人口減少がデフレギャップと人手不足を引き起こす?

今回は4年ほど前のエントリーの焼き直し+α になるが、人口減少がその各段階においてデフレギャップ(需給ギャップ)と人手不足という一見相反する二つを引き起こす可能性について考察してみたい。


人口減少についての議論には減少か増加かの二つの状態しか存在しないかのようなものが多いが、その経済に対する影響(特に需給ギャップに対する影響)を考えるときには人口増加率の低下が一つのカギになってくると筆者は考えている。

つまり1%の人口増加率で人口が増えている状態から、-1%で減っている状態までの過程を考える際には少なくとも(1)人口増加率は減少しているがまだプラスであり人口は増えている段階(人口増加率 1%↓0%) と(2)人口増加率がマイナスになり人口が減っている段階(人口増加率 0% ↓)にわけて考える必要があるということである。 


(1)人口増加率は減少しているがまだプラスであり人口は増えている段階(人口増加率 1%↓0%)

この段階で起こると考えられるのは住宅のような耐用年数の長い消費材に対する需要減である。 これは別にむずかしい話ではなく、耐久消費財に対する需要には新規購入と買い替え購入の二つがあり、前者は人口増加率と一定の相関があると考えられるため、人口増加率が減少していく段階ではこの前者の需要も又減少していくというだけの話である。

例えば住宅当たりの住人の数が一定と仮定すれば、人口が1%増えれば既存住宅の1%分の新築需要が生まれる。 既存住宅の建て替えが平均して30年に1度だとすれば既存住宅の3.3%分の建て替え需要が存在するため、この時の総需要は既存住宅の4.3%ということになる。  同様に計算すれば人口増加率が0.5%にまで減少すれば総需要は3.8%まで下がり、0%にまで減少した時には建て替え需要(3.3%)しか存在しなくなってしまうということになる。

言うまでもなく上記は極度に単純化したモデルであり、現実には核家族化や晩婚化等様々な影響も考慮する必要があるだろうが、ポイントはこの需要の減少は人口が増加する中で生じることになる点で、結果として生産能力的にも労働力的にも需給ギャップを生み出すことになる。 又、上記では住宅を例としたがニュータウン建設等にかかわる土木需要や住宅に付き物の耐久消費財(家電等)もこれにある程度は連動するはずである。


ちなみにこの特定産業に生じた需給ギャップが経済全体に与える影響の度合いについては、その特定産業が経済全体に対してどれだけのウェイトを占めているか、また人口増加率の減少がどれだけの速度で生じたか、等の要素に左右される。 ウェイトが非常に小さければ影響も限定的になるし、ウェイトが大きくても人口増加率の減少速度が遅ければ、人口連動等で需要が増加する他の産業とある程度は相殺することが可能になるし、その調整も時間をかけて行うことができる。

残念ながら日本のケースは建設業のウェイトが高く、しかも公共事業の拡大や核家族化が進んだことにより人口増加率の減少による需要への影響が短期間に集中してしまった気配があり、結果としてこのデフレギャップは1990年代以降に一気に顕在化することとなったと筆者は考えている。


ちなみにこの時に生まれた労働力の需給ギャップの主な受け皿となったのはサービス産業ということになるだろう。 サービス産業はざっくり言えば人口連動で需要が増加する為、人口増加率が減少に転じた後でも需要は伸び続けるし、又豊かになるにしたがって新たな需要も生み出されてきており、経済におけるウェイトは右肩上がりできている。 ただ、それでも建設業界からあふれた労働力が簡単に吸収できたわけではなく、この労働力の急速な流入がタクシー業界の競争過多や一部企業におけるブラック企業問題を後押しした可能性は十分にあるだろう。


(2)人口増加率がマイナスになり人口が減っている段階(人口増加率 0% ↓)

この段階に入れば、需要も減り続けるが労働力も減り続けるため、前段階のようなプロセスで労働力の需給ギャップが生じることはなくなるが、次は(1)の期間に積み上げた固定資産、例えば店舗、の過剰が問題となってくる。


先ほど述べたように(1)の段階では人口は増加し続ける。 よって需要が基本的に人口連動となる産業は潜在的には需要増のトレンド下にあり、かつ建設業等から流れ込んだ労働力をうまく取り込んだ企業は価格の引き下げを通じて需要を刺激することも可能であった。 しかしながら本格的に人口が減少トレンドに入ると、どう考えても店舗が過剰になる。しかも同時に労働力の供給も減るため、既存店舗にとっては需要不足と人手不足の二重の不足に悩まされることになるわけである。 


尚、この二重の不足が中長期的にどのような影響を持つかはなかなか予測が難しい。 初期の段階では人手不足から来る待遇改善も期待されるかもしれないが、これが価格の上昇につながれば、ただでさえ人口連動で減少トレンドにある需要をさらに抑制してしまうことも考えられる。 そうなれば労働力の減少トレンド以上に店舗の閉店が加速することも考えられなくはない。


ちなみに日本で建設業で生じているらしい人手不足についても触れておくと、これは単に生産能力を簡単に上げることができない産業に復興需要とオリンピック需要の二つの特需が発生したことによるもので、本エントリーとはあまり直接的には関係がないと筆者は考えている。 強いて関連付ければ、建設業が生産能力、労働力の過剰をおおむね調整し終えていたために、こういった特需に対応する余力が低くなっているということと、その過程で労働力の過剰を解消すべく新規採用を抑制したために産業内の人口ピラミッドが他の産業よりも更に逆ピラミッドになってしまったことが現在の人手不足感をあおる要因の一つになっていると言うことは可能かもしれない。


以上は人口減少へと至る過程において市場の需給(特に労働力の)がどのような影響を受けるかを非常にざっくりと考察してみたものだが、少し考えればわかるように現実に当て嵌めるにはこの過程と同時に起こったさまざまな事象を考慮する必要がある。 例えば住宅需要については核家族化や都心部への人口の集中、或いは政府による住宅投資の促進策等は住宅需要を大きく左右しただろうし、またサービス産業についても、より細かく見れば外食産業はその営業形態を考えると総人口よりは生産年齢に連動しているようにみえるし、逆に医療・社会福祉は高齢者への需要が大きいため、総人口が減少に転じた後でも需要は当分上昇し続けるだろう。もちろん短期的に見れば循環的な景気変動はより直接的、かつ広範な需給ギャップへの影響をもつことは間違いない。バブル景気の真っ最中にデフレギャップが問題になったりしないし、バブル崩壊後の大不況中に人手不足になったりもしないわけである。 
しかしながら、他に要素があるからといって本エントリーで考察した人口増加率の低下が住宅等の耐久消費財の需要を下押しすることや、総人口が減少に転じた時に一部産業で店舗が過剰になることが否定されるわけではなく、人口減少を単に増加か減少かという単純化しすぎたイメージで語ることの問題もまた明らかであろう。


最後に(既に何度も書いているが)念のために書いておくと、上記は人口が減少していく過程においてデフレギャップが生じるという話ではあるが、日本がデフレに陥った理由としてこれが決定的な役割を果たしたとは筆者は考えていない。一般に人口減少がデフレ圧力になっているという議論は、むしろ人口減少がもたらす潜在成長率の低下が主題となっているはずであり、インフレ率に与える影響としては当然そちらの方が大きいだろう。 又、何を持ってデフレの原因というかによるが、日本のインフレ率が80年代の5%を大きく超えていたところから0%以下にまで落ちたことについて言うなら、その最大の要因は世界の先進国経済全体がそれ以上にディスインフレしたことだと考えており、上述のデフレギャップは3番手以下の要因ということになろう。

但し、景況感に与えた影響はおそらくそれ以上のものがあったのではないかと筆者は考えている。筆者がインフレ率の低下の最大の要因と考えている世界の先進国経済全体の低インフレ下は景気に直接的に大きな悪影響を与えるものではないし、潜在成長率の低下も一人あたりの実質GDP成長率がそれなりに推移していれば既に十分に豊かな日本で、それほどの不況感をもたらすとも考えにくい。 しかし上述のデフレギャップは人々の生活に近いところで発生するため、実感としてはかなりの不況感をもたらすはずだ。 そして、これがインフレ率の低下やバブル崩壊後の金融危機等と並行して進んだことがたとえマイルドなデフレであっても「デフレ=悪」であるという刷り込みにつながったのではないだろうか?というのが筆者の考えということになる。