内部留保の問題点について

近年、決算期になると決まって出てくるのが大手企業の内部留保が巨額だという話題である。

大手企業の利益温存加速 100社調査、内部留保99兆円
http://www.47news.jp/CN/201304/CN2013040701001712.html

これを受けての各界の反応は多分に我田引水的なものが多く、「大手企業はこのお金を雇用や賃金の維持に活用すべきだ!」とか「円高・デフレで企業がリスクを取らなくなったからだ。 日銀が悪いんだ!」辺りが代表的なものなのだろうが、なんだか筆者の理解と結構ずれている気がするので少し考察してみる。


まず、既に繰り返し指摘されているのが、そもそも内部留保と企業の現預金をごっちゃにしているという話で、内部留保には利益から再投資した分も含まれていて全てが現金という訳では無いよという話と、そうはいっても現預金だってやっぱり積み上げてるよね、って話がある。 とりあえずこのあたりは前提知識として話を進める。


で、「大手企業はこのお金を雇用や賃金の維持に活用すべきだ!」という話だが、これはかなり難しい話である。

ざっくり言えば内部留保はそもそも人件費を払った後のもので、企業が留保しなければ配当に回るお金である。 この内部留保の一部を賃金や雇用に回すことは可能であるが、それは利益率を下げる行為であり、企業にとっても株主にとってもインセンティブがあるとも思えない。 以前のエントリー(「ブラック企業と「賃金の鉄則」」)でも考察したが、企業が高い賃金を払ってでも手に入れたい人材には既に企業はそうしているし、そうでない人材、つまり替えがきく人材に市場価格以上の賃金を払うのは企業価値を下げる行為でしかない。

これを無理やり「政府からの要請」のような形で上げさせようというような話もあるが、政府がそのようなことを強制すればそれは日本の魅力減に繋がり、そうでなければ日本を選んでいたであろう企業を海外へと押し出すだけである。 仮に世界の多くの国で一斉にそのような施策を取ることができるのであれば、こういった手法が必ずしも機能しないわけではないと思うが、寧ろ世界は企業を税制面で優遇することでなんとか招致しようとしている国で溢れているわけで、その中で一国だけがそのような手法に訴えても却って事態を悪化させる可能性すらあるということになる。


「円高・デフレで企業がリスクを取らなくなったからだ。 日銀が悪いんだ!」については二重に疑問点がある。

まず、内部留保、特に現金剰余金については以前にも書いたが、下図の通りデフレどころかグレートモデレーションと呼ばれ、継続的に経済が極めて安定して成長を遂げていくだろうと信じられていた2000年代前半の米国でも自社株買いと平行して大きく積み増されている。 以下はWSJで紹介されていた米国企業の自社株買い金額とS&P 500企業の現金残高の推移であるが、2000年代は共に非常に高い水準(伸び率)となっているのが分かる。 このグラフからざっと読み取った範囲だけでも、企業は約7年間の間に、ざっと2兆ドルの自社株買いをし、さらに1兆ドルの預金を積み上げている。



http://jp.wsj.com/US/Economy/node_93589


又、日本企業がリスクを取らないから内部留保が増えたというのも完全に正しいとは言えない。 確かに現預金が積みあがったことを指して、これらの資金を再投資に回すことも可能だったはずだと言えるかもしれないし、又現預金を積み上げている目的の一つは将来的な資金ショートのリスクを回避する為であり、そういう意味でリスク回避的だというのは正しい。 しかし内部留保されなければ配当されていただけであり 内部留保が増えたことだけをもって日本企業がリスク、特に投資リスクをとらなかったとは言い切れないはずである。

現実には企業は円高・デフレの期間に積極的に海外直接投資を進めてきている。 もちろん海外への投資がリスクフリーだなんて馬鹿な話はないわけで、むしろ国内投資にはないリスクまでとって新たな地へと進出してきたわけである。

結局の所、上記のような主張で言われる「リスク」は多くの場合「国内に投資するリスク」であり、例えばそのリスクをとったのは円安バブルの頃に国内で大規模投資をしたシャープだったりするわけなのだろうが、同社が色々な意味でリスクを取り間違った結果が今の状態であり、むしろリスクをとって海外への投資を進めた日本企業の方が余程現在の日本経済にプラスの効果をもたらしているのではないだろうか?


では一方、内部留保が増えることに問題はないかといえば、そういう事でもない。


内部留保、特に再投資した残りは本来なら株主に配当される資金であるが、現預金の積み増しや自社株買いに使われるのを株主が強く反対しないのは、結局の所株主の資産が少なくとも短期的にはそれで損なわれるわけではないからである。

株主は株を通じて会社を保有している訳で、配当されなくても内部留保について権利を有していると言えるし、自社株買いで株数が減れば自身の持つ株の価値が上がるわけで、いずれにしろ短期的に損するわけではない。 (もちろん企業が単に現預金として持ち続ければ資産効率の点で損をするとも言えるかもしれないが、市場にそれほど多くの高収益投資機会があるわけではなく、だからこそ株主も内部留保の積み上げを許しているのだろう。)


しかし配当するのと現預金で積み立てておく、或いは自社株買いに使う、のが経済全体に与える影響が同じという訳ではない。 

例えば、現預金にまわす分を配当として株主に配れば株主はその配当をまた何かに消費或いは投資するという形でフローがそこで途切れずに続いていく可能性がある。株価が上がることによる資産効果も無いわけではないだろうが、やはり現金で配当があった方が株主の消費活動も活性化するのではないか。結局、現預金の積み増しや自社株買いは、企業にフローとして入ってきた資金を株主のストックに換える行為であり、再投資によって企業価値を上げていくケースとは異なり、よくてゼロサムな行為である。 そしてこれが高じれば、一部の人間のストックは増大する一方でフローの増加は抑制され、既にストックを十分に持っている上位1%だけが経済成長の果実を独占する世界になる恐れがある。

又、配当が行われればそこで税金が徴収されるが、株価が上昇しただけでは株主は税金を払う必要がない。 財政面だけでなく、国に入った税収もフローとして先に繋がっていく事を考えるとこれも又内部留保の問題点と言えるだろう。


他にも直接的な「問題」とは言えないかもしれないが、大企業が再投資の資金の多くを内部留保から賄うようになると従来の銀行業務の在り方にも影響が出てくる可能性もある。 高度成長時代には国民の預貯金を銀行が企業に貸し出し、企業はそれで投資を行って収益を上げて利子を払い、それが預貯金の利子の原資になったわけであるが、銀行にとってローリスクな貸出先である大企業が内部留保の活用を増やして銀行からの貸出を減らせば、銀行にとっては中小企業のような相対的にハイリスクな貸出か、国債のような超ローリターンの貸出か、連帯保証人をとった個人への貸出への比重が増えることになる。 こういった変化が金融システムに及ぼす影響については評価が難しいところであるが、いずれにしろ銀行はこれまでとは異なるその在り方を考えざる得なくなるだろう。


ただ、内部留保、特に現預金の積み増しについては長期的にはそれほど気にすることはないかもしれない。 過去10年ほどはある意味調整期間であり多くの企業が現預金を積み増す方向へと動いてきたが、青天井に積み増し続けられるものでもない。 結局の所、内部留保の増大はそれが何らかの問題を引き起こすとしても、そこに直接手を突っ込んでどうこうできる問題ではなく、又、単に景気が良くなれば無くなるといった問題でもなく、強いて言えば企業経営における内部留保の考え方に不可逆的なレジームチェンジが起こった結果、ということになるのではないだろうか?