日本型デフレの正体 (カンタンな解説)

これまでのエントリーではどちらかと言うとミクロ的な視点での考察が多かったが、今回は「動的AS-ADモデル(参照1)」で使われる図を用いて筆者が日本型デフレの正体と考えているものを少しマクロ的な視点から説明してみたい。(素人のマクロ理解などに興味がある人がいるかどうかは疑問であるが、、)


動的AS-ADモデルとは横軸が実質経済成長率、縦軸がインフレ率のグラフ上でAS(総需要 Aggregate Supply)、AD(総供給 Aggregate Demand)の関係を示したモデルであり、代表的な図は以下のようなものとなるようである。



図中の長期供給曲線(LRAS: Long Run AS)は文字通り長期的な供給能力の伸び率を示すものであり、潜在的な成長率をあらわしていると考えられる。長期的、均衡的なものであるため少なくとも短期的にはインフレ率には左右されない。

一方で短期供給曲線(SRAS: Short Run AS)は物価によって変動する供給を示しており、物価が上がれば実質供給が伸び物価が下がれば実質供給が下る。総需要曲線は同様にインフレ率と実質需要の関係を示している。 よってこの図における総需要曲線と短期供給曲線の交点は実現した需給関係における実質成長率とインフレ率の組み合わせを示していることになる。

上の図で示しているのは実質成長率=潜在成長率のケースであり、この場合、長期供給曲線、短期供給曲線、総需要曲線が1点で交差している。よってこの図の場合、実質成長率=2%(=潜在成長率)、インフレ率=2%、名目成長率=4%となる。


ここから短期の経済状況が変化すると、総需要曲線、短期供給曲線が変動する。


バブル崩壊等により総需要が減少した場合は下図のように総需要曲線が下にシフトし、実質成長率、インフレ率共に下落する。



尚、総需要曲線は景気の影響を受けるが一方で政府の財政政策や日銀の金融緩和によってシフトさせることが(マネタリストの)理論的には可能である。これがインフレ目標やNGDP目標の根拠となっている。


国内の需給と直接関係の無いインフレ・ディスインフレ要因(資源価格の高騰等)は、短期供給曲線をシフトさせる。(間接的には総需要曲線にも影響を与える)




ここで留意したいのは短期供給曲線が上方にシフトした場合、インフレ率が上昇する一方で実質成長率が下落することである。これはインフレ率の水準(マイルドかどうか)とは直接関係が無い。

先日紹介した飯田教授の「インフレによるデフレに警戒せよ!」という記事では輸入品のインフレが国内産品のデフレを呼ぶというロジックでマイルドインフレ下で起こりうる景気後退を、一部商品の「デフレ」によるものとされていたが、別に「デフレ」にこじつけなくても短期供給曲線が上方にシフトすれば需給ギャップが生じるため、どこかでは売れなくなるものも出てくるというだけの話とも言える。


尚、需要制約型の先進国に於いては一般に短期供給曲線の変動が小さく、インフレ率の変動の要因は総需要曲線の変動による部分が大きいと考えられる(参照2)。 よって近年の先進国のパフォーマンスのみを統計的に検証した場合、短期供給曲線の変動の影響は小さく評価されるはずであるが、これは「リフレ政策のような新たな政策をとっても短期供給曲線は変動しない」ということを意味しているわけではない。 (この点については次回に少し詳しく書きたい。)



ここで本題に戻り、この図を用いて日本型デフレで何が起こったかについて筆者の理解を示してみる。


まず、デフレに陥る直前の日本はバブル景気に沸いていたが、インフレ率は安定したままだった。

以前のエントリーでも書いたが、筆者はバブルの原因はプラザ合意後の円高による国内経済への影響を相殺するために行った過度の金融緩和であったと考えている。

つまり円高によって短期供給曲線が下にシフトしたのに対して、景気(インフレ率)を維持するために過度の金融緩和を継続した結果、インフレ率を維持したまま実質成長率が潜在成長率を超過していたわけである。



しかしこのような状態はいつまでも続かず、バブルは金融不安を伴って崩壊、インフレ率はマイナス圏にまで低下し、実質成長率も大きく落ち込んだ。(1→2)



デフレとマイナス成長が重なるとデフレスパイラルが発生し、更に総需要曲線を押し下げる恐れが出てくる事になるが、巨額の財政支出や非伝統的金融政策等の手段を試行錯誤しながら、無理やり総需要曲線を押し上げ、なんとかデフレスパイラルは食い止めた。 しかしこの時に大量に市場へ供給した資金は円安を経由するなどの経路で短期供給曲線を押し上げることにもなった。(2→3)



デフレ不況からの回復は容易ではなかったが、それでも少しずつ回復していったが、同時に長期供給曲線と短期供給曲線の双方に影響を与える事象も並行して進行していた。


一つは「潜在成長率の低下」であり、もう一つは「プラザ合意後の円高によって生じていた内外価格差の長期的な解消」である。


潜在成長率が低下した要因はデフレ不況が長引いたこと自体に加え、少子高齢化などの人口動態、発展途上国のキャッチアップによる競争力低下等多くの要素が考えられる。 又、短期的に総需要曲線を上方へと押し上げるために行った巨額の財政支出も財政悪化を通じて潜在成長率低下の一因となった可能性が強い。

数値的にはバブル期の実質成長率は5%程度であったが、この時点で既に潜在成長率を超えていたと考えられるので、現状では大目に見ても2%程度ではないだろうか? 

リーマンショック直前の2007年の実質成長率は2.4%程度だったが、これには海外で進行していたバブル景気による底上げがあったはずである。失業率の面から見てもリーマンショック前には約3.9%と日本における完全雇用達成時の失業率の想定レンジにかなり近づいていた事からもこの推定(潜在成長率=2%)は大きく外れてはいないと思う。 (但し潜在成長率の想定自体は本考察とは直接的には関係しない。)


次に円高による内外価格差の解消であるが、プラザ合意後の急激な円高によって大きな内外価格差が発生したが、その解消は主に内外のインフレ率の差によってゆっくりと行われた為、短期供給曲線に対しては持続的に下方への圧力(デフレ圧力)が掛かり続ける事になった。(参照3)


この二つの供給曲線の変化と実質成長率・インフレ率の回復を図示すると以下のようになる。(3→4→5)



量的緩和終了後も実体経済は徐々に回復したが、通常であればインフレによって達成される賃金の調整に長い時間を要し、又少子高齢化による人口動態の変化は潜在成長率の下落要因になると同時に総需要の回復への抑制圧力ともなった。
これらの要因が重なり、実質成長率が潜在成長率付近に戻るまで非常に長い期間を要することとなったが、それでもやっと2008年頃には潜在成長率までもう一歩の所まで回復し、実感としても景気回復が感じられ始めたたわけだが、そこにリーマンショックを基点とした世界的な不況が襲ったわけである。


以上が(かなり単純化しているが)筆者が「日本型デフレの正体」と考えているものであり、これまでのエントリーでミクロ的な視点で書いてきた先進国に共通する人口動態がインフレに与える影響や円高がデフレ圧力となってきたこと等も一通り説明できると考えている。



次回はこの図を基に、リフレ政策(インフレ目標、NGDP目標)がもたらしうるものは何なのか? リフレ政策が成功するにはどのような条件が必要なのか? 日銀の金融政策は正しかったのか? 等を考察してみたい。



(追記)
リーマンショック前にほぼ潜在成長率を達成していたとの見方にはいわゆる「需給ギャップ」面からの反論がありうる。 これについては筆者は供給能力が高い先進国に於いては労働力以外の需給ギャップは余り意味が無いと考えている。

例えば本やCD,テレビゲーム等は、需要を大きく超えて供給されるようなことは無いが、需要が存在すれば存在する分だけ(基本的には同価格で)供給される。 そもそもiTunesの映画や音楽のように供給サイドの動きを考える必要すらないようなものも多く存在する。

一方で一次産品については供給サイドが重要となるが、先進国においてはこのファクターはかなりの部分外部化されており、需給ギャップとは違う視点での考察が必要となるはずである。


(参照1)
「動的AS-ADモデル」についてはErickqchan様がサイト「道草」において丁寧な解説をされており、大変勉強になった。  

以下特に参考になると思われるエントリーをあげておく。


インフレターゲットの問題点 BY DAVID BECKWORTH
http://econdays.net/?p=3260

準マネタリズムご紹介Ⅳ マネタリズムの説明力
http://reflation-jp.net/?p=634


(参照2)
経済が需要制約型になる時 @ 「himaginaryの日記」
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100111/macroeconomics_with_monopolistic_competition


(参照3)
デフレと円高、どちらが卵でどちらが鶏なのか?
http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20101207/1291719204