インフレと金利が上昇すると日本の財政はどうなるのか?

インフレと金利と財政の維持可能性に関する考察は色々な立場の人が主張する「お話」だけを追いかけていてはイメージがつかめない部分があるので、かなり乱暴な部分はあるが頭の体操的に試算を一つ二つ示してみたい。


まず、ある年における日本の財政に関する状況をざっくりと

政府債務残高 1000兆円、GDP 500兆円、歳入50兆円、歳出90兆円 (金利払い相当の10兆円含む)
国債金利 1%、 名目成長率 0% (実質成長率 1% 、GDPデフレータ -1%)

とする。 この時の政府債務残高の対GDP比は200%である。


この時、国債金利とインフレ率が共に5%上昇するとどうなるだろうか?


まず、実質成長率も上昇して2%になると考え、GDPデフレータは4%、名目成長6%になるとし、それに伴う歳入、歳出(金利払い除く)の増加については歳入は名目成長の2倍(12%)で毎年伸びつづけていく一方で、歳出についてはGDPデフレータ分だけ(4%)しか伸びないとした。 又、国債金利の上昇に対する利払い費負担の増加については全額が1年間で借り換えになるわけではないことから1年に1%ずつ上昇すると仮定した。

上記の条件で6年程計算してみた結果が以下である。 単純化し過ぎてかなり乱暴な部分はあるが大まかな傾向は確認できると思う。

たしかに財政の維持可能性を論じるときによく取り上げられる「政府債務残高の対GDP比」は1年目の200%から6年目の192%へと改善している。 それだけを見ればインフレの実質債務削減効果が表れたといっても良いだろう。


ただ、内訳を見てみるとそれほど勇気づけられる試算とも言えない。


例えば財政赤字(歳出-歳入)の対GDP比で考えると1年目の8% (40/500) から6年目の13% (86/669) へと大きく悪化していることが分かる。

金利払いを除く財政については歳入が12%で増え続ける一方で歳出は4%でしか増えないという甘めの設定となっており、この部分についてはかなり収支は改善しているが、金利払いの負担増をカバーするには至っていない。 当たり前であるが金利が1%から6%まで上昇すれば、タイムラグはあっても最終的には金利払いは6倍になるわけで、膨大な政府債務残高をもつ日本にとっては1%の金利上昇でも大きなコスト増となって財政にのしかかってくるわけである。

同様に、歳出に占める金利払いの割合を見ると1年目には11% (10/90)であったが、6年目には44% (77/174) にまで上がっており、歳出のかなりの部分が金利を払うためだけに使われることになる。


ここで比較の為に、1年目の状態 (名目成長 0%、GDPデフレータ -1%)のまま6年間が過ぎる場合の試算についても載せておく。 尚、このケースではGDPデフレータがマイナスではあるが、歳出は減らないものとした。

こちらのケースでは予想通り、政府債務残高の対GDP比は大きく悪化 (200%→240%)しているが、財政赤字の対GDP比は大して悪化していない(8.0 %→8.4%)。


では、この両方の6年目を比較した時、政府債務残高の対GDP比が改善した前者の方が悪化した後者より明らかに財政の維持可能性が改善していると言えるだろうか?

ちなみに日本の債務残高の対GDP比が断トツで世界最悪であることはよく知られている(参照)が、財政赤字の対GDP比の方は、同じく世界最悪水準ではあるが、断トツという訳ではない(参照)。 また利払い費の対GDP比でみれば日本はその超低金利のおかげでギリシャ、イタリア、ハンガリー、アイスランド、ポルトガルといった国を今の所下回っているが、債務残高が断トツなだけに金利が上がればこれらの国を追い越してしまう可能性は高い。(参照 - 2010年データ)。


金利の上昇はたとえ名目成長と税収増を伴っていた場合でさえ、世界最悪ではないが十分に悪い水準にある「財政赤字の対GDP比」、「金利払いの対GDP比」の更なる悪化を引き起こす可能性は高く、一方で「債務残高の対GDP比」は若干下がったとしても世界最悪であることにはかわりは無いわけであり、結果として3つが揃って世界最悪になってもなお日本の財政が維持可能だというようなことは誰にも言えないのではないだろうか? ましてやインフレ率が上がりさえすれば景気が回復し実質成長率や税収も伸びるというのは単なる予測でしかなく、もし長期金利が上がっても景気が思うように回復しなければ完全にアウトだろう。


結局の所、累積債務が大きくかつ財政赤字が酷いところから出発するとどう転んでもなかなか苦しいという話に過ぎないのかもしれないが、この試算では歳入、歳出の伸びの前提などはかなり甘めに見ており、現実には名目成長の2倍(12%)の率で歳入が増え続けるのはかなり難しいだろうし、歳出はむしろ高齢化が進むにつれてインフレ率以上に伸び続けるはずでもっと厳しくなる事も十分に考えられる。 金利上昇が金利払いの増加に与える影響についてはこの試算より後ろ倒しになるケースも考えられるが、インフレ率の上昇以上に金利が上昇するケースもまた十分に考えられる。

そして財政の維持可能性についての本当の問題はこのような試算通りにじわじわと財政が悪化していくということではなく、どこかの時点で市場にもう駄目だと判断されて国債が投げ売られて金利が急騰し、財政維持の為の国債の借り換え・新規発行がまともに出来なくなる事である。いくら当局やリフレ派が「デフレさえ脱却できれば長期的には財政は大丈夫なんだ!」と主張したところで目先の国債が捌けないことにはその長期に辿り着けないわけで何の意味もないわけである。


[追記1]
とりあえず試算では実GDPデフレータと金利は同時に上がる前提としたが、前回のエントリーで論じたように長期金利が織り込むのは期待インフレであり、期待に働きかけることを主眼としたリフレ政策では「期待インフレ>実インフレ」の状態が続くことから、長期金利の上昇が実インフレの上昇に先行する可能性は否定できない。


[追記2]
ちなみに名目成長を高め(6%)にしたのは、影響が分かりやすいということに加え、そのくらいないとそもそも債務残高の対GDP比が減っていかないから。 
3%程度なら債務残高の対GDP比と財政赤字の対GDP比の両方が悪化していく。財政赤字の対GDP比はスタート年でも8%あるわけでこれが大きく改善しないかぎり累積債務は名目成長率以上の割合で増加していくし、金利払いにしても仮に3%までしか長期金利が上がらなかったとして現状の3倍になるわけで、累積債務が減少しない限りいずれ金利払いも3倍(以上)になるからである。 もちろん歳入、歳出その他のパラメータをもっと楽観的なものにすればその限りではないが、そうなる見込みが高いとは筆者には信じられない。