白川日銀総裁によるバーナンキ・プット批判? (「セントラル・バンキング ―危機前、危機の渦中、危機後―」について)

3月24日に行なった白川総裁の講演の邦訳が日銀のサイトに上がっている。 


参照:「セントラル・バンキング ―危機前、危機の渦中、危機後―」
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120326a.htm/


内容的にはそれほど新しい部分こそないものの金融危機前後のセントラルバンキングについて分かりやすくまとめられている。

例えば「バブル生成から金融危機に至る過程」については近年では「物価が上昇することなく、金融的不均衡年が蓄積する」と指摘し、その例として「資産価格が急上昇する中、日本の消費者物価上昇率は1987年0.3%、1988年0.4%と低インフレが続いた」と日本のバブル期の経験を挙げている。 また、こういった金融的不均衡への事前対応という点では、「金融政策は物価安定に、規制・監督は金融的不均衡の是正に割り当てるべき」という見方に対して、「一連の経験を経て明らかになったのは、二つの目的が独立ではないということである」とし、

物価が安定しマクロ経済環境が安定すると、経済主体のリスク認識は徐々に緩み、そのリスクテイク姿勢も変化していく。また、物価安定の下で低金利の持続予想が強まると、金融機関は「利回り追求」の行動を強め、レバレッジや、資産・負債の期間ミスマッチ、通貨のミスマッチを拡大させる。こうした不均衡はある閾値を超えて拡大すると、金融システムを不安定化させ、ひいては実体経済や物価を不安定にすることになる。

と説明。この辺りはバブルと金融政策の関係についての自身の長年の研究成果に基づく発言と言えるだろう。



こういった理解自体は従来どおりのものであるが、面白いのは危機前と危機後の金融政策について、見ようによってはグリーンスパン、バーナンキ二人のFRB議長の政策を批判しているように見えるところである。


まず危機前の金融政策について。

文中では「プットオプション型の政策」としか書かれていないが、中央銀行でプットオプション型といえば、多くの人は「グリーンスパン・プット」、「バーナンキ・プット」を連想するのではないだろうか?
(参照:Wikipedia http://en.wikipedia.org/wiki/Greenspan_put)

グリーンスパン・プットが機能している間は市場関係者はもとより一般の人々からもグリーンスパン氏は金融政策の神様であるかのような評価だったが、結局そのような「非対称な金融政策」は不均衡を生み出し、最後にはバブルが盛大にはじけて、今では戦犯のように評されることも多い。


又、危機後の金融政策についても

と、金融緩和が本来なら外生的なはずの国際商品市況に影響を与える可能性について触れている。

これは「各国中銀の話」であり「合成の誤謬」であるとはされているが、現実的に考えれば、この場合の中銀の代表選手はFRBになるだろう。 もちろん日銀やECB位なら影響力が全く無いわけではないだろうが、基軸通貨を握っており、GDP世界一の大消費国である米国と比較すればその影響はかなり劣る。 短中期的にみれば原油価格は米国以外の国にとってはやはり外生的なファクターだが、米国にとってはそうではないという事になるのではないか。
これについては金融危機後に限らず、金融危機前の原油高騰局面でも同様の事が指摘されていた。 実際に新興国の発展に伴う趨勢的なエネルギー価格の上昇圧力に米国資金の流入分が大きく上乗せされて油価が高騰しているという見方はかなり妥当と思われる。


例えば先日も以下のような記事がでていたが、日銀の総裁がなにか言った程度で国際的な原油価格とこのように関連付けて報道されるようなことは考えにくく、原油市場がFRBの言動に過敏になっているのが良く分かる。 

原油、続伸=バーナンキ発言で買われる〔NY石油〕(26日)

 【ニューヨーク時事】週明け26日のニューヨーク商業取引所(NYMEX)の原油先物相場は、金融緩和政策の継続に前向きなバーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長の発言を受けて、続伸した。米国産標準油種WTIの中心限月5月物は、前週末終値比0.16ドル高の1バレル=107.03ドルで取引を終了。6月物は0.20ドル高の107.55ドルで引けた。


この白川総裁の講演についてはさっそく国内の日銀に批判的で「日本の不景気は日銀のせいだ!」、「がんがん金融緩和すれば景気もよくなり財政問題も改善する!」という立場の人たちから批判がでているが、海外からの批判もあるようだ。

その一つが道草様に翻訳されている(参照)が、一つ一つの説についてはともかく、最後の部分についてはピントはずれなように感じる。

最後に、Hardingが書いているとおり、米国の金融政策が気に入らないなら、米国の金融政策を輸入しなければよい。


危機前の米国の非対称な金融政策(グリーンスパン・プット)が世界経済を危機に追いやり、危機の後の(渦中ではない)バーナンキ・プットが商品市況を押し上げ、世界経済の回復への弊害となっているのではないかとされている現況下で、米国の金融政策を無視していては長期的に見て自国経済の安定に対するリスクとなる事は明らかである。(白川総裁はそこまで直接的には書いていないが、)


つまりこの講演に一言、勝手に付け加えるなら「FRBの金融緩和はそろそろ弊害の方が大きくなってきてるから、いい加減にやめろ、(もしくは誰かやめさせろ)」ってことになるんじゃないだろうか? 

(まあ実際には上記は勝手に付け加えすぎで、文中にあるように「各国は金融政策運営にあたり自国の安定を目指すのは当然であるが、その自国の安定を考える際には、国際的波及と自国経済へのフィードバック効果を考慮に入れることも重要になっている。」という点について注意を喚起しているという理解が正しいのだろうが、)