リフレ政策に関するポジティブ・フィードバック・ループのリスクについて

ポジティブ・フィードバック(正帰還)とはある原因によって系に変化が生じた時に、その変化が原因に影響を与えることによって更に変化を拡大する過程であり、この過程では変化は自律的に増大し続けることとなる。


経済における代表的なものとしてはバブルの発生・崩壊や、インフレ・デフレスパイラルがあげられる。 

資産価格の上昇 → 資金の集中 → 資産価格の上昇   (バブル)
資産価格の下落 → 資金の逃避 → 資産価格の下落   (バブル崩壊)

インフレ → 景気過熱 → インフレ
デフレ → 景気後退 → デフレ

ポジティブ・フィードバック・ループは放っておいてもどんどん一方向へ加速していき、通常ある地点で破綻してしまう(例:バブル崩壊)。よってポジティブ・フィードバックが働く系は非安定的である。


これとは逆のネガティブ・フィードバック(負帰還)も存在し、こちらは何らかの要因である水準から外れた場合に、その水準へと戻ろうとする力が働く過程であり、円安での景気回復シナリオはこれに近い。

円安 → 輸出増/景気回復 → 円の回復

これは先日のエントリーで取り上げた2007年以降に韓国で起こった過程とある程度合致する。 


又、財政出動による景気回復と、その結果としての財政再建を主張する人(積極財政派?)が期待するシナリオもこれに近いかもしれない。

財政出動(=財政悪化) → 景気回復 → 税収増 → 財政再建


ネガティブ・フィードバック・ループは安定的であり自律的に均衡水準へと収束していくことが期待できるが、ポジティブ・フィードバック・ループは放置しておけばどんどん一方向へと進み、最後には破綻して、バブル崩壊のようなショックと混乱を引き起こすため、可能な限り人為的なコントロールが試みられる事となる。


そのコントロールの代表例が政策金利の調整であり、通常は以下のように働く。

政策金利下げ → 景気刺激 → インフレ
政策金利上げ → 景気抑制 → ディスインフレ(インフレ率の下落)


インフレ率が高騰しはじめた時には

景気過熱 → インフレ高騰政策金利上げ → 景気抑制 → ディスインフレ

となる。 


ところがデフレ対策で問題となるのが、

政策金利下げ → 景気刺激 → インフレ

の制御が効かなくなることである。政策金利には下限(0%)があり、下げ続けることができない為、デフレに落ち込んだ場合には政策金利だけでインフレ率をコントロールすることは難しくなる。


そこで、リフレ派は量的緩和やシニョレッジによるインフレ誘導を主張することになる。

量的緩和(シニョレッジ)によるインフレ誘導 → 期待インフレ率上昇 → インフレ → 景気回復 → インフレ


これにはそもそも(インフレ→景気回復)が(景気回復→インフレ)程の直接的な繋がりを持っているかという問題が存在するが、たとえその因果関係が十分に強いものだったとしても、その他にも留意すべき問題点が幾つか存在する。


一つ目は最初のインフレ率の上昇は期待インフレ率の上昇を通じて実現する為、景気が回復する前に発生することであり、以前「フィリップス曲線について」で紹介した量的緩和後の英国・米国のフィリップス曲線のように失業率が改善せずにインフレ率だけが先に上がってしまう可能性が高いことである。


次のより大きな問題はインフレ率の上昇には景気回復を経ないポジティブ・フィードバック・ループが存在することである。

インフレ → 国債金利負担増 → 財政危機 → インフレ


この過程を"放置すれば"、最初に国債が市場で売れなくなり、仕方なく日銀が国債を引き受けたとしても、国債分だけ通貨が供給され続ける(しかもその額は毎年増えていく)訳だから、最終的にはハイパーインフレにまで行き着く(そこまで放置することはありえないので現実的にはハイパーインフレに行き着く可能性は薄いが)。 


ちなみに国債が円建てであるメリットは、国債が外貨建ての場合に存在する

財政危機 → 通貨安 → 実質国債残高増 → 財政危機

というポジティブ・フィードバックを回避することが可能な点と考えられるが、国債が円建てだからといって上記の財政危機を通じたポジティブ・フィードバック・ループが稼動しないわけではない。


そしてもう一つの問題はこの望まないループが回転し始めたときのコントロールが困難なことである。


通常インフレが高騰しはじめた時には政策金利の引き上げを通じて景気を抑制することによってインフレ率を下げることになるが、財政危機ループによるインフレ率の上昇は景気の過熱によるものではない為、政策金利でコントロールすることが難しい。

さらに、日銀のバランスシートをあまりに大きくした場合、政策金利引き上げ時のループが、以下のようになる恐れがある。

量的緩和によるインフレ誘導 → 期待インフレ率上昇 → インフレ →国債金利負担増 → 財政危機 → 政策金利上げ(国債売却) → 日銀債務超過による財政負担増→ 財政危機 → インフレ

上記の「日銀債務超過による財政負担増」は、「日銀の債務超過による金融引き締め効果の相殺」と言い換えてもよいかもしれない。 仮に債務超過となった分を政府が穴埋めしないとしても、それは結局のところ意図した金融引き締めが出来ていないことになるからである。


よって財政危機を通じたポジティブ・フィードバック・ループを脱するには

量的緩和によるインフレ誘導 → インフレ → 国債金利負担増 → 財政再建 →ディスインフレ

のように財政再建(増税&支出減)が必要となる。 これは何度か紹介したように量的緩和実施後の英国が現在行っている政策である。


ところが財政再建には

財政再建 → 民間負担増 → 景気悪化 → 税収減 → 財政悪化

というようなネガティブフィードバックが働くため、不景気下での財政再建は通常困難とされており、下手をすると財政再建されないまま景気が悪化しスタグフレーションに繋がる恐れがある。



これらリフレ政策に関するポジティブフィードバック、ネガティブフィードバックを俯瞰すると、リフレ政策が目指すルートは


量的緩和(シニョレッジ)によるインフレ誘導 → 期待インフレ率上昇 → インフレ → 景気回復 → インフレ → 景気回復 → 税収増/財政再建 → 景気加熱 → 政策金利上げ → ディスインフレ → 政策金利下げ → インフレ →・・・・


といったようなものかと思われる。景気回復から景気過熱に至るルートはポジティブフィードバックではあるが、上述の財政危機を通じたインフレ高騰もポジティブフィードバックであり、どちらのポジティブフィードバックに落ち込んでいくかは自明ではない。(敢えて言えば「インフレ→景気回復」というリンクが弱い場合は財政危機に落ち込んでいくリスクのほうがむしろ高い可能性がある。)


リフレ政策は目指すルートを一本の道とすれば、周りに落とし穴がたくさん開いているような状態であり、落とし穴が底なし(ハイパーインフレ)である可能性は低いが、底があるからといって落ちても平気なわけではない。恐らく底で待っているのはスタグフレーションである。

この道を行くかどうかは、現状とリスクをどう捉えるかによるだろう。後ろから飢えたライオンが迫ってきていると考える人はこの道を行く選択をするだろうし、そうでない人は遠回りになっても別の道を捜すだろう。ちなみに筆者は、現状はデフレ気味とは言え、破綻に繋がるようなポジティブ・フィードバック・ループ(デフレスパイラル)が回っているわけでもなく、スタグフレーションへつながる落とし穴が開いている道を無理に行く必要は無いと考えている。


(上にあげたフィードバック・ループは実際の経済に存在するループのごくごく一部に過ぎず、実際にはリフレ政策が安定的な政策となりうるようなネガティブ・フィードバック・ループも存在する可能性はある。例えば量的緩和から円安へと繋がるルートはリフレ政策に安定性をもたらす可能性があるが、いずれにしても落とし穴があいていることには変わりは無い。)



(注)
この記事を書くためにポジティブフィードバックの用例をすこし調べてみたが筆者の知っている使い方と違う用例が多数あるようである。 例えばgoogleで検索して2番目に出てくるgoo辞書では

ポジティブフィードバック
 1被評価者の意欲や能力が良い方向へ増幅されるフィードバック。
 2被評価者にとって望ましい内容のフィードバック。

ネガティブフィードバック
 1被評価者の意欲や能力が望ましくない方向へ増幅されるフィードバック。
 2被評価者にとって望ましくない内容のフィードバック。

となっている。 MBA経営辞書というものにのっているらしいが、これだと話が繋がらないので、本エントリーでは文中に書いた定義(工学的な定義?)でこれらの言葉を使っている。