境の整備は非常に重要となる。 しかし実際には発展途上国経済の成長もあり、日本は輸出額は延ばし続けている一方で世界貿易に占めるシェアは低下させている。

そして逆説的であるが、低シェアでかつ十分な利益を上げている現状は以前の高シェア・高利益の時代よりも経済環境の変化に対して耐性が強く、考え方によってはより望ましい状態とも考えられる。

1で述べた主要な輸出品の非価格競争力とあわせて考えれば日本の輸出産業の国際競争力は依然強くしかも頑健であり、TPPへの参加が無くても当面揺らぐことは無いはずである。


3. 労働の移動の自由化は日本国民である事の価値を毀損する。

日本のマクドナルドの店員の給料が発展途上国のマクドナルドの店員の給料より高い理由の殆どは単にその店が日本にあるからである。そして移民が規制されている中ではいくら発展途上国の人間が日本のマクドナルドで働きたいと思っても簡単ではない。

これは消費者から見れば高い人件費がハンバーガーの値段に転嫁されているわけで必ずしも良いことばかりではないが、差し引きで考えると国民全体としては現状の方が効用は高いだろう。これは先進国の殆ど全ての国で発展途上国からの出稼ぎを規制しているのと同根の問題と考えられる。


4. 比較優位による産業の再編が日本の長期的利益につながるとは限らない

比較優位はおそらく経済学の中でも最も美しい理論の一つである。 しかし日本が現時点で比較優位なことに特化するという事は短期的な効率・利益を最大化するには最適な手段かもしれないが、その代償として国内産業の多様性は損なわれることとなる。

筆者は産業の多様性は長期的な環境の変化に対する耐性を日本経済に提供すると共に経済以外の部分での国の豊かさを支えるメリットもあると考えており、このトレードオフは日本の長期的・総合的な利益に繋がるとは限らないと考えている。


上記の1-3は全体最適を実現する一つの手段として自由貿易が望ましいという原則を否定しているわけではない。但し、現時点での各国の経済状況等を所与のものとして考えるなら、TPPは日本一国の短中期的な部分最適には必ずしもつながらないのではないか?というだけの話である。

これは先進国としての日本の先行者利益を最大限守っていこうというある意味「エゴ」な話である。

先行者利益を守ることは全体最適にとっては弊害となる可能性が高く、そしていずれは消滅するものであるが、日本のエゴで考えればせっかく特権的な立場にいるのにわざわざその立場を自ら放棄する必要はないだろう。そしていずれ先行者利益が消滅・縮小するときがくれば、上記のデメリットも縮小しているはずなので、その時点で又考えればよいのではないかというのが筆者の意見である。


一方で4はある意味自由貿易そのものに対する疑念である。筆者は「多様性」の価値を非常に高く評価しているため、多様性が失われることと引き換えに何かが得られるようなトレードオフには常に保守的であり、心情的にはこの点がTPPに消極的な最大の理由である。

最終的には個人の価値観の問題かもしれないが、既に十分に豊かな日本が、その多様性を犠牲にしてまで手に入れなければいけないものがTPPだとはとても思えないのである。