マネータリーベースの伸び率とインフレ率の関係について

前回のエントリーで最後にマネーサプライとマネタリーベースの変化率とインフレ率の関係についてコメントしたが、紹介されていた世銀のデータベースを用いて自分でも何点かでグラフを作ってみた。
 

作ったグラフから読み取れた(ような気がする)傾向は以下の4つ。

1. ある年のインフレ率とその年のマネタリーベースの増加率については相関無し(or弱)
2. ある年のインフレ率とその直前の数年間のM2.及びマネタリーベースの増加率との間には比較的強い相関有り
3. 但し日本については上記(2)のマネタリーベース増加率とインフレ率の相関から外れたエリアに位置する傾向あり。
4. 各国のデータポイントの経年変異は上記(2)で見られたトレンドに沿うのではなく、トレンドの軸に回帰する傾向あり。



1.ある年のインフレ率とその年のマネタリーベースの増加率については相関無し
単純にある年のマネーサプライ(M2)及びマネタリーベースの増加率とインフレ率をプロット。 結果は図1の通り。(対象はデータがあった全ての国。図中の赤四角は日本)
インフレ率が高い国はもっと引き締めているかと単純に思っていたが意外とそうでもなかった、2重微分(増加率の増加率)を取ってみたりもしたが結果は変わらず。(ではどのようなトレンドがありそうかについては後述)



図1


2.ある年のインフレ率とその直前の数年間のM2.及びマネタリーベースの増加率との間には比較的強い相関有り
ある年(2008)のインフレ率(消費者物価・GDPデフレータ)を直前の5年間(2003-2008)の平均M2増加率・マネタリーベース増加率に対してグラフを作成。 M2,マネーサプライ共に正の相関が確認された。



図2


3.但し日本については上記(2)のマネタリーベース増加率とインフレ率の相関から外れたエリアに位置する傾向あり。
上記図2では日本はマネタリーベースもマネーサプライも増加率が最低レベルで、かつインフレ率もマイナスを記録しており、デフレの主要因は通貨供給量が足りないからであるという主張と合致しているように見える。

しかし図2の対象期間(2003-2008)の前の5年間(1998-2003)をプロットした下図(図3)を見てみると、全体の相関は変わらない一方で日本のデータの位置にはかなりの違いがあることが分かる。 2003年のデータでは過去5年間の平均マネタリーベースの増加率は10%以上あるにもかかわらずインフレ率は2008年とほぼ同じである。 

つまりマネタリーベースの増加率とインフレ率の間にみられる一般的な相関関係は必ずしも日本のケースがその相関の傾きに沿って変異することを意味しているわけではないと考えられる。


なぜ日本の実績がこの相関関係に沿って変異しなかったのかについては解釈が分かれると思うが、直ぐに思いつくのは以下の二つである。

(A) 日本は流動性の罠に陥っており金融政策の効果が非常に限定的になっている。
(B) 日銀はデフレターゲットと呼べるものを採用しおり、インフレ率が上がりそうになるとマネタリーベースの増加率をコントロールしてそれを押さえ込んできた。

前者は反リフレ派、後者はリフレ派の主張に通じるものがある。 



図3


図2、図3を重ねてプロット。 全体としては非常に近い相関が見られる。



4.各国のデータポイントの経年変異は上記(2)で見られたトレンドに沿うのではなく、トレンドの軸に回帰する傾向あり。
そこで次に日本以外の国が2003年から2008年に掛けてどのように変異したかを検証した。

図4は各国の2003年、2008年のデータを線で繋いだもの、又図5は2003年と2008年のデータの間のマネタリーベース増加率とインフレ率の変異をプロットしたものである。 

これを見ると流動性の罠に陥っているとされる日本だけでなく、かなり多くの国でマネタリーベースの増加率とインフレ率の変異が図2で見られる正の傾きを持つトレンドに沿った動きをしていない事がわかる。

さらにこの変異を4つのパターン(A: X+Y+, B: X+Y-, C: X-Y-, D: X+Y-)に分類して2003年のマネタリーベース増加率(1998-2003) 対 インフレ率(2003)のグラフに落とし込んだグラフを作成した(図6)。 (A,Cは軸に対して左上に変異したか、右下に変異したかによって更に分類。基本的にグラフの赤系統は左上に、青系統は右下に変異)


定量的評価は行っていないものの図6では相関の中心軸に向かって回帰しているかのような傾向が見られる。
(特にBとDはマネタリーベースの増加率の変異とインフレ率の変異の関係が相関とは逆になっており、データ数的にも全体の4割弱存在。)



図4、5


図6


この結果について何かはっきりとした考えを持っているわけではないが、一つの見方として

マネタリーベースの増減は各国が独自に決定できることであり、さらに定性的にはマネタリーベースを増やすことがインフレ率と(強弱はともかく)正の相関を持つことは確かと思われることから、上記の観察は流動性の罠に陥っているとされる日本だけで無く、世界の多くの国も何らかの理由によって単なるインフレ率の高低の調整でなく、自らの「安定的な場所」に回帰するような金融政策を取っている(取らされている)。

という解釈もありうるのではないかと考えている。


そして上記の解釈がもし仮に正しいとすれば、リフレ政策によってその「安定的な場所」からの移動を開始する前に、その安定がナッシュ均衡なのかパレート最適なのか、またナッシュ均衡だとすれば、この均衡点から移動することによって増加するデメリット、リスクはなんなのか、パレート最適だとすれば移動によって誰が被害を受けるのか、そしてそもそもなぜ日本の均衡点はデフレだったのかをよく考えてみる必要があるのではないだろうか。


1.インフレ率については世銀のデータベースから消費者物価上昇率に加えてGDPデフレータも使用。 又ばらつきを抑えるために基準となる年の前後1年ずつを加えて移動平均を取った。