軽減税率のメリットについて

日本もいよいよ消費税率10%が見えてきて軽減税率導入の是非についての議論も高まってきたようであるが、ネットで見かける議論は軽減税率のデメリットについて論じているものが殆どで、そのメリットを改めて論じているものは非常に少ない気がするので、実際に軽減税率が導入されている英国に住んでいる筆者がそのメリットをどう見ているかについて少し書いてみたい。


まず、住人から見た軽減税率の効用の最大のものはやはりどう考えても食料品を始めとする生活必需品が安い(英国の場合は無税)ことである。 

なにを当たり前のことを言っているんだ、と思われるかもしれないが、イギリスのように20%も消費税があると、その差は非常に大きい。この差は住んでみないとわからない!、とまでは言わないが、おそらくは多くの日本人の想像を超えているのではないかと思われる。


たとえばイギリスは2000年頃のピーク時と比べるとまだポンド安ではあるものの非常に物価が高い国であり、昼食を外で食べようと思えば、ちょっとした定食的なものでもすぐに10ポンド(約1800円)以上になってしまう。 この10ポンドの内、消費税を抜いた正味は約8ポンドであり、スーパーで似たような惣菜を買ってきてレンジなどで温めて食べれば 大体5ポンド以下で食べる事が可能である。 つまり昼食だけ見ても節約している人とそうでない人で一ヶ月(20日)で40ポンド(約7200円)近い税負担の差が生じる事になるわけである。

食料品に対する軽減税率については所得の多寡に関係なく恩恵があることから必ずしも低所得者対策にならないとの声もあるが、軽減税率の対象となっている生活必需品が出費の大半を占めるような低所得者層は消費税の負担が小さい一方で、中・高所得者層はがっつりと20%もの消費税を払っているわけであり、税収の確保と低所得者への配慮を備えた制度であることは間違いない。 やや極端に例えるなら低所得者が300万円(消費税負担 0)で生活する一方で中所得者は660万円 (消費税負担60万円)で、高所得者は1140万円(消費税負担140万円)で生活するような感じだろうか。 現実には消費税を全く払わずに生活することは難しいが、高所得者の方がより総消費額あたりの税負担が増える傾向は間違いなく存在するだろう。


そして、ここから派生するもう一つのメリットは消費税率の上げ下げが比較的容易になることである。 もちろんどのような形であっても増税には常に逆風が吹くわけであるが、 生活必需品を軽減税率の対象とすることにより、「低所得者への負担増が・・・」、「逆進性が・・・」といった消費税増税の本質的な問題を(相対的にではあるが)軽減できる為、消費税増税(減税)をフレキシブルに実施することが可能になる。(念のために書いておくと、上記は軽減税率そのものが低所得者対策として有効という話ではなく、消費税増税による低所得者の負担増を相対的に軽減する事ができるという話である。尚、より直接的な低所得者対策が必要であれば消費増税で得た財源を元手に別途行なえばよい。)

実際にリーマンショック後、イギリス経済が大きなショックを受けたことに対して、政府は消費税を減税を行い、景気の下支えを行った。 その後、最悪の状況はなんとか脱した英国は、今度は財政不安払しょくの為に大胆な歳出カットと共に消費税の増税に踏み切り、過去のエントリーでも触れたように、様々な批判にさらされながらも結果としては財政の立て直しに成功(基礎的財政収支の対GDP比:-9.8% @ 2009 → -5.0% @ 2011)した。 リーマンショック後、イギリスは高インフレ・低成長に見舞われ、多くの人々の生活は厳しくなっていたことを考えると、もし軽減税率がなければ、たとえ財政不安のリスクが目前にあったとしても消費税の増税はより難しいものになっていたであろうし、そうなる懸念が強ければ消費税の減税に踏み切ることも難しかった可能性があるだろう。


翻って日本のケースを考えると、もし消費税の増税が10%で打ち止めなら軽減税率の導入はそのコストに見合わないかもしれない。既に多くの識者に指摘されているように軽減税率の導入に様々なデメリットがある事は確かである。しかし、今後少子高齢化が更に進むことを考えると、金持ちの高齢者にも社会福祉を支えてもらわざる得なくなるのは避けがたく、その手段として現実的なのは消費税となるはずで、おそらくは(少なくとも)欧米並みの税率が必要となってくる可能性が高い。又、そもそも軽減税率は多くの国で既に導入されている制度であるし、別にそれらの国が軽減税率によって混乱の極に陥っているわけでもない。他の国で運用できている制度が後発の日本で運用できない理由は無いはずである。そして欧米並みの税率となるまでの道程とそうなった場合の低所得者への配慮を考えるとこのあたりで軽減税率の議論を真剣に行うことは避けては通れないだろう。 もちろん軽減税率の代わりに低所得者用の還付金を採用する等、他の方策も十分検討の対象となりうるが、「生活必需品の税率は軽減される」という基本部分のわかりやすさ・納得感も考えると軽減税率も巷でやたらと批判されているほど悪いものでもないというのが筆者の考えである。