異次元緩和でもたらされた金利上昇は悪い金利上昇?

異次元緩和後の長期金利の上昇に関しては世界でも断トツの国債残高を積み上げている日本の財政の維持可能性という観点から注目を集めることとなり、様々な主張が繰り広げられることとなった。

その中でもクルーグマンはじめとする海外の著名経済学者達による一連の議論(参照)は非常に興味深いものとなっており、本ブログでも少し考察してみたいと考えているが、その前に一連の議論のはじまりとなったリチャード・クー氏(野村総合研究所主席研究員)の論説の内、長期金利に関連する部分を抜き出してざっくり翻訳してみた。


筆者は積極的な財政出動こそが日本経済再生への道だとするクー氏の考えに必ずしも賛同するわけではないが、金融政策でインフレ期待を高めることによって経済を回復させるというリフレ政策において、実体経済に先行して生じる期待インフレ率の上昇が結果として景気が回復する前に長期金利を上昇させることになれば、かえって実体経済に悪影響を与えかねないのではないかという見方については全く同感である。

Richard Koo: "Honeymoon For Abenomics Is Over"http://www.zerohedge.com/news/2013-06-08/richard-koo-honeymoon-abenomics-over


アベノミクスにおける好循環はターニングポイントをむかえている
私の見るところ為替(対ドル)に関しては既に妥当な水準まで落ちてきたが、一方で債券市場もその沈黙を破ることになり、昨年より続いてきたアベノミクスにおける好循環は節目を迎えようとしている。

これは現在の為替と国債金利の水準が問題だという話ではない。 むしろ以前と比べれば現時点では両社ともより好ましい水準にあると言ってよいだろう。

但し、今後は1) 株式市場と債券市場の整合性と2) 通貨安の弊害の2点については環境が大きく異なってくることになる。


インフレ懸念に後押しされた悪い金利上昇の継続
日銀は4月4日からイールドカーブ全体の押し下げを目的とした長期国債の買い入れを開始した。 しかしその結果は黒田総裁が意図したものとは全く逆、つまり買い入れ開始後に長期金利は上昇することとなった。

その影響で住宅金利は2か月続けて上昇した。これは明らかに実体経済と雇用の改善による好ましい金利上昇ではなく、インフレ懸念による好ましくない金利上昇である。

市場が日銀の「どのようなコストを支払ってでもインフレを起こす」という決意を信じる程、金利、特に長期金利、の上昇がもたらされ、逆に日本経済に加え、銀行や政府の財務体質にも影響を及ぼすことになる。


経済回復で金利上昇の弊害を打ち消す事は可能
以前の論文でも述べたとおり、経済と雇用が回復する時に引き起こされる金利上昇はインフレ懸念を引き起こすことでさらに金利を上昇させる。

しかし経済が回復期にあるなら、銀行はより民間への貸し出しを増やすことができるし、また政府の税収も増える。 よって国債金利の上昇が銀行の資産を毀損し、政府による国債発行のコストを増加させたとしても、その増加分をオフセットすることは十分に可能である。 別の言い方をすれば、政府も銀行も経済が回復期にある限りにおいては国債金利の上昇による弊害を十分に購う事ができるという事になる。


しかし、景気回復前に金利が上昇することは経済にとっての重石となる
しかしながら、現在行われている日銀による異次元緩和はインフレが将来的に実体経済の回復に繋がるという観測の基にインフレ期待を作り出している。 この場合、期待インフレ率の上昇は経済の回復に先行することになり、それは経済が実際に回復する前に長期金利が上昇するというリスクをもたらす。

銀行の貸し出しも政府の税収も増えていない段階での金利上昇は、銀行の財務ポジションと政府の財政の双方へ直接的な影響を与えることになる。 結果、銀行の財務ポジションの悪化はその貸出能力を毀損し、一方政府は歳出の削減と増税を迫られることになる。 当然この両者は経済に悪影響を与える。

特に問題なのは民間の資金需要が高まる前に政府が財政再建へと舵を切らざる得なくなる事である。 民間の資金需要が十分でない段階で財政再建を強行すれば景気は一気に後退する可能性がある。


[追記]
ちなみに、こういった懸念は別に目新しいものではなく、2000年に当時日銀総裁であった速水氏の講演でも同様の懸念が呈されている。 尚、直接対応しているのは「(インフレで経済問題は解決できない)」の章だが、その前段、後段も今読むとなかなか感慨深いものがある。

「物価の安定」と金融政策
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2000/ko0003c.htm/#03


(インフレで経済問題は解決できない)

 そこで、調整インフレ論がなぜいけないかですが、まず始めに明確にしたいことは、実は、インフレでもって経済問題を解決することはできない、ということです。調整インフレ論が想定している効果は、インフレ率を上げた方が、経済活動が活発化するし、企業や金融機関の債務負担や財政赤字問題が軽減される、ということだろうと思います。もちろん、こうした主張をなさる方々も、副作用には留意した上で、「現状では副作用より効果の方が大きい」と議論を展開されるようです。しかし、よく考えてみると、実は、そもそも狙った効果そのものが実現しそうにないのです。

 最大のポイントは、今や、わが国を含む先進国では、金融・資本市場が十分発達し、しかもグローバル化が進んでいる、ということです。日本の経済や物価の先行きには、世界中の投資家が注目しています。日本銀行が「インフレ率を引き上げる」と宣言し、それを内外の市場参加者が信じたとしましょう。発達した金融資本市場は、ただちにそれを織り込んで、実際にインフレになる前から、国債の利回りなど長期金利が上昇してしまうでしょう。理論的には、名目金利は、実質金利に期待インフレ率を加えたものですから、なんのことはない、インフレ期待の分だけ名目金利が下駄をはくだけです。経済活動に対して意味をもつ実質金利は、前と変わらないということになります。

 さらにいえば、通常は、インフレ率が高くなると将来の不確実性も大きくなりますから、そのリスク・プレミアム分だけ、余分に長期金利が上がってしまう可能性が高いのです。そうなると、企業の実質債務負担や財政赤字は減らないどころか、かえって増えてしまう可能性があります。こうした長期金利の上昇は、設備投資などの経済活動にもマイナスに作用します。このように、「インフレを起こす」と宣言する政策は、達成しようとしている目的に対しても逆効果である可能性が高いのです。

 インフレでもって経済問題を解決しようとする主張は、しばしば、過去の歴史的経験や海外の発展途上国の例が念頭にあるようです。しかし、現在の日本は、金融・資本市場の発達とグローバル化という点で、そうした例とはまったく異なる環境にあります。

 このような問題は、目標とするインフレ率が4〜5%であろうと、2〜3%であろうと、同じことです。現在の日本経済が必要としていることは、実質経済成長率の上昇であって、インフレ率の上昇ではない、ということを強調しておきたいと思います。