日銀の金融政策は最先端なのか周回遅れなのか?

過去何度かのエントリーで日銀の金融政策の背景となっている理論を説明するいくつかの論文、書籍を紹介したが、近年の先進国中央銀行による金融政策の潮流という観点から日銀の金融政策の立ち位置をより分かりやすく解説したのが日本銀行金融研究所長などを務めた翁邦雄氏による「ポストマネタリズムの金融政策」である。

「ポストマネタリズムの金融政策」 翁 邦雄 (著)
内容(「BOOK」データベースより)
新古典派総合はスタグフレーションを招き、マネタリズムはマネーと物価の関係性が薄れて色褪せ、「インフレ目標+バブル崩壊後の後始末戦略」の組合わせは金融危機を増幅させた。完成したかにみえた政策の枠組みが砂上の楼閣に終わるたび新たな体制の模索が始まる。先進国の中央銀行が今日抱える課題とその先に見えてくるものを提示する注目書。
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翁氏はその「はしがき」でIMF調査局長のオリビエ・ブランシャール氏による回顧からはじめ、リーマンショック後までの金融政策の潮流について以下のように著している。

高名なマクロ経済学者で現在はIMFの調査局長でもあるオリビエ・ブランシャールは、直近の論文で「金融政策はインフレという一つの目標に対し、政策金利という一つの手段で立ち向かうもの、という見解がほぼ確立されていた。 インフレ率が安定していればGDPギャップも小さいはずであるから、雇用面でもよい結果が得られるはずだ。 大恐慌のときの流動性の罠とデフレ、そして極端に低い名目金利は、政策ミスによる歴史的エピソードであり、1990年代の日本におけるデフレとゼロ金利、長期停滞の経験については、日本銀行および他の日本の当局の消極性のせいとして無視された。 しかし金融危機はインフレに専念した金融政策が経済安定の十分条件でないことを示した。 インフレ率が安定していてもGDPギャップは変動しうるし、双方が安定していてさえ、資産価格や信用集計量、強すぎる住宅投資や消費、過大な経常収支赤字などの問題が後日大規模なマクロ的調整の引き金を引くことがありうることが判明した。そして、2008年のリーマンショック以降、中央銀行は急速に引きさげたが、ゼロ金利の壁がたちはだかった。」という趣旨の回顧を行っている。


この金融危機で、物価安定は経済安定の十分条件ではないということがあらためて明確になり、グレートモデレーションによって完成したかにみえていた中央銀行の政策枠組みは崩壊した。 また、政策金利というツールだけで達成できることには限界がある、ということも明らかになった。

ただ、中央銀行の政策枠組みが完成したかにみえ、それが崩壊したのはこれが初めてではない。 第二次世界大戦後、まず新古典派総合のもとで、財政・金融政策のファインチューニングにより、適度なインフレのもとで完全雇用が達成されると考えられた時代があった。 それがインフレの高進下での景気停滞(スタグフレーション)という現実に直面し、崩壊したのは1970年代のことである。 そのあと、ミルトンフリードマンのカリスマ的影響力もあってマネタリズムが強い光彩を放ち、これに沿った政策運営が経済を安定させる、という思想が中央銀行の間でも有力になった時代が到来する。 しかし金融技術革新などの影響によってもたらされた通貨需要関数の不安定性が、ふたたびその幻想を打ち砕く。


そしてニュージーランドのインフレ目標政策導入をきっかけに広まった柔軟なインフレ目標政策の時代が到来した。 しかし、今回も政策枠組みが完成に向かうかにみえた後、中央銀行も学会も新たな課題を突き付けられ、完成がまたも幻想であった、と思い知らされることになる。


補足すると最後の「完成に向かうかにみえた」政策枠組みの代表は

グリーンスパン時代以降、連邦準備制度が依拠してきた実質的なインフレ目標を前提とした後始末戦略(金融政策は一般物価の安定に専念し、バブルは崩壊するまで放置する。 崩壊後、デフレ予防の大胆な金融政策を展開する)

ということになるだろう。 以前のエントリーでも触れたようにこのいわゆるFed View(後始末戦略)とBIS View(風に逆らう戦略)の対立軸は以前よりあったが、今回の金融危機が起こるまではFed Viewが優勢であった。


その理由をざっくり説明すると 

  1. バブルをリアルタイムで感知するのが困難なこと
  2. 感知したバブルを金融政策でソフトランディングできるかどうか不明なこと
  3. バブルが崩壊しても金融緩和等で適切に対処すれば金融システムの不安定化には繋がらないと考えられること
  4. バブルを見誤って必要以上の金融引き締めを行えばかえって景気に悪影響を与えること

等があげられる。また、ITバブルの崩壊をグリーンスパン議長が大胆な金融緩和で乗り切ったことも「後始末」戦略に対する信用を深める要素となっていた。 (他にも理論的にはバーナンキ=ガートラー等により資産価格バブルの悪影響を抑えるにはインフレ率に金利を強く反映させるような金融政策ルールを用いるだけで十分であるというシミュレーション結果が日本のバブルの例等を基に示されたこともその後押しとなったとされている。 参照「なぜ資産バブルの防止は重視されなかったか」)


しかし、結果としてその「後始末」戦略によって市場に供給された低コストの資金が次の住宅バブルを引き起こした末に崩壊、今度はFRBの「後始末」も上手くいかずに金融危機へと繋がり、「後始末」戦略の限界が顕在化したわけである。


この部分については現在進行形の事象であり、未だにFed Viewこそが正しく今回の金融危機の原因はFRBによる「後始末」が十分でなかったからだという意見もあるようだが、Fed Viewのお膝元ですら十分な「後始末」ができなかったことを考えても「後始末」戦略だけに頼るのがいかに脆弱な政策枠組みであるのかは明らかだと筆者は考えている。
また、「住宅価格バブルの崩壊が金融システムの不安定性をもたらすはずがないと信じるべき強い理由がある(ミシュキン理事)」といったバブルの弊害に対する(過小)評価も「後始末」戦略を正当化する根拠の一つであったはずだが、住宅バブルの崩壊が金融システムの不安定性をもたらしたことも今では明らかである。


つまり3のバブル崩壊の影響についての楽観的な評価は金融危機という現実によって否定されたわけであるが、一方で1,2の金融政策でバブルに対処することの難しさ、及び4のバブルかどうか明確でないものを抑制するために経済にコストを課してもよいのか、という指摘は依然として有効であり、Fed VIEWが失敗したからBIS Viewで、という簡単な話ではないことも著者は指摘している。


そして翁氏が、この次に来るものと描いているのが「インフレ目標政策とBIS Viewの統合」である。

ここでいうインフレ目標政策とは明示的なもののみを指しているのではなく、日銀が行っている物価安定の定義や理解を発表する枠組みも含まれている。 つまりこれは日銀の標榜している政策であり、白川氏がFed ViewとBIS Viewの中間としたものに非常に近いものを指していると考えられる。 翁氏の経歴から考えれば「我田引水ではないか?」との指摘は当然ありうるかもしれないが、少なくとも金融政策の潮流という観点から見た場合、リーマンショック後の先進国中央銀行関係者の言動も同様の方向性を指し示しているように見える。


例えば、この本が出版された後(2010年10月18日)に行われた「The Effects of the Great Recession on Central Bank Doctrine and Practice」講演においてバーナンキ議長は以下のように述べている。

金融危機により「柔軟なインフレ目標政策」に重大な疑問が呈されることとなった。 それはマクロ経済の長期的な安定に寄与するとしても、それ自体では金融の安定を確保するには不十分であることがわかった。

However, the recent experience did raise at least one important question about the flexible inflation-targeting framework--namely, that although that framework had helped produce a long period of macroeconomic stability, it ultimately, by itself, was not enough to ensure financial stability. Some observers have argued that this failure should lead to modifications, or even a replacement, of the inflation targeting approach. For example, since financial excesses tend to develop over a relatively longer time frame and can have significant effects on inflation when they ultimately unwind, it has been suggested that monetary policy should be conducted with reference to a longer horizon to take appropriate account of financial stability concerns.

中央銀行は最後の貸し手として金融の安定に寄与してきたが、金融危機は、金融の安定への脅威を、それが実際に金融システムと経済に悪影響を与える”前”に、感知し取り除くことの重要性を示した。

As lender of last resort, a central bank works to contain episodes of financial instability; but recent events have shown the importance of anticipating and defusing threats to financial stability before they can inflict damage on the financial system and the economy.  (斜体(before)は原文のまま)

特に二つ目についてはFed Viewの総本山であったFRBとしてはかなり踏み込んだ発言であるように感じられる。 ただ、その具体的な手段については「The Integration of Monetary Policy and Financial Stability Policies」の章で論じているのだが、Integrationと言いつつも基本的にはそれぞれに適したツールを用いるべし、という線を崩しておらず、BIS Viewに転向したというわけではない。 ただ、最後の部分で

The diverse tools of financial regulation and supervision, together with appropriate monitoring of the financial system, should be, I believe, the first line of defense against the threat of financial instability. However, the effectiveness of such targeted policies in practice is not yet proven, so the possibility that monetary policy could be used directly to support financial stability goals, at least on the margin, should not be ruled out.

と、全否定していた金融政策それ自体を金融安定化策のツールとして使うことの可能性ついても「排除しない(should not be ruled out)」としているのはかなり大きな変化であろう。


もちろんこれをもってFRBの金融政策が日銀の金融政策と同じになったとは全く言えないが、危機以前のFRBのポジションと比較すれば、「FRBが日銀の政策に近づいてきたと認識」という白川総裁の発言はおかしなものとは言えない。 日銀はポジションを変えておらず、FRBは明らかにFed View一辺倒から軌道を修正しようとしている。 つまりFRBが日銀に近づいてきたのである。


一方で「FRBが日銀の政策に近づいてきた」ことが即、日銀の金融政策の優位性と直結するわけではない。 仮に正解がFed ViewとBIS Viewの中間にあるとしてもFed View一辺倒のポジションが日銀のポジションより正解に近い保証はないからである。 また、そもそも金融政策に何を求めるかによって正解自体も変化しうる。 翁氏も指摘するようにそれが「社会厚生の期待値の最大化」なのか「最悪の事態の場合の社会厚生の最大化(ミニマックス戦略)」なのかによっては当然解は異なるはずである。


いずれにしても本書は、日銀やFRBの立ち位置がどこにあるのかを理解するうえで必要なマネタリズム以降の先進国における金融政策の潮流が非常にわかりやすく解説してあり、中央銀行の金融政策に少しでも興味があるなら是非読むべき良書であることは間違いないだろう。(★★★★★)