遠くて近い?日本財政破綻への道

長期金利に関する懸念ついて書いたついでに、日本の財政問題自体についても少し書いておきたい。
とはいってもこのテーマについては2年程前に幾つかエントリーを書いており、考察のベースになる部分については現在も変わっていないので、まずは前回のエントリーを再掲した上で、「異次元」緩和後の現状を踏まえて最後に少し追記を行いたい。 


「遠くて近い?日本財政破綻への道」 (2011-09-14)


財政問題を考えるときの問題の要点は簡単に言えば国債の借り換え・新規発行が持続可能な形で行っていけるかどうかだと筆者は考えている。


自国通貨建て国債であるから、一旦発行した国債が「返済不能」になる可能性は低い。又、全体としてみても積み上げた国債残高を返す必要は必ずしも無い。国家は永久に続くわけだから、永久に金利だけを払い続けるという約束でお金を借りることは可能である。


しかし現在の日本の財政状況を考えると償還期限が来た国債は借り換えなければ財政が成り立たないし、それどころか当面は新規に国債を増発しつづけなければならない。


新たに発行する国債の金利はその時点での経済情勢が反映されることになる。この金利が上がれば当然であるが国債費は上がることになる。ただ、金利の上昇が即財政破綻へと繋がるかといえば、必ずしもそうとはいえない。


例えば金利の上昇が景気の回復、名目成長を背景としているのであれば金利の上昇は財政にとって大きな問題にはならないかもしれない。名目成長は金利上昇による国債費の負担増以上に税収を増加させて財政が改善するかもしれないし、税収増によって財政が改善しない場合でも名目GDPに対する国債費の割合が低下すれば、それは増税余力が生まれるという事であり、大きな財政懸念を引き起こさない可能性もある。


しかし名目金利の上昇が大きな問題になるケースももちろん存在する。たとえそれが名目成長を背景としたものであったとしても、名目金利の上昇が財政懸念を引き起こすと市場に見なされれば、その予測は更に名目金利を押し上げるだろうし、その場合、実質的な財政の持続可能性に直結する(名目金利の上昇 率- 名目成長率)も上昇し、財政懸念が財政危機へと繋がる可能性がある。

このような場合でも金利をどんどん上げていけば国債をさばけなくなることは当面無いかもしれないし、最悪の場合には日銀が直受けするという最後の手段もある。又、国債残高が幾らつみあがっても日銀が刷れば返せるわけで、やはり「返済不能」にはならない。しかしそのような状況になれば、日本はインフレのコントロールを失うだろう。そして財政危機からインフレのコントロールを失うのではないかと懸念される国の国債には更に高い金利が要求されることになる。そうなれば経済の安定も当然失い、バブル崩壊どころでは無い惨状になる可能性が高いだろう。


よってやや迂遠な言い方になるが、国債金利を一定の範囲内で抑えたまま市場で国債の借り換え・新規発行が安定的にできる状態が財政が維持可能な状態であり、それが不可能となる状態、つまり財政懸念が金利上昇を呼び金利上昇が更なる財政懸念を引き起こすような状態、が財政破綻の状態(或いはそれに準じる状態)と言ってよいのではないだろうか。 


この場合、問題はこの二つの状態が金利等によって事前に明確に区別できないことと、財政破綻へのプロセスが自己実現的に成就される性格があることだろう。(事前に明確に区別できないから自己実現の対象になるとも言えるし、自己実現的に成就されうるから事前に明確に区別できないとも言える)

補足すると区別できないといってもギリシアのように実際に財政破綻が起これば誰の目にも明らかになる、区別できないのは閾値がどこにあり、それを既に超えているのかいないのかの区別が難しいという意味である。 


例えば道路を歩いていたつもりがいつの間にか丸木橋を渡っていて少しでもバランスを崩せば川に落ちてしまう。いつ丸木橋を渡り始めたのかは分からない。しかし自分が川に落ちる方に賭けた人間が川の両岸でドッジボールを持って待っている。って感じだろうか? 変な例えだけど。


さて、ここで日本の財政問題に戻れば、確かに国債残高は膨大であるし、歳出に占める国債の割合は高く、健全な状態には程遠い。一方で日本国債は超低金利であり、名目金利が高騰して国債危機が起こるような状態からも又程遠いという評価も存在する。しかし、現在の超低金利状態はどのようにして維持されているのだろうか?


日本国債の保有内訳を見れば現在の超低金利は金融機関(主に邦銀・郵貯)が買い漁ることで成り立っているといえる。


なぜ金融機関が名目金利の低い、つまり貸し出し利益の薄い、国債に殺到するかといえば、他に資金需要が無いからである。また、超低金利ではあってもその原資となっている預貯金の金利よりは高いため、その利ざやで稼ぐことが可能でもある。よって邦銀が超超低金利で預貯金を集めることができる限りにおいては超低金利の国債を買い支えることは邦銀にとってもメリットがあり、そのお陰で国債の超低金利が維持されている形になっている。


ではなぜ預金者が海外の銀行の預金利率より低く、又、デフォルトリスクの殆ど無い米国債と比べても更に金利の低い邦銀に預金し続けるのかといえば、一つの要因としては為替リスクがあるからだろう。(もちろん日々の決済用の資金需要等他の要因も存在するが、)


もし現在の為替水準が妥当な水準で、将来的に円高になるか円安になるか50%-50%であり、預け先のデフォルトリスクが限りなく小さいとしても、効用関数的に考えれば、自国通貨から外貨へと資産を移す事はやはりリスクが高いと捉えられ、そのリスクに見合うだけのリターンが無ければ消極的選択として資産を自国通貨で保有し続けるという判断が行われる事が多いはずである。

しかも円-ドルの場合は、現状が円高だと騒がれているにも関わらず、将来さらに円高になるのではないかとの見方も根強く存在する。その一つの見方としては購買力平価からの予測があげられる。日米のインフレ率を比べたときに2%程度の差が存在するが、これはその他の条件が同じであればこれはドルが円に対して毎年2%ずつ減価していくことを示している。


よって日米のインフレ率の差が約2%ある状況下では、日米の金利差が少なくとも2%を超えて、更に外貨で運用することのリスクをとるだけのプラスα がなければ外貨預金は促進されず、国民は消極的選択としてほぼゼロ金利の邦銀へ資金を寝かし続け、邦銀はこれまた消極的選択として超低金利の日本国債を買いあさることになる。


つまり

  • 国内での資金需要が少ない
  • 海外への投資(米国債権購入・外貨預金等)を行おうとしても為替リスクに見合うリターンが得られない

という二つの状況が行き場のない大量の円建て流動資産を作り出し、その資産が消極的選択として国債に向かっているという事になる。


しかしこのような消極的選択の連鎖によって支えられた日本国債の超低金利は安定的なものだろうか?


以前にも書いたが例えば円のドルペッグ等の強力な為替操作によって為替リスクが低くなったと判断すれば、日本国債の利回りはあっという間に米国債の利回りに追いつくだろう。 これは「通貨をペッグすれば期待インフレが上昇し、その結果名目金利も上昇する」というような迂遠なルートを通っての反応では無く、むしろ「裁定」の範疇の話である。為替リスクが無く、両者ともデフォルトリスクがほぼ無いのに、日本国債の名目金利が米国債の名目金利よりも低いままで維持されるような状況は考えにくい。


又、このような極端な政策を取らなくても、なんらかの形で円がドルに対して減価していくという予測が成り立つような状況になれば、日本国債の金利は米国債の金利より高くなる可能性が高い。

たとえそれが自国通貨建てで最終的には日銀がお金を刷って返してくれるとしてもインフレでどれだけ通貨価値が減価していくかわからないのに僅かな金利で国債を買う人間などそれほど居ないはずである。

今の所日銀がインフレのコントロールを失うようなことにはならないというのが一般的な見方であり、よって円が大きく減価していくことは無いと信用されているし、その信用はすなわち国債が暴落することはないという信用でもあり、又金融機関にとっては当面は超低金利でお金を集め続けることができ、国債を買っても逆ザヤにならないだろうという予測の根拠でもある。


しかしこの信用は日銀がインフレのコントロールを失うのではないかと懸念されれば一発で吹き飛ぶ可能性がある。 もともと殆どリターンのない債権なのだから少しのリスク上昇にも過敏に反応するし、他に少しでもマシな資金の運用先が見つかればあっという間に移動するだろう。そうなれば国債金利も直ぐに反応する。もちろんギリシアのように一気に数十パーセントも上がることはないかもしれないが、現在の金利が非常に低くかつ母数となる国債残高は膨大な為、ほんの数パーセントの金利上昇でも財政に与える影響は大きい。


ではその様な状況になれば日本は財政破綻への道をまっしぐらに進んでいってしまうのだろうか?


個人的には恐らくはそれは回避できると考えている。

日本は消費税を初めとして増税余力が残されており、又、民間消費は景気に対して比較的底堅く、しかも中間層が多い為、広く薄く(広く厚く?)税金を集めることが可能で強引に財政再建を行うことも不可能では無い。又、輸出産業が強い為、その様な事態になっても円がめちゃくちゃに暴落したりもしない(円安にはなるだろうが)だろう。

しかしそれは不況とインフレと増税がセットで来るという事を意味しており、全く歓迎すべき事態では無いし、かといって政府・議会がこの国民に歓迎されない対策を適切に実行できなければ本当に財政破綻へと突き進むことになりかねない。


今、日本が財政破綻からどれだけ離れた所に居るのかは分からない。全く大丈夫な状態かもしれないし、実は丸木橋を既に渡り始めてしまっているかもしれない。だが足元の国債金利が低いからといって当面は大丈夫と思い込むことは危険なのではないだろうか?

(再掲終了)


2年前の時点で既に日本国債の残高は膨大に積みあがっており財政問題が懸念される状態ではあったが、一方で当時の環境は日銀への一定の信用が維持されることを前提とすれば消極的選択の結果ではあるもののそれなりには安定的なものでもあったというのが筆者の理解であり、逆に言えば信用が毀損されるような事が起これば少しくらい経済成長が押し上げられても財政破綻リスクは上昇する可能性がある、故に信用を毀損する可能性のあるような政策を取るべきではないというのが筆者の考えであった。

この考えは今でも変わっていないが、ご存じのとおり安倍総理のもとで黒田日銀による「異次元」緩和という「壮大な実験」が始まってしまい、先行きが非常に不透明になっており、それを反映して国債市場でも非常に神経質な展開が続いている。 今の所は黒田日銀はかなり力ずくながらそれなりに上手く進めているようには見えるが長期金利については「下げる」から「働きかける」へと軌道修正を迫られる(参照)など問題点も現れ始めている。


足元の国債金利は依然低い水準であると言ってよいとは思うが、どこまで長期金利を抑えきることができるのかが試されているような状態が続いているし、(黒田日銀のせいでは無いとはいえ)2年前より更に国債残高は積みあがっており長期金利の上昇に対する耐性も弱まっている。 世界経済(特に米国経済)が長い低迷から抜け出そうとしていることやなんとか消費税増税への道筋をつけたことに等は当時より財政懸念を和らげる効果を持っているとも言えるかもしれないが、それらを考えても自己実現的な財政危機が起こる可能性は増しているように筆者には見える。 日本の財政破綻に賭け続けてきた投機筋も手ぐすね引いて待っている。 


既に「大成功だ」、「いや大失敗だ」と色々と騒がしいが、今の所はまだ成功も失敗もしていないというのが筆者の評価である。 上手くいった部分もあるし、そうでない部分もあるが、余程の「大成功」、「大失敗」でない限り、両方の結果が混じって出てくるのは普通だろう。 最大の課題は財政危機を引き起こさずに「異次元」緩和を幕引きするところまで持っていけるかであり、それができればとりあえずは成功したと言えるのではないかと思うが、これは低いように見えてかなり高いハードルだと筆者は考えている。