バブルの要因と対策について - 白川日銀総裁の講演より

リフレ派が批判の対象とすべきは一義的には日銀であるはずだが、実際に日本がデフレに陥ったことの結果責任と、リフレ派が正しいと考える政策を行わないことの2点をもって日銀を「非難」することはあっても、白川総裁が実際に発言している内容についての理論的な「批判」が行われることは意外と少ないように感じる。


よく見られるのはとにかく「お金を刷ればデフレはたちどころに止まる」はずなのに、という理解に基づいた帰納的な批判か、陰謀論に根ざした非難・中傷の類であり、そもそも白川総裁が実際に講演等を通じて話している内容がリフレ派の検証の対象となっていること自体あまり無い。 


先日ブクマで頂いたコメントをきっかけに、白川総裁が昨年11月23日に香港(Bauhinia Foundation Research Centre)で行った講演の邦訳を読んでみたのだが、短いながらも非常に示唆に富んだ内容であったので、その中で「バブルの要因と対策」と「通貨を巡る対立」について内容を抜粋して紹介してみたい。(「通貨を巡る対立」については次回)



講演で白川総裁は日本の1980 年代後半におけるバブル発生の要因として以下の三つをあげている。
1. 日本全体を覆った過剰な自信
2. 不十分な金融監督体制
3. 長期にわたって継続した金融緩和

特に「長期にわたって継続した金融緩和」に関しては「単に金融緩和をバブルの原因として挙げるだけではあまり意味がありません。我々は、金融緩和が長期にわたって継続した社会的、経済的背景を深く掘り下げて考える必要があります。」として、何故金融緩和が長期にわたって継続してしまったのかについて

・ 低いインフレ率が続いたこと
・ 経常収支の黒字の圧縮に向けて強い対外的な圧力を受けていたこと

の2点を指摘している。 


インフレ率が安定していた事が、結果としてバブルの発生を招く一因となったという見解については、別の講演でも指摘されており、その講演ではインフレターゲティングと絡めて、「インフレ目標に対する表面的かつ狭い理解」に捉われていては、経済に不均衡が蓄積している状況に柔軟に対応することが難しくなると指摘されている。


そして経常収支黒字圧縮に向けての強い対外的な圧力は、一方では円高となり、もう一方では内需拡大要求となって金融緩和の修正への強い反論となり、結果としてバブルの発生を許すこととなったわけである。


続いて、日本の経験に照らして、高成長を遂げている新興国がバブルの発生を防ぐ上で重要な教訓として

1. 高度成長が続いても、自信過剰に陥らないこと
2. 金融の規制、監督
3. 金融政策運営は、物価安定の下での持続的な経済成長を実現するという「国内経済の安定」を目的に運営すること

の3点をあげている。

2については「バブルは毎回違った様相で生じることを踏まえると、経済全体としてのリスクの所在を的確に把握する、いわゆるマクロ・プルーデンスの観点に立った監督は極めて重要」と指摘、又、3.については為替レートや経常収支を金融政策の目的とすると、国内経済の安定が損なわれうるということであり、「量的緩和で円安誘導」という類の金融政策の危険性について述べたものとなっている。


この中で特に重要なのはマクロ・プルーデンスという考え方である。


マクロ・プルーデンスとは「実体経済と金融市場、金融機関行動の相互連関を意識して、金融システム全体の抱えるリスクを分析し、そうした評価に基づいて意識的な制度設計、政策対応を行っていく必要がある」という考え方で、その概要は白川総裁の2009年の講演「マ ク ロ ・ プ ル ー デ ン ス と 中 央 銀 行」で説明されている。


そしてこの講演ではサブプライム以降の金融危機についても触れられており、

今回の金融危機はグローバルな規模で発生し、また、新しい商品、新しいプレーヤーも登場しましたが、起きたこと自体は、古典的なバブルの発生と崩壊です。

過去四半世紀の世界の物価動向を振り返ると、物価上昇率は徐々に低下し、物価の安定という面では、多くの中央銀行は成功を収めたと言って良いと思います。しかし、金融システムの安定という面では、日本のバブル崩壊以降の金融危機、東アジアの金融危機、欧米諸国の信用バブルと今回のグローバル金融危機をはじめ、過去四半世紀の間に、バブルや金融危機の発生頻度は高まっています。しかも、皮肉なことに、バブルはいずれも、低インフレの下で発生しています。バブル発生の原因は複 雑ですが、高成長、低インフレ、低金利という良好な経済状態が続く中で、流動性はいつでも望むだけ調達できるという感覚が生まれ、これがバブル発生のひとつの大きな原因となりました。私は、金融緩和だけでバブルが発生するとは思っていませんが、長期にわたって金融緩和が続くという予想が、過剰なレバレッジや期間ミスマッチを通じて、バブルの発生を加速したことは否定できないように思います

と、その本質は古典的なバブルと変わらず、又、このバブルも低インフレ化で発生したことを指摘、そして

物価安定は中央銀行にとって非常に重要な政策目標ですが、短期的な物価動向だけをみて金融政策を運営すると、経済の大きな変動を招き、結果として、中長期的にみて物価安定が損なわれる事態が生じます。

と、やはり短期的な物価動向だけを見て金融政策を運営することのリスクを指摘している。 



ちなみに同じ講演の中で金融政策の目標の本質を

「物価安定と金融システムの安定のトレードオフ」という言い方がなされます。しかし、本当のトレードオフは「現在の経済の安定と将来の経済の安定」の間に存在すると理解すべきだと思います。

としており、目先の物価の安定のみを過度に重視することは将来の経済の安定を損なうことになりうるという主張を繰り返している。



日銀の金融政策の目標は「物価安定」と「金融システムの安定」の両方であり、その両者がトレードオフ関係にあるという主張はリフレ政策に対する最も本質的な反論であり、このトレードオフに対する定量的な評価を無視した主張はこの日銀の主張に対する批判としては意味が無いはずである。

そして、バブルは毎回違った様相で生じるが、本質的な要因は共通しているとする説明やその対策には短期的な物価動向等の特定の要素ではなく、経済全体としてのリスクの所在を明らかにする「マクロプルーデンス」な対策が必要という主張、そしてその対策は「現在の経済の安定」のみを求めるものであってはいけないという理解も筆者にとっては全く違和感がない。


「日銀にだまされている」という批判もあるかもしれないが、もし本当にそうならそもそも日銀の主張のどこが間違っているかをまず明らかにして欲しいものである。



参照: 
先進国と新興国:異なる速度での景気回復 2010/11/23
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2010/data/ko1011b.pdf

マ ク ロ ・ プ ル ー デ ン ス と 中 央 銀 行 2009/12/22
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2009/data/ko0912c.pdf

バブル防止には事前対応が必要、幅広い社会の合意が前提=白川日銀総裁
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnTK045219320101013