インフレ懸念が高まる中でのリフレ派の主張について

先日のエントリーで有事においても「平常運転」なリフレ派の先生方の主張を紹介したが、飯田教授は震災後に起こりうる状況を踏まえて少し違う形でリフレ政策の推進を主張されている。 


インフレによるデフレに警戒せよ! 飯田泰之
http://synodos.livedoor.biz/archives/1709155.html

昨日来、小売店で食料品・日用雑貨のパニック的な買い占めにみみられるように、短期的には生鮮・食料品を中心とした消費者物価の上昇が見込まれます。北海道に次ぐ我が国の食糧基地である東北の罹災は、より長いスパンで見ても食料品価格の高止まりを招くでしょう。さらに現在の混乱収拾の後には、火力発電所むけのエネルギー需要、復興事業におけるエネルギー・資材需要の増大が予想されます。


人々の「体感インフレ率」はこれらの食料品・ガソリン価格に大きく左右されます。年間支出総額から考えるとわずかな金額であっても、日常的に繰り返される(購入頻度の高い)商品の値上がりは国民全体からの大きなインフレ忌避圧力となるでしょう。


インフレを沈静化することにかけて我が国の中央銀行は世界に冠たる辣腕ぶりを誇ります。仮に食糧・日用雑貨・ガソリン価格の高騰への避難が高まり、政治的な要請としてその沈静化が求められたなら、政府の一機関である中央銀行はいかんなくその実力を見せつけてくれることでしょう。


これによって生じるのが「インフレによるデフレ」です。価格によらず「必要なものは必要」である食糧・日用雑貨・ガソリンの需要を十分に抑制できるほどの金融引き締めが行われたならば、その他の商品価格は大幅に低下せざるを得ません。


そして、食糧・日用品・ガソリンのかなりの部分は日本の製品ではない。つまりは海外製品価格を抑えるためには大幅な国内生産品の価格低下が要されるのです。大いに誇張して言うならば、このような状況でのインフレ抑制は食品価格の1割の上昇を嫌って失業を選択するようなものだとさえ言えるでしょう。


国民的要請になりかねない日用品インフレへの対策要求への金融引き締めによる解決――これを避けることが出来るか否か。ここに政治の宣伝と決断が要されます。日本経済が中期的な金融引き締めリスクを負っていると市場が予想している状況は基調的な円高をもたらします。その除去のためには日用品インフレには金融引き締め以外の手法を持って望むことを断固たる意志として、早期に明示しなければなりません。その一つの手法が、生鮮・食料品・エネルギーを除いたコアコア消費者物価指数を目安にした金融政策方針への転換を宣言することです。


要約すると今後食料・エネルギー等が値上がりするだろうが、それらは主に海外からの輸入品であり、その値上がりはかえって国内産品の値下げ圧力となって、経済を悪化させる。 よって(リフレ的には)その国内産品の値下げ圧力を跳ね返すほどの金融緩和を行わなければ経済の復興は達成されない。 その過程では食料・エネルギーの価格上昇に対する国民全体からのインフレ忌避圧力が予測されるが、それは「体感インフレ率」によるものであり、実際に年間支出総額に占める割合はわずかなのだから、その圧力を跳ね返してリフレ政策を続けるべきだ、という感じだろうか。


更に要約すれば生活必需品のインフレが起こりそうだからリフレ政策でインフレ誘導しろということである。 

普通に考えれば「ちょっと待ってくれ」と言いたい様な話であり、だからこそ飯田教授は「経済屋」として実はこの方策が正しいのだということを自らが信じる仮説に基づいて説明されているのであるが、それでもやはり無理があるのではないだろうか?


この文中で「年間総支出額から考えるとわずかな金額」とされている食料・エネルギーは家計の消費支出の約30%を占めている。 そして世帯所得の平均値と中央値の差を考えると、大雑把に言って全国民の約60%の人が30%以上の支出を食料・エネルギーに使っていることになるはずである。 又、一般的にはこの割合は所得が低い人ほど高くなっていく。

更にリフレ政策によって飯田教授推奨の「円安」になればコアコアCPIに含まれている生活必需品の値段も上がる。

そうなれば全体としてはとても「体感インフレ率」「一部商品」「わずかな金額」と言い切れるような状況では納まらない可能性が高い。


飯田教授の指摘のうち食料・エネルギーの価格上昇だけを見て金融を引き締めれば更に景気は悪化する、という部分は筆者も同感である。 目先のインフレ率が上がっても景気が回復していなければ金融政策によるインフレ抑制は困難であることは現在の英国の例を見ればあきらかである。


しかしその考察から導かれる筆者の結論は飯田教授の結論とは反対であり「だからこそ現時点で制御困難なインフレを誘導するような政策を採るべきでない」というものである。 


日銀は短期的な流動性不足に対応するために短期資金を大量に供給しており、これは日銀の従来からの主張と矛盾しない(参照1)。 又、現在進行している極端な円高は投機筋によるものと言われているが、それなら日銀ではなく財務省つまり為替介入・日銀砲の出番である。 手元資金を用意するために短期的に海外から資金を引き上げる必要に迫られている生命保険会社を初めとする日本企業にとっても為替介入はプラスに働く可能性も高い。ついでにこの状況で仕掛けてくるようなヘッジファンドのいくつかでも吹き飛ばせれば一石二鳥である。この状況下での為替介入は国際的にもある程度許容されるだろう。


一方で飯田教授が唱える「より期間の長い資金を潤沢に市場に供給する」事は現在のオペレーションでは短期的な流動性不足を解消できないと判断された場合の最終手段として使用される可能性はあるとしてもリフレ的なインフレ誘導を目的として実施されることは現状ではないはずである。


日本社会の長期的な安定の為の現在の課題は短期の金融不安を解消すると共に中長期のインフレ(食料・エネルギーを含む)懸念を抑制することであるはずであり、インフレによるデフレ(?)脱却ではないはずだからである。

そして、食糧・日用品・ガソリンのかなりの部分は日本の製品ではない。つまりは海外製品価格を抑えるためには大幅な国内生産品の価格低下が要されるのです。大いに誇張して言うならば、このような状況でのインフレ抑制は食品価格の1割の上昇を嫌って失業を選択するようなものだとさえ言えるでしょう。

同様に、しかしそれほど誇張もせずに言うなら現時点での金融政策によるインフレ誘導はわずかな経済成長の底上げと引き換えに多くの生活困窮者を生むことを選択するようなものだとさえ言えるのではないだろうか?


(参照1)
3月14日 総裁記者会見要旨
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2011/kk1103b.pdf