インフレで財政再建は可能か?

前回はやや抽象的な観点から財政の維持可能性について考察してみたが、今回は少し違う観点から日本の財政について考察してみたい。


まず足元の財政を見てみる。 以下は財務省のサイトから引用した2010年度の歳出、歳入(当初予算額)の大まかな分類である。


このなかで国債費というのは、償還費と利払い費の合計である。 

国債には60年償還ルールと言うものがあり、ざっくり言えば国債残高の1.6%が、毎年償還されることになっている。国債は60年より遥かに短い期間でどんどん借り換えがなされているし、国債残高は増え続けているからこの償還に現実的な意味が余り無いかもしれないが、逆に言えば別にこのルールがあってもなくても財政全体のバランスが変わるわけでもない。(又、1.6%が厳密に守られているわけでもないという話もある。 いずれにしても財政全体のバランスには影響のない話だが。)

利払い費は文字通り国債の金利負担である。国債には固定利付債、変動利付債、物価連動債、割引債等の種類があり、償還期間等によって各々に金利がついているが、現在の国債残高に対する金利は平均すると1.3%程度になっている(参照1,2)。

2010年度の日本の国債費は約21兆円に達しており、歳出の20%強、税収の55%強を占めている。


又、歳入に含まれている「その他収入」のメインは、いわゆる埋蔵金である。要はへそくりを使っているようなもので、毎年この金額が確保されるものでは無い。2010年度は10兆円となっているが、長期的な見込みとしては 4兆円程度になるとされている。


この財政の現況を基点に今後の見通しを考えるときに問題となるのは、支出、税収、国債金利(平均)がどのように推移していくかという点である。 本考察ではインフレ率が上昇した場合、財政にどのような影響を与えうるのかを見るために、インフレ率が各パラメータに与える影響について以下のように仮定した。


試算前提:

  • インフレ率は1年目に0%から4%に上昇
  • 歳出についてはインフレ率連動で増額。
  • 税収については、インフレ率の上昇によって(?)リーマンショック後の不況を脱却すると仮定し、その過程で直近の税収の最大値(51兆円@2007年)を約3年間で回復すると想定。その後の長期の税収推移については税収弾性値1.1を適用。
  • 国債金利は固定利付債の残存期間等を考慮し、インフレ率の上昇が国債残高の平均金利に反映されるまで6年間掛かると想定。実質金利の上昇は想定せず。


この前提は財政再建という観点からみれば、インフレ率の上昇がプラスの効果をもつ前提のはずである。 税収は最初の3年間は年率約10%で増加し、その後も年率5.5%(税収弾性値1.1)で増加しつづける。 一方で支出はインフレ分(年率4%) しか増加しない。
金利はインフレ率が4%に上昇し、税収が当初は10%で増加し続ける中、6年間 4/6 %ずつ増加し、その後は一定としている。(下図参照)


しかし、この結果財政が根本的に改善されるかと言えば、残念ながらそうはならない。以下に示すとおり、この前提でも結局財政は悪化し続けることが予測される。 歳出に占める国債費の割合は現状の20%強から5年目には40%強まで上昇、同年には国債費が歳入を上回り「新規国債発行額>支出」という状態になる。もちろん国債発行残高も雪だるま式に増加していく。


ではよく参照される国債残高の対GDP比はどのような推移となるだろう?
この場合名目GDPの増加率を想定する必要がある。 ここで、名目GDP成長率を5% (実質成長率1%)と想定すると、GDPと国債残高の推移は以下のようになる。国債残高の伸びに名目GDPの伸びが追いついておらず、この観点から見ても財政の健全性は悪化していくことになる。


当たり前の話であるが、金利が上がれば利払い費が増える。この利払い費の増加率は金利の上昇率に左右され、上昇前の金利が1%、上昇後の金利が3%なら借り替えた国債の金利負担は3倍に増える。(ちなみに5% → 7%なら1.4倍にしか増えない。)

又、利払い費の絶対額は国債残高規模に左右される。国債残高がゼロならそもそも金利が上昇しても財政はなんの影響を受けないが、残高がGDPの10倍なら、1%金利が上昇するだけで、GDPの10%相当の利払い費が(すぐにでは無いにしろ)新たに発生する。

そしてその利払い費を国債で賄えば更に国債残高が増え、結果として国債残高も利払い費も雪だるま式に増えることとなる。

これは国債残高の規模はそれ自体が財政破綻に直結するわけではないものの、その規模の拡大は金利上昇に対する財政の頑健性を確実に弱めるということであり、更に言えば国債残高の規模が大きくかつ国債金利が低い状況は利払い費が絶対額としてどれだけ増加するかという視点で見れば非常にリスクが高い状況と考えられるということである。



さて、上記前提でも財政再建は難しいが、現実はより厳しい可能性もある。 特に以下の3点は下振れ要因として影響が大きいと思われる。

(1) インフレ率が上昇すれば実質金利も上昇する可能性が高い。

(2) 社会保障費の増大を考えると支出の増加率はインフレ率を超える可能性が高い。

(3) 実際の借金は内国債以外にもたくさんある。


特に(1)については、日本において1990年代以降でインフレ率(コアCPI)がもっとも高かったのは1990年代初頭であるが、この時でもコアCPIは3%未満であったのに対して、長期金利は8%近くまで上昇した。この時の実質金利(5%超)はバブル末期という事を割り引く必要はあるが、いずれにせよ短期的には中央銀行による金融緩和によって実質金利の上昇を抑えることも可能かもしれないが、長期的には実質金利も現在の水準よりは上がる可能性が高いと考えられる。


仮にインフレ率が+4%の時に実質金利が+2%となった場合(インフレ率4%、実質金利3.3%、実質成長1%)、財政の推移は以下のようになる。この場合、歳出に占める国債費の割合の増価は更に加速し、3年目には早くも国債費が税収を上回ることになる。



実質金利+2%が実質成長率+2%と同時に起こると考えた場合には、国債残高の対GDP比は改善される(下図)。しかしながらこのケースでは名目成長7%、実質成長率3%となり、今後人口が減りゆく日本においてこの状態が長期的に維持されるという期待は現実味に欠けるように筆者には思われる。(先進国の中でも比較的経済成長率の高い米国でも一人当たりの実質GDP成長率で見ると3%には及ばない。)

一方で3%程度の実質金利は他国の例を見る限り現実味に欠けるとまではいえない。むしろ財政懸念が自己実現的に成就するプロセスを考えれば、金利の上昇が財政を悪化させることが明らかなら、金融危機等がきっかけとなり金利が上昇していくことは十分に考えられる。



非常に大雑把なやり方ではあるが上記の試算結果を考えると、インフレになるだけで財政再建が可能と言うのは国債残高の規模からくる財政のインフレ耐性(金利上昇耐性)の脆弱さを甘く見ている議論であるように感じる。


確かにインフレになれば国債残高の対GDP比の増価は(相対的には)抑えられる可能性があるが、国債費は税収の増加分以上に増え、財政に占める国債の比重はどんどん高まる。

前回のエントリーで書いたとおり、国債残高の対GDP比が何%になろうが、或いは歳出に占める国債費の割合がどんなに増えようが新たに発行される国債が安定的に消化できれば、財政としては持続可能である。 しかし現実には国債費が増加し続け、税収を超えていくような事態になれば(或いはそれが現実のものとして予測、懸念される事態になれば)、財政懸念の高まりと共に金利が高騰する恐れが生じ、その時点の経済状況がいかなるものであれ、増税や社会保障のカットを含む財政再建に転じざる得なくなる可能性が高い。


一方でインフレ率が上昇しなくても今の財政がこのまま長期的に維持可能とは思えない。以下はインフレ率が0%、長期金利が1.3%のままの状態を維持したケースであるが、やはりなにか本質的な改善がなければ財政は悪化していく一方である。


しかしあえて違いをあげればこのケースでは歳出に占める国債費割合の増加は相対的にゆっくりである一方で、国債残高の対GDP比の増え方は、インフレ率上昇ケース(実質金利の上昇無)より急となる。 そしてインフレ率上昇ケース(実質金利の上昇有)はどちらの観点で見ても最も強く・早く財政懸念を引き起こす予測となる。


以上をまとめると、

  • インフレ率が上昇するだけでは財政再建は難しく、当面の税収自然増率を高めに見ても、長期金利がインフレ率を反映して上昇すれば財政は悪化していく。 
  • 長期金利がインフレ率以上に上昇すれば、財政悪化は加速すると予測されるが、この予測は自己実現的に長期金利を上昇させる可能性がある。
  • 一方で現状のまま(低インフレ率・低長期金利)でも財政は悪化していく。


という所だろうか。 こうまとめると既に日本は「つんでる」ように見える(し実際にそうなのかもしれない)が、軟着陸の可能性もいくばくかは残されているのではないかと筆者は考えている。


では上記試算にどのような上ぶれ要因がありうるのか?又、どうすれば財政悪化のスパイラルから抜けられるか?については次回少し考察してみたい。