異次元緩和と原油価格とインフレの関係について

黒田日銀総裁がようやく現実を認めて「2年で2%」目標を事実上撤回したわけだが、その理由として「エネルギー価格の下落」をあげた事に対し、リフレ派の高橋洋一氏がお得意の(?)データ分析を駆使して「原油価格の物価への影響はほとんど無視できる。2%が達成できなかったのは消費増税のせいだ」と批判している。(「2%インフレ目標未達」の批判は誤解で的外れ

内容としてはあまり目新しいものがあるわけではないが、その根拠としているデータ分析が"悪い意味で"なかなか興味深いので、これをネタにしつつ異次元緩和はいかにインフレをつくりだし、なぜまたデフレに戻ろうとしているのか、について考察してみる。


まず、「原油価格の物価への影響はほとんど無視できる」の根拠として高橋氏は最近4年間におけるインフレ率と輸入原油価格の推移のグラフを示し相関がゼロであるとしているが、わざと相関が出ないようにグラフを作っているのではないかと思えるほど、関係が見えづらい形にしている。

ためしに筆者も作ってみたが、物価を変化率(インフレ率)ではなく消費者物価指数で示し、原油価格が国内のガソリン価格等に反映されるのに時間差があることを考慮してとりあえず2ヶ月ずらしてプロットすると以下のようになり両者がはっきりと連動している事がわかる(消費者物価指数については消費税増税後は高橋氏のものと同様にインフレ率-2%相当で補正している)。
これを高橋氏同様に相関係数を取ってみると0.84となり、高橋氏の分析と逆に非常に高い相関があることを示唆している。要は連動はしているが時間差が存在するデータを時間差の補正をせずに変化率同士で比べると殆ど相関が無くなる場合があるというだけの話である。


ただし、言うまでもなく高い相関があるからと言って原油価格だけが日本のインフレ率を強力に左右しているというわけではないだろう。 例えばここでの原油価格は円建てとなっており、つまり為替の影響が多分に含まれている。そこで為替の変動のみを取り出して同様に消費者物価指数とプロットすると以下のようになり、これもまたそれなりに連動しているように見えるが、直近のトレンドだけは逆(円安/ディスインフレ)になっている。


よって以上の観察に解釈を当て嵌めるなら、

  • 異次元緩和以降のインフレ率の上昇は円安によってもたらされた(資源をはじめとした)輸入物価の上昇がけん引してきたが、直近では原油価格の暴落による輸入物価への影響が円安による影響を上回ったことからインフレ率の低下につながっている。

といった所になるのではないか。 
結局、これは白川前日銀総裁が論じていた「ゼロ金利制約に直面し、しかもバランスシート調整に晒されている経済主体が多い場合には、そうでない場合と比べて、金融緩和の効果は国内の主体を通じては発揮されにくくなり、むしろ、対外的なルート─資本流出や為替レートの下落─を通じて発揮されやすくなります」の通りのことが起こっているということだと筆者は理解している。


更に2点ほど考察を加えておくと高橋氏は原油価格がインフレに影響を与えない理由として

原油は全商品の一定割合を占めているので、その下落は一般物価であるインフレ率の低下につながるようにみえる。ところが、一般物価は全商品が対象なのだが、原油以外の商品では、原油価格が低下したことによって購買力が増す恩恵を受けることができ、その分価格が上向きになるのだ。その結果、原油価格の下落が直ちに一般物価の下落に直結するわけではなくなる。

という一部でおなじみのロジックを持ち出している。 高橋氏も「原油価格の下落が直ちに一般物価の下落に直結するわけではなくなる」と書いている通り、このロジックは「原油価格が低下したこと」によるインフレに対する影響と「購買力が増す恩恵を受けることができる」ことによるインフレに対する影響がきれいに相殺されるかどうかまでは論じておらず、「原油価格が大きく下がったのに一般物価が下がらない」という一見不思議な事象が本当に起こった時の説明としてはありかもしれないが、「原油価格が大きく下がっても一般物価は下がらない」という事を示しているわけではない。

一方、ロジックが示唆する影響の連鎖自体は非常に興味深い。これを上記の考察と合わせて考えると

  • 異次元緩和以降のインフレ率の上昇は円安によってもたらされた(資源をはじめとした)輸入物価の上昇がけん引してきたが、輸入物価の上昇は輸入品以外の商品では購買力を奪う為、その分価格が下向きになり、一般物価としてのインフレの上昇を抑制する。又、これは輸入品以外の商品、つまり国内産品の物価が下向きになることを意味しており、中小を中心とした輸出企業以外の企業へ負の影響を与え、輸出企業が高収益を上げる中、景気の足を引っ張ってきた。

というように現況を説明することもできるだろう。 

消費増税の影響も同様のロジックで説明できる。 消費税が増えた分だけ実質的な購買力が毀損するわけで、当然価格に下向きの影響を与えることになり、円安+消費増税は輸出企業以外にはダブルパンチとなりうる。 
尚、上述の観察では原油価格の動向(下落)とインフレ率には強い相関が見て取れたが、時系列データでの相関でもあり、これをもって消費税の影響は限定的だという話でもない。いずれにしろ上記の原油価格の下落も、消費税増税もインフレ率を下落させる圧力となるものであり、足元でインフレ率が低下傾向にあることもそれほど不思議というわけではないだろう。 


最後に高橋氏の分析なるものにも突っ込んでおく。

黒田日銀が2年たったので、その前の2年とあわせた4年間における、インフレ率(消費者物価指数総合の対前年同月比)の分析をしてみよう。それによれば、インフレ率は、マネタリーベース対前年同月比(3ヵ月ラグ)と消費増税(半年ラグ)でかなり説明できる。

インフレ率=−0.68+0.044*マネタリーベース対前年同月比(3ヵ月ラグ)−0.54*消費増税(半年ラグ)
相関係数0.94

やはり、消費増税の影響は大きかったと言わざるを得ない。もし消費増税が行われなかったら、2%インフレ目標は2015年度の早い段階で確実に達成できただろう。

どうやって計算しているのかよくわからない「消費増税(半年ラグ)」は置いておくとしても、「インフレ率=−0.68+0.044*マネタリーベース対前年同月比(3ヵ月ラグ)」という式が示しているのはインフレ率2%を達成するためにはマネタリーベースを60%も増やさないといけないという驚きの事実である。 「もし消費増税が行われなかったら、2%インフレ目標は2015年度の早い段階で確実に達成できただろう」と言っているが、「−0.54*消費増税(半年ラグ)」が無かったとしても、最もマネタリーベース対前年同月比が高かった2014年2月でも56%だったのだからこの計算式では2%インフレ目標には届かないことになる。 消費税増税が無ければ2014年はもっとマネタリーベースを増やしたはずだ!と無理やり主張する事もできるかもしれないが、さすがに無理筋だろう。

いずれにしろ、もしこの関係が続くのであればインフレ率を2%に抑制したままそれほど時間を書けずに日銀が政府総債務残高を買い切ってしまえることになり、万々歳であるが常識的に考えてありえない。 こういうのを平気で「相関係数0.94だ!」と出してくるところが高橋氏らしさというところだろうか。