マネーの伸びとインフレ率の関係について

日銀の金融緩和が不足しているという主張の傍証として繰り返し出てくるのが各国のマネーの伸び率とインフレ率の関係を示した以下のようなグラフである。(赤データが日本。 参照:マネータリーベースの伸び率とインフレ率の関係について


確かに図はマネーの伸び率とインフレ率の間に一定の正の相関があることを示している。 ではこの図は(低マネー伸び率、低インフレ率)の領域にいる日本が「金融緩和不足」であるという事を本当に示しているのだろうか?


ここで上の図同様にインフレ率を縦軸にとったもう一つのグラフを考えてみる。 この図でも2変数の間に正の相関が見られ、日本はやはり左下の領域(低、低)に位置している。(インフレ率データはOECD各国の内統計データが揃っていた国を対象に00年代前半、後半のCPIの平均をとったもの:濃紺00-04 / 青 05-09)


で、早速種明かしをすると、この図のX軸は同期間に於ける各国の長期金利の平均を示している。つまり長期金利が高い国はインフレ率が高く、長期金利の低い国はインフレ率が低かったという事である。


つまり最初の図を見て「インフレ率を上げるためには(何らかの方法で)マネーをもっと増加させるべきだ」という議論が成り立つなら、二つ目の図が示唆することは「インフレ率を上げるためには(何らかの方法で)長期金利をもっと上げるべきだ」という事になる。

しかし筆者の理解では少なくとも「グラフが示唆する事実」としては両方とも言いすぎである。 このグラフが示唆していることは「高いマネーの増加率」と「高い長期金利」と「高いインフレ率」(或いはその逆の組み合わせ)は多くの国で同時に起こっているという事である。


通常、ここで示したような数年程度のスパンで考えるなら金融緩和はマネーを増加させるが、長期金利は低下させる。よって単純に一つ目の図の相関を見て、「金融緩和でマネーをもっと増加させればインフレ率は上昇するのだから日銀はもっとマネーを刷れ!」とはならない。各国の金融緩和への姿勢が図上でのその国の位置に及ぼす影響は勿論あるだろうが、(マネーの増加率、長期金利、インフレ率)が(低、低、低)の国と(高、高、高)の国の差を全てそこに求めるのは無理があるし、少なくとも最初のグラフで「日本が他国と比べて金融緩和不足だから左下に来ている」とするのは結論ありきの主張といわざる得ない。


では各国の凡その位置は何で決まっているのだろうか?

これもまた以前のエントリー(参照:先進国の人口成長率と物価上昇はやっぱり関係あるんじゃないか?)からの使い回しであるが、以下の図は先進国(一人当たり実質GDPが高い国)における人口増加率とインフレ率の関係を示した物であり、これも同様に正の相関を示している。 


これは先進国においては(人口増加率、マネーの増加率、長期金利、インフレ率)が均衡的に(低、低、低、低)(中、中、中、中)(高、高、高、高)等の組み合わせに収斂していくということを示しているのでは無いだろうか? 

既に先進国に仲間入りしている国が一人当たりの実質GDPを他の先進国に比して大幅に伸ばすことは難しい。しかしその中でも人口増加率が高く、したがって規模的にも経済が拡張している国では、当然将来的な内需の伸びも期待できるから住宅を初めとする投資も活発だろう。投資が活発なら資金需要は高いはずで、金利もインフレ率も上昇する。 そしてこのような国では中銀がニュートラルな金融政策を取っていさえすればマネーの総量も経済の実体に併せて増えていく。 逆に日本のような国ではその逆のことが起こるわけである。 もちろん人口増加率以外にもその国の実体的な経済に関係する多くの要素(規制、税制、貯蓄・消費性向 etc)が同様にこの均衡に影響を与えていることは疑うまでもないが、データを見る限り先進国に限れば人口増加率が一定の影響を与えていることはかなりの確率でいえるのではないだろうか。


こういった主張は「人口デフレ論」とかなんとか言われて批判されることが多いが、デフレの日本だけでなく多くの国で同様のトレンドが観測され、日本がそのトレンド上に乗っているのであれば、少なくとも一考の価値はあるはずであるし、逆にこういった現実を無視して、最初のグラフだけ見せて「日銀がマネーを刷らないのが悪い!」とやることは運動としての「リフレ」には意味があっても、本質的な理解・解決には繋がらないだろう。



[追記]
ちなみに金融緩和がこれらの図における各国の位置に与える影響は、多くの場合、マネー/インフレ率の図ではトレンドから外れる方向への移動(例えば景気後退時にはインフレ率が下がるが金融緩和策が取られることからマネーの伸び率は増加する。つまりトレンドから外れて右下に移動)として、長期金利/インフレ率の図ではトレンドに沿っての移動(景気後退時にはインフレ率が下がり、金融緩和策が取られることから長期金利も下がる。つまり左下に移動)として表れると考えられる。


参照:マネータリーベースの伸び率とインフレ率の関係について
http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20101020/1287609913