なぜイギリスは日本型の長期停滞に陥らなかったのか?

イギリスは今回の世界金融危機の震源地の一つとして、リーマンショック以降、長らく景気低迷に陥ってきた。 

イギリスのたどった経緯をざっくり説明すると、バブル崩壊⇒金融危機⇒金融機関への公的資金注入&量的緩和、という既視感のある過程をたどり、低成長・高インフレ・高失業率というかなり酷い状況に陥ってしまったのが第一ステージとすれば、景気が依然低迷中の2010年にいち早く財政立て直しの為の付加価値税の増税と歳出カット(公務員削減、年金支給開始年齢の引き上げ等)を敢行したのが第二ステージということになるだろう。


この内、第一ステージについてはいわゆるリフレ派をはじめとしてかなり好意的に受け止められ、日銀は英中銀を見習え!、的な言説も多数見かけることとなった。 その後、経過が芳しくなかった(低成長・高インフレ・高失業)ことが理由なのか、リフレ派の視点はアメリカへと移り、積極的にイギリスの悪い状況が参照されることは少なくなった。 しかし、そのような状況下でイギリスが財政再建へと舵を切ることが判明すると、逆の意味で再び注目を集めるようになった。 曰く、

  • 経済が低迷している時に増税を行うのは自殺行為だ。 増税によって経済が委縮し、結果として財政は更に悪化するに違いない。
  • よってそのような増税は苦しみをもたらすだけである。その苦しみに耐えたからと言って何も問題は解決しない。 それを喜ぶのはマゾだけだ。
  • このようなタイミングで緊縮財政を行えば、イギリスは日本型の長期停滞に陥ってしまうだろう。

というような批判が集中したわけである。


で、結果はどうだったのだろうか?

確かに増税直後の2010/2011年は苦しい状況が続いた。 もともと低成長・高インフレ・高失業であったところに財政再建をぶつけたのだから当然であろう。 そもそも政府も「財政再建によって景気が良くなる」なんていうような摩訶不思議なことを期待していたわけではなく、財政再建は苦しいが、それを行わなければ財政不安からの破たんリスクが無視できなくなる、という後ろ向きな理由で増税に踏み切ったわけであり、ある意味政府にとっても想定内ということであったであろう。


但し、第二ステージ開始から数年経った現時点で総括すれば、少なくとも上で挙げた批判の多くは的外れであったことがわかる。 当時のイギリスのような悪条件下でも増税+緊縮財政による財政再建は粛々と進んだし、イギリス経済も日本型の長期停滞に陥ることなく、2013年は3.2%と主要先進国で最も高い水準の経済成長を達成、2014,15年も3.5%, 3.0%と引き続き高い経済成長を達成する見込みとなっている。 少なくとも日本型の長期停滞に陥ってしまうだろうという予測は全くの的外れであったことは明らかであろう。


では、なぜイギリスは日本型の長期停滞に陥らなかったのだろうか? 

理由がいろいろと考えられるだろうが、いわゆる日本型の長期停滞の主要因は人口動態の推移だと考えている筆者としてはやはりイギリスの人口動態の推移が日本と大きく異なっていることを主要因として挙げたい。

意外かもしれないが、イギリスは現在進行形で人口が大きく増加し続けている国である。 下図は1990年の人口を100とした日英の人口推移であるが、イギリスの人口増加はむしろ加速気味ですらあることがわかる。 又、英国家統計局の推計では2012年に約6370万人だった人口が37年には1千万人近く増えて約7330万人に達すると予測されており、このトレンドは当面続く見込みである。 よっていわゆる日本型の長期停滞の主要因が人口動態の推移だとすれば、政策の良し悪しにかかわらず、イギリスが日本型の長期停滞に陥る可能性はそもそも非常に低かったということになるわけである。 


ただ、今のイギリスの状況が当時の日本より良いかどうかという点については一概には判断できない。 ざっと思いつくだけでも、

  • まず、人口増についてはその原動力となっているのが移民と移民がもたらしたベビーブームであり、これはこれでなかなか難しい社会問題を引き起こしている。
  • 次に、経済成長は確かに順調であるが、未だに賃金の上昇は鈍く、平均的な労働者の実質で見た賃金収入​は高インフレ時代に大きく目減りしたままであり、一部では高成長にもかかわらず更に目減りしつつある。
  • 一方、賃金の上昇をはるかに置き去りにして住宅価格は都心部を中心に再び高騰しており、既にロンドンなどではバブルの様相を呈している。 

等、問題は山積みである。

特にバブルについてはかなり深刻な様相を見せており、人によっては既に崩壊間近という人までいる。 次回エントリーではこの点についてもう少し詳しく考察してみたい。