ファーストフード店の賃金水準はどのようにして決まるのか?

少し前の話となるが、「ファーストフード店の時給を1500円にしろ」デモを機に、Blogos等に幾つか面白い記事が紹介されていたが、ここでは少し違う視点でこの問題を考察してみたい。 それは「非熟練労働者の賃金水準はどのように決まるのか?」という視点である。


例えば「マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ。」という記事では

■賃金は付加価値に対して支払われる。
このように考えると、時給1500円をほかの部分を何も変えずに実施したところでしわ寄せがどこかに行くだけでデメリットのほうが大きいことがわかる。時給1000円ならば雇えた人でも雇えなくなるからだ。

なぜこういうことが起きるのか。それは時給1000円の付加価値しか出せない人に1500円を払う事は企業にとってマイナスとなり、それをさけるために企業は別の手段を考えるからだ。繰り返すが解雇は規制出来ても雇用は強制できない。逆に言えば、1500円の時給をもらうにはそれに見合った仕事をすれば良い、という以外に回答は無い。

として、その人が作ることができる付加価値が賃金を左右しているというような主張がなされている。これは個人に対する回答としては間違えてはいないが、マクドナルドの店員の賃金が低いことの理由としてはややずれているように思われる。

マクドナルドの店員が平均して時給1000円程度の付加価値しか出せていないとしても、もちろん平均を大きく上回る利益を出している店舗も多数あるわけで、仮に最低賃金が時給1500円になったとしても、マクドナルドは採算性の悪い店舗を閉めて1500円でも採算が取れる店舗のみを継続することができる。そうなれば"結果として" 継続店の店員は時給1500円の付加価値が出せていることになるが、本質的な意味で言えばこの過程で店員の生産性が上昇しているわけではない。


なぜこのようなことが起こるかと言えばマクドナルドの店員に代表されるような非熟練労働者は企業全体の付加価値を考える場合、その生産性向上の主たる担い手ではないからである。

もっと乱暴に言ってしまえば、このような業種では非熟練労働者は単なるコストであって、会社全体の利益最大化を考える上層部(マネージメント層)にとって本当に重要なのは「会社全体での付加価値」の最大化であり、その時の「会社全体での付加価値÷総労働者数」がどれだけ低くなろうが関係ない。 薄利多売がビジネスモデルであれば、コストはできるだけ低く抑え、売値を下げて量を多く売るというのが「会社全体での付加価値」を最大化する戦略となるわけであり、実際に多くの企業がその戦略を取っている。

ちなみにこの場合、「会社全体での付加価値」が増加して高収益を上げたとしても、その恩恵にあずかれるのは基本的には上層部のみとなる。 そもそもこのビジネスモデルでは会社全体の付加価値の上昇と労働者一人あたりの付加価値の上昇がリンクしていない(場合によっては逆転している)のだから労働者のコストを上げてしまうとむしろ収益性が悪化する結果になりかねないし、そもそも付加価値の上昇に寄与していないのだから分配するインセンティブもないわけである。

このようなシナリオは別にファーストフード店に限った話ではなく、程度の違いはあっても機械化が進む製造業の分野でも生じているように見える。派遣で賄われている仕事は明らかにこの範疇に入るだろうし、正規であっても、本質的な企業の生産性の向上に寄与している人の割合はそう高いものではないのではないだろうか? 


で、最初に戻って、非熟練労働者の賃金はどのように決まるのだろうか?

これについては本ブログでも過去に何度か紹介したが、「賃金の鉄則」と呼ばれる賃金理論が参考になるだろう(「ブラック企業と賃金の鉄則」)。 ざっくり言えば、単純な資本主義制度のもとでは賃金は労働者の生活がどうにか維持できる程度の水準(最低生活賃金)に収斂していくという話である。 

しかし、歴史上この「鉄則(という名の予測)」は「鉄則」というほどには実現してこなかった。 その理由についてはリカードが以下のように予測している。

デヴィッド・リカードが気づいたように、新しい投資、技術、またはある他の要素が人口より速く増加する労働需要を引き起こしさえすれば、この予測は実現しないだろう。この場合、実質賃金と人口の双方ともが時間に伴い増加する。人口推移(国の工業化に伴う高い出生死亡率から低い出生死亡率への推移)は、賃金を最低生活賃金よりもはるかに高いものへ誘導し、発展した世界の大部分でこの原動力を変化させた。まだ急速に拡大する人口を持っている国でさえ、技能労働者の必要性が、他のものよりはるかに速く上昇する賃金を引き起こしている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%83%E9%87%91%E3%81%AE%E9%89%84%E5%89%87

最近ではピケティの格差論が大きな話題を呼んだが、その一部はグローバル化や少子高齢化等の要因によって先進国において「新しい投資、技術、またはある他の要素が人口より速く増加する労働需要を引き起こす」ような状況を維持することが難しくなったことに原因を求めることができるだろう。


尚、上で紹介した「逆に言えば、1500円の時給をもらうにはそれに見合った仕事をすれば良い、という以外に回答は無い。」というのが個人単位では正しいというのは、この「技能労働者」になることが賃金を上昇させる有力な手段だからである。 たとえ労働市場全体としては需要が弱い状況であっても特定分野の技能労働者に対する労働需要がその供給を大きく上回る事はそれほど特殊な状況ではないし、更にいえば上で述べたような「会社全体での付加価値」の増加に寄与(或いは関与)できるようなポジションにつけるなら、成果に連動した高額の報酬を受け取る事もできる。

一方、いつの時代でも労働者のかなりの割合を占める「非熟練労働者」の賃金は「新しい投資、技術、またはある他の要素が人口より速く増加する労働需要を引き起こす」ような状況でない場合、市場に任せている限りは最低生活賃金へと収斂していくことになる。 これを押しとどめるためにはピケティが主張するように政府による所得の再分配の強化が必要なわけだが、日本の現況を見るとそれに期待するのはなかなか難しいようである。