「所得上昇なき景気回復」、「雇用なき景気回復」を経て「雇用なき株価回復」へ?

米株市場は先日ついに史上最高値を更新したらしい。 その要因として雇用関係の指標が予想より良かったというような理由があげてある記事が多い(参照:米株市場はダウが再び最高値、雇用情勢改善への期待で)が、それらは単に目先の「材料」視されただけでそのベースにあるのはFRBによる金融緩和が当面継続するという市場の見方であり、一言でいえばバーナンキプット効果だと筆者は考えている。


大体今回の指標が少しくらい予測を上回っていようが、上記の記事のタイトルにもあるように、あくまで「雇用情勢改善への期待」であって、雇用情勢が実際に改善されたわけではない。 1月のデータを見ても失業率は依然8%近い水準であり、それだけでも雇用情勢の悪さは明らかであるが、実態はこの数字以上に悪い可能性がある。

下図は1980年以降の米国の雇用人口比率(Civilian Employment-Population Ratio)グラフであるが、金融危機後の雇用人口比率の低下の激しさと、その後の回復の遅さは悪い意味で目を見張るものがある。


又、下図は過去の不況時の失われた雇用(Job Loss)を比較したものだが、こちらで見ても金融危機後の雇用推移の酷さは明らかである。


以前にも考察したが、雇用人口比率が殆ど改善していない一方で、少しずつであっても失業率が改善しているのは就職をあきらめた人が分母から抜けていっているというのが背景にあるのではないかと推測される。 再掲となるがこれを調整した失業率推移は以下のようになり、すくなくとも2012年6月時点ではあまり雇用が回復していないことが分かる。


Real Jobless Rate Is 11.4% With Realistic Labor Force Participation Rate


関連してもう一つ興味深い図を示しておくと、下図は米国における所得(インフレ調整済み)の推移を低所得層から高所得層までを5等分して各々の区分を分ける所得水準の推移を示したもの(+上位5%の推移)になっている。


これを見ると

  • 過去数十年にわたって下位20/40%は殆どまともに所得が上昇していないこと
  • 上位の20%、或いは5%は大きく所得を伸ばしており、これが平均での所得上昇を牽引していると推測されること
  • 2000年以降、特にITバブル崩壊後はかなりの上位層(上から5%相当)でも所得の上昇が伸び悩んでいること

が分かる。 

(1),(2)についてはよく言われる格差の拡大と経済成長が連動していたという事が示されているという事になるのだと思うが、興味深いのは(3)である。 この期間はグリーンスパン議長(+バーナンキ理事)の下、市場との対話だとか総需要管理だとか称して積極的な金融緩和を推し進め、金融危機の発端となった住宅バブルが加熱すると共に株価も当時としては最高値を記録し、実質GDPも順調に伸びていたわけであるが、所得のほうはかなり上位までみても殆ど伸びていない。これは何を意味しているのだろうか?


まず所得については上位1%にまで限定すれば見れば大きく伸びており、バブル崩壊後に下落した分を取り戻し更に大きく上積みしている(下図)


http://www.motherjones.com/kevin-drum/2011/10/yes-indeed-income-inequality-really-growing


では、この上位1%がトリクルダウン的に経済成長を引っ張っていたのかと言えば、一部高級品市場についてはそういう事もあっただろうが、全体としてみればその効果が米国全体の経済成長を牽引するほどであったとは思えない。以下は米国の家計債務と政府債務の推移であるが、両者とも2001年以降にかなりシャープな増加を見せているのが分かる。 これらのデータからは家計債務と政府債務の増大(の加速)が経済成長を牽引?する要因となっていたことが伺える。



http://www.marketoracle.co.uk/Article30117.html


米国企業の収益は2001年以降、リーマンショック前までに2倍近く増えた。 しかし上掲の通り賃金は伸び悩んでいたわけで、その結果企業が得た収益は一部は配当へ、一部は内部保留の積み増しへと使われ、株主の資産を更に押し上げたわけである。


http://economix.blogs.nytimes.com/2010/11/23/visualizing-booming-profits/


ちなみにこの時期の経済成長?が多くの人間を置き去りにしたものであったことはフードスタンプの受給者数や貧困率の推移をみても明らかである。 通常、好況期には改善する両指標がこの時期には悪化、停滞している。


http://globaleconomicanalysis.blogspot.co.uk/2011/12/chart-of-day-food-stamp-recssion-curve.html



http://www.ehsnews.org/the-war-between-credit-and-resources-peak-green-prosperity/


結局、資産バブルを燃料とし借金に支えられた経済成長はバブルの崩壊と金融危機という形で世界を巻き込んで終結した。 もちろん株価も下落し、資産家も一時的には痛手を負った。 しかしその後の経過は冒頭にも書いた通り、バーナンキプットで株価はいち早く立ち直り、彼らの資産は無事回復したわけである。
それは殆どの労働者の実質賃金はおろか雇用すらも置き去りにして、であるが、、


IT革命という実体のある変革に端を発した経済成長の時代ですら、米国では多くの労働者の実質賃金はまともに上がらず格差は広がり続けていた訳であるが、それでも雇用は順調に推移していたし、比較的労働生産性の高い産業では労働者の実質賃金もそれなりに上昇していた。 しかし、ITバブル崩壊後にグリーンスパン議長(+バーナンキ理事)の金融緩和によって演出された経済成長の時代では資産価格こそ速やかに回復し、或いはバブルを生むまでになったが、所得を伸ばしたり資産を上昇させたりするのはごくごく一部の人間に限定されることになり、雇用の回復も遅々としたものとなった。 そして今回は前回以上に実質賃金も雇用も置き去りにし資産価格だけが早々に回復したわけである。


筆者がリフレ政策等の金融緩和策に否定的な背景の一つは、ITバブル崩壊後のこの一連の米国の金融政策の成果を非常に否定的に捉えている点にある。総需要管理政策だかなんだか知らないが、お題目は素晴らしくてもやったのは金融緩和でバブルを過熱させて一時的な好景気を演出し、その後の崩壊時にはまた金融緩和(+金融機関の公金による救済)で資産市場にお金を注ぎ込んでるわけで倍プッシュをし続けているようにしか見えない。 しかもそのプッシュしているコストの多くは下位99%の人間が負担しているわけであり、雇用率、フードスタンプ受給率、貧困率を見ても分かるとおり多くの人が乱高下する経済から振り落とされ続けている。 

先日のエントリー(「アベノミクスで実質賃金は上がるのか?下がるのか?」)で書いた通り、日本でのリフレ政策は"上手くいけば"格差の拡大と共に一定の雇用増も見込めるかもしれないが、バブルの生成等、将来の経済の安定性に対するリスクを高めることになるし、上手くいかなければ資産価格だけが上昇して、実質賃金は軒並み下落、雇用の上積みもあまり期待できずリスクだけは高まるという事にもなりかねない。もちろん財政破たんリスクの高まりからもっとひどいことになる可能性もある。
いずれにしろこういった米国での経緯を見る限り、「アベノミクスで株価が上がった! リフレ政策は正しかった!!」みたいな言説は短絡的と言わざる得ないように筆者には感じられるのである。