金利平価説と円高トレンドについて

前回のエントリー(「なぜ日本だけがデフレになったかを少し考察してみる」)に対していただいたコメントの中で金利平価説に対する疑問が多かったので少し補足してみたい。
 

まず金利平価説についてそのままwikiから引用すると以下の通りとなる(太字は筆者)

金利平価説

金利平価説(きんりへいかせつ、英: Theory of Interest Parity)とは、外国為替レートの決定要因を説明する概念の一つで、為替レートは自国通貨と外国通貨の名目金利の差によって決定されるという説である。


金利平価

仮にドルと円があり、ドルの名目金利が1年5%、円の名目金利が1年1%だとする。また現在の為替レートを円/ドルでe、一年後の為替レートをfとする。

このときに、通貨Aの国の債券は一年後に1.05倍に増える、一方で通貨Bの国の債券は、通貨Aから見た場合、((1×e)×1.01/f)倍に増える。

投資家から見て、この二カ国の債券の一年後の価値に差があれば、どちらかを売り、どちらかを買うはずである(裁定取引)。そのようにして一年後の価値が等しくなるとすると

1.05=(1×e)×1.01/f

f=1.01/1.05×e

となる。現在のレートが1ドル=100円だとすると一年後は1ドル=96.18円となり、円高ドル安が進むことになる。

この為替レートの求め方は、通貨先物取引において先渡レートの計算に応用されている。

このように名目金利が高い国の通貨は先々、減価する傾向にある。これは、名目金利が高い国が一般に物価上昇率も高いことと関係しており、購買力平価説とも関連が深い。

現実には、名目金利が引き上げられると当該国の通貨が増価するため、整合性がないように思われるが、この説は現在の為替レートに対して将来の為替レートがどう動くかというものであり、名目金利引き上げによって増価した通貨は、やがて減価することになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%88%A9%E5%B9%B3%E4%BE%A1%E8%AA%AC

まあごく単純に言えば名目金利100%みたいな国があるとするとその国の貨幣量はすごい勢いで増えていくことになり、そうなると当然その貨幣の価値は名目金利が低い国の貨幣に対して減価していくことになるというような話である。


ここで直感的には分かりづらいが非常に重要なのはwikiからの引用の最後にも念押しされている部分で名目金利が高い・低いということと、金利の引き上げ・引き下げはある意味逆の影響を持つということである。 つまり日米のケースで考えると金利が高い国の通貨(ドル)は将来的には減価していく(ドル安円高になっていく)が、米国の金利の引き上げは一時的には通貨を増価させる(ドル高円安になる)という事になる。


さてこの理解の上で日米両国のケースを単純化して仮想してみる。


まず、経済環境が安定したある時点における日米両国のインフレ率は米国 5%・日本 3%、長期金利は米国6%・日本4%で為替は1ドル100円とする。 両国の経済環境が安定しており、かつこの状態が実現しているということは、当面は両国のインフレ率、名目金利がこのまま続き、かつドルは円に対して2%相当分ずつ減価していく(円高になっていく)と考えられているという事を表している。


ここで日米両国のインフレ率が徐々に低下し、米国 3%・日本 1%となったとする。 この間、日米両国ともに政策金利を引き下げ、長期金利も米国4%・日本2%にまでなっている。 


この時、日本が国内の景気刺激を目的に政策金利を引き下げるなどして長期金利を1%にまで誘導すると通常ならその時点で為替は円安へと振れることになるわけであるが、米国も同様に長期金利を3%にまで誘導すれば、一時的な円安効果は概ねオフセットされ、両国間の長期金利差は維持されたままとなる。 長期金利差が維持されているので、円高トレンドも又維持される。


日米両国のインフレ率が政策金利の引き下げにも関わらず更に低下しつつこれを繰り返していくと、インフレ率が米国 1.5 %・日本-0.5 %、長期金利が米国 2.5%・日本0.5%で、1ドル90円というような状況が生まれる。 長期金利差は依然維持されているので円高トレンドも又維持されている上に、既に日本に金利下げ余地は殆どなくなっているが、米国にはまだ残っている。 


そして、つぎに米国が金利の引き下げを行うとどうなるかといえば、日本がデフレ下での更なる円高圧力に見舞われることになるわけである。


もちろんこれは非常に単純化した一モデルに過ぎず、あれがモデル化されていない、これもモデル化されていない、みたいな事を言い出せばきりがない(ちなみに前回のエントリーの話も半分以下しかモデル化されていない)わけであるが、このモデルで面白い点は、スタート時点で米国よりインフレ率・長期金利が低ければ、単純な金融緩和(政策金利の引き下げ)では円高トレンドを反転させることができないケースがある可能性を示している点にある。 


尚、言うまでもない事であるが、「何故スタート時点で日本の方が低インフレなのか?」、或いは「何故日米両国ともにインフレ率低下局面で実施した政策金利の引き下げがインフレ率の回復をもたらさなかったのか?」というデフレの本質的な問題についてはこのモデルは何も示唆していない。

ただ、日米両国ともにインフレ率低下局面で実施した政策金利の引き下げがインフレ率の回復をもたらさず、かつそのような経済環境に対して両国の中銀が同様に更に政策金利を引き下げて対応していけば長期金利も更に連動して落ちていきつつスタート時点で存在した長期金利差による円高トレンドは概ね維持され続け、そして最後には政策金利を使い切った日本は低インフレ下で更なる円高圧力に直面することになる、ということも考えられるというだけの話である。


この話をどうとらえるかは人それぞれだろうし、上述の通りきわめてごく一部しかモデル化していないわけで全く違う視点・想定を持ち出してこの話を否定するのは簡単だろう。(例えば米国が長期金利を3%引き下げた期間にインフレ率も結果として3%低下していたとしても、日本は日銀が正しい政策を取ってさえいれば一時的に長期金利を3%引き下げることによって景気を刺激してインフレ率を引き上げ、しかる後に金利の正常化まで果たして長期金利も米国より高い水準まで引き上げられたはずで、そうなれば金利平価的な円高圧力もなくなったはずだ、と主張することも可能であるし、別にこのモデルはそういった可能性があることを否定している訳でもない。) ただ、暇な人はこのモデルに沿って自分の頭で色々と考えるのも面白いかもしれない。


[追記]
暇な人用に幾つかおまけ

1. 金利平価説と購買力平価説について

ざっくり言えば金利平価説と購買力平価説は実質金利(インフレ率-長期金利)が両国で同じであれば概ね整合性が保たれるが、それは裏返せば一旦生じた内外価格差は両国の実質金利が同じであれば解消されないことを意味している。 では実際に生じた内外価格差はどのように解消されるのだろうか?


2. インタゲと金利平価と購買力平価の関係について

仮にA,B二つの国がインフレターゲットを同じ2%に定めたとする。 A,B両国の自然利子率が異なる時、この両国が共に長期に渡って経済の安定を保ちつつ実際のインフレ率を2%に維持しつづけることは可能なのだろうか?

AB両国にとって望ましいのは長期金利を(2%+自然利子率)に維持した時にインフレ率が2%となり続けることだが、両国の自然利子率が異なれば長期金利が異なることになり、金利平価に従い為替は変化し続ける。 しかし為替が変化し続けているのにインフレ率が同じでありつづければ購買力平価から乖離し続けることになる。 購買力平価はそれほど強い制約ではないが永久に乖離し続けられるものでもない。 

ではもし両国の中銀がインフレ率のコントロールに全知全能に近い能力を有しているとすれば一体何が起きるのだろうか?