経済財政報告における人口デフレ論の検証について

先日公開された平成23年度 年次経済財政報告では「第2節 物価動向と金融資本市場」の中で、人口動態が物価に与える影響について特別に「2人口動態と物価」として取り上げ、検証を加えている。

2.人口動態と物価


我が国のデフレ基調が続くなか、マクロ的な需給要因だけでなく、より構造的な要因として、人口構成の変化、特に生産年齢人口の減少に着目する議論が増えている。例えば、生産年齢人口の減少が生産年齢世代の旺盛な消費需要の減少に結び付くこと、また、成長期待の低下を通じて企業の設備投資需要が減退することから、生産年齢人口の減少によってマクロ的な需要不足が長期化し、デフレの原因になっているとの指摘がある。こうした点を踏まえ、以下では、デフレと人口構造の変化の関係について、複数の視点から検討する。
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je11/11p00000.html


この検証は2段階((1)物価下落と生産年齢人口減少の併存 ・(2)人口動態が物価に影響する経路)で行われており、(1)の冒頭でデフレ人口要因論について

デフレと生産年齢人口の減少を結びつける議論を解釈すれば、生産年齢人口の減少を労働投 入の減少という供給サイドの抑制要因と見るだけでなく、需要面を抑制する要因と捉え、かつ その影響が供給抑制以上に大きいと見ていること、すなわち生産年齢人口の減少が需要不足を 拡大すると見ていることが特徴といえる。その際、短期的な需給ギャップの変動とは分けて、 基調的な需要不足の要因と見ていることも特徴である。

と解釈し、これに沿って検討が進められている。


各章を見てみると、まず「(1)物価下落と生産年齢人口減少の併存」における検証結果は以下の通りとなっている。


(生産年齢人口の減少と物価下落が併存している国は日本だけ)

  • 生産年齢人口が減少した国の全てで物価下落が発生した訳ではない
  • 物価下落を経験した国の全てで生産年齢人口減少が発生した訳ではない。
  • よって生産年齢人口の減少は物価の基調を押し下げている可能性は指摘できるが、それだけで我が国がデフレになったわけではない。
  • 生産年齢人口の減少が物価下落に結びつくための仲介的な、第三の要因があって初めて、我が国のような生産年齢人口の減少と物価下落の併存が生じていると考える方がよさそうである。

(物価下落の主要因はマクロ的な需要不足)

  • OECD各国のデータ(90-09)をパネル分析した結果、物価下落に対してはGDPギャップの影響が大きく、生産年齢人口の減少は日・独等で物価を押し下げる方向に寄与しているが、その割合は小さい。
  • よって生産年齢人口の減少は物価の基調を押し下げている可能性は指摘できるが、それだけで我が国がデフレになったわけではないということになる。


そして「こうした事実観察を踏まえ、次項では、生産年齢人口の減少と物価下落が同時に起こるメカニズムをより詳細に分析しよう。」として、「(2)人口動態が物価に影響する経路の検証」へと移っている。


「(2)人口動態が物価に影響する経路の検証」では、生産年齢人口比率とGDPギャップ、潜在成長率の関係に着目し、以下の観察を得ている。

  • 生産年齢人口比率と GDP ギャップの間に統計的な関係性は見られない。
  • 生産年齢人口の変化率と潜在成長率の間には正の相関が確認される。

そして「我が国に即して考えれば、生産年齢人口の減少は潜在成長率の引下げを通じて、中長期的な経済の供給能力を押し下げるが、それが必ずしも需要不足につながるとは限らないことになる。それでは、生産年齢人口の減少が需要不足につながるメカニズムとして、どのようなことが考えられるだろうか。」として、最後の検証に移っている。


最後の検証では(生産年齢人口の将来予想が期待を通じて物価上昇率に影響する可能性)を取り上げており、具体的には「将来的な生産年齢人口の見込みとして、国連による先行き5年間の生産年齢人口変化率の予想値を使い、期待成長率と期待物価上昇率には OECD による先行き2年間の実質GDP 成長率予測と物価上昇率予測を用い」てクロスプロットを作成している。


図で分かるとおり、これらのクロスプロットは正の相関がみとめられる。 この解釈について報告書では

生産年齢人口の増加予想と期待成長率の高まりに相関があるのであれば、期待形成を仲介にして、生産年齢人口の増加が物価上昇圧力に結びついている可能性が指摘できる。すなわち、生産年齢人口の増加予想が期待成長率を高め、それを受けて企業が設備投資需要を拡大する。家計も将来の所得増加を予想することにより、消費や住宅需要が拡大する。こうした結果として、現実の需給ギャップがプラス方向に変化し、物価上昇圧力につながるという経路である。

と説明している。


又、これらの理解は基本的に日銀(白川総裁)の理解(以下参照)とも矛盾しない。 白川総裁が強調している、潜在成長率は本報告書の検証で、生産年齢人口成長率と最も相関が強かった(t=11.8)パラメータでもある(図1-2-10参照)。

現在、日本経済が直面している問題、様々な問題に直面しておりますけれども、一つは物価安定の下での持続的経済成長経路にできるだけ早く復帰すると、これは言わば循環的な問題、それからもう一つは人口の減少あるいは生産性上昇率の低迷ということに起因しました潜在成長率の趨勢的な低下傾向と、この二つでございます。


この二つは、一つは循環、他方は中長期的というふうに取りあえず私今説明いたしましたけど、実はこの中長期的な問題が循環的なデフレの問題にも大きな影響を与えているというふうに思います。つまり、趨勢的に潜在成長率が下がってまいりますと、人々は将来自分の所得が増えていくというふうにはやっぱり自信が持てないわけであります。そうなりますと、当然みんな支出は抑制するということになってまいります。そういう意味で、私はデフレの問題の根源にある問題はこの日本経済の趨勢的な潜在成長率の低下だというふうに思っております。


この潜在成長率をそれではどうやって高めていくのかということは、これはもちろん、直接的にはこれは日本銀行の仕事ではございません。何よりも民間の企業が一生懸命努力をする、それからそうした企業を政府が環境面で支えていくということが、これがもちろん基本ということは十分に承知しております。
http://blog.guts-kaneko.com/2010/10/post_552.php


ちなみに、日銀も財務相もその結論はもちろんリフレ政策の推進ではなく、民間の企業が生産性を向上させていくこと、そういった企業・個人を政府が環境面から支えていくことが重要ということである。 


[追記]
最後の図については以前本ブログでも「飯田泰之准教授「人口減少」責任論の誤謬 についての考察 (2)」において、似たような考察を行ったことがある。 この時は縦軸をある時点(1990/1995/2000年)に於ける物価上昇率、横軸をその後10年間の人口増加率(2000年については5年間)とし、ある時点における長期的な人口増加率見込みと物価上昇率の関係を見た。 又、この考察では先進国と発展途上国を分けるために、各時点での一人当たり名目GDP上位20ヶ国とその他に分けて各々別にグラフを作成した。




(ちなみにAはその後インフレターゲットを採用した国々)


これらの図では、名目GDP上位国(右)でかなりはっきりとした正の相関が確認できるし、そこまで強くはないものの発展途上国側のグラフ(左)でも負の相関が確認できる。又、人口減少と高インフレ率が併存している国も、このグラフ(左)を見る限り、全体のトレンドから大きく外れているわけでは無い事がわかる。