軽減税率導入で最終的に負担が増えるのは誰か?

軽減税率に関する議論が分かりにくい原因の一つは、その影響を論じるにあたり何と何を比較すべきか、という点で議論が錯綜している点にある。 ある人は軽減税率と現金給付を二者択一であるかのように論じるが、前回も書いた通り両者は別に二者択一でもなんでもないし、そもそも本人の収入だけでは生活が成り立たない人を軽減税率で救うことができないのは明白であり、軽減税率が採用されるとしてもそれがその他の社会保障と並立になるのは必須である。

そうであるにもかかわらず、これらが二者択一であるかのように主張される原因は、軽減税率導入に際して、導入しなかった場合のケースとの比較で必要となる財源の額が算出され、さかんに報道されている点にあると考えられる。 つまりこの財源を現金給付に使えばもっと低所得者支援になるはずだ、という論理である。


このような見方は必ずしも間違いとは言えないかもしれないが、消費税率は最終的にもっと高い水準まで引き上げざるを得ないと考える立場から見れば、やや近視眼的ではないかと感じる。 結局のところ、本当にそのような現金給付が必要なのであれば、軽減税率を採用してもしなくてもその財源が確保できるところまで税率(国民負担率)を上げていくしかないわけであり、現時点で低所得者支援や再分配機能が弱いという問題は、むしろ増税での財源確保を後押しするはずである。  

よって筆者の理解では、軽減税率の効果を論じるにあたりあえて定量的な比較をするとすれば、それは過渡的な状態ではなく、将来的に必要な税収を確保できるまで税率を上昇させたときに、軽減税率の有無でどのような負担の分担の差が生じるかいう点にあるはずということになる。


この説明では分かりにくいかもしれないので、2014年の所得階層別の消費内訳データをベースにざっくりと試算した結果を示してみる。

まず、今のまま軽減税率なしで消費税が15%となったケースで、各所得階層の人がどれだけの消費税を負担するか試算したのが以下の図1、仮に食料と光熱・水道費の税率を全て0パーセントにしたうえで上のケースと同じだけの税収を確保するために標準税率を更に上昇(約24%)させたケースが図2となる。

ここで、この両ケースにおける消費税の負担の差(年額)を取ると以下のようになり、同じ税収を確保するという前提において、軽減税率有のケースでは、所得の上位30%の負担が増える一方、下位60%は幅広く負担が減るという試算となった。

確かに本当に支援が必要な低所得者に負担減が集中していないことをもって、低所得者対策としての効果が薄いと言えなくもないが、そもそも両ケースは前提として同じだけの税収を確保しているわけであり、本当に支援が必要であればそこから支援を行えばいい話である。つまり両ケースは現金給付については同じ原資を確保した上で、軽減税率有のケースでは低〜中所得層の負担が減り、高所得層の負担が増える結果となっていることになる。 もちろん他の税制と同様に軽減税率が実際にどのように機能するかは制度の詳細設計次第であるが、少なくとも軽減税率という制度そのものが金持ち優遇でないことは明らかであろう。 


ちなみに前回のエントリーに対し、たとえばこれまで吉野家の店内で食事を食べていたのが、持ち帰りのみ軽減税率になると貧乏人は持ち帰りにせざる得ず、満足感が下がるから軽減税率は駄目だ、みたいなコメントをいただいたが、これも比較の対象がずれており、そもそも消費増税する以上、どこかで消費者としての満足感を下げることは避けられない。その上で軽減税率の有無でどうなるかを考える必要がある。

牛丼の例をとれば、軽減税率がなければ持ち帰りですら値上がりするわけで、相対的には軽減税率無しの方が満足感は低いだろう。もちろん軽減税率無しの場合は必要となる標準税率も低くなるので、食料以外の消費については相対的に満足感が高くなる。では食料の消費における満足感とその他の消費における満足感のどちらが大切だろうか?


以前書いたことの繰り返しになるが食料や光熱・水道費が軽減税率の対象となっている英国に暮らしている筆者の実感から言えば、軽減税率の一番の利点は生活者としての安心感と納税者としての納得感にあると思う。

筆者は幸い軽減税率が無い方が税負担が低くなる所得階層になんとか属しているのではないかと思うが、軽減税率をなくして標準税率を下げるべきとは全く感じない。 生活必需品が安いということが生活者に与える安心感は大きい。もし生活必需品にまで10%を超えるような消費税がかかるようになれば、たとえそれ以外の物品の税率が少しくらい下がったところで生活への安心感や税制への納得感は大きく下がるだろう。 

欧米で広く軽減税率が採用されている事について、反対派は「欧米で採用されているからと言って優れているとは限らない」と主張している。それはそれで一理あるところではあるが、少なくとも様々な問題があることがはっきりしているにも関わらず、現実に軽減税率がこれだけ長く続き、かつ殆どの国で(議論はあっても)実際の撤廃の動きが見られない事は軽視されすぎていると感じる。支持されるにはそれなりの理由があるわけである。


いずれにしろ、日本では推進側の与党ですら痛痒感がどうとかという、よくわからない議論を繰り出して混乱に輪をかけているようにみえるが、もっと本質的な議論として、最終的に税収をどれだけ確保する必要があり、その税収を確保するために、消費税分としては軽減税率無で何%、狭めの軽減税率で何%、広めの軽減税率で何%の消費税が必要です。その場合の消費者、販売者の負担や各種デメリットはこうなります。どれが良いですか? というようなはっきりした議論をしてほしいところだが、今の消費税アレルギーな世論を考えるとこれはこれでなかなか難しいのだろうか。


[追記]
ちなみにネットでちらほら見かける「軽減税率は消費行動の歪みを引き起こし、課税による資源配分の非効率を引き起こすから駄目だ」という意見は、経済学好き?の人々がよく口にする主張であるが、現実問題としてそれが本当に軽減税率の問題としてそれほど大きなものになるのかについては筆者は懐疑的である。

生活必需品である食料の税率を下げることが消費行動の歪みをいくばくか引き起こしたとしても、そこから得られる安心感や納得感を上回るほどの効用の低下を引き起こすという主張は軽減税率のある国で暮らす一生活者としては首をかしげざる得ないし、そもそもここで言う価格が需要に影響を与えることによる「課税による資源配分の非効率」を最小限にするためのルールと考えられているのが、需要の価格弾力性の低い財、つまり生活必需品に相対的に高い税率を課すことが望ましいとするラムゼイルールであり、ざっくり言えば逆進性万歳な話なわけで、税の逆進性を問題と考えるなら、消費行動の歪みはある程度許容する必要があるということになる。(そもそもラムゼイルールの原則に基づけば一律の間接税自体がルールに反していることになるわけで、軽減税率の導入にしてもそこから見れば50歩100歩だろう。)


[追記2]
但し、一律の税率のメリットとしての社会的コストの低さ(無駄な陳情の処理等も含め)は無視できないし、むしろこの一点においてやめるべきという意見はかなり説得力がある。 筆者は税率が高くなる過程では軽減税率の有無にかかわらずインボイスの導入は必要だと考えているので、その導入コストを軽減税率のコストと考えるのは抵抗があるが、いずれにせよ導入に際してはある程度の混乱と業者の負担増は避けられないであろうから、そのあたりで「やはり軽減税率はやるべきでなかった」という議論が出ることは間違いないだろう。 ただ、軽減税率のある社会で生活している筆者の実感から言ってもいったん根付いた後に、「では軽減税率をやめるか?」となるとかなりハードルが高くなることも間違いなく、つまりやるにしろやらないにしろ今こそが分岐点ということになる。