減り続ける企業数について

前回のエントリーで述べた

1. 安倍政権誕生前の2012年度の倒産件数もその時点では過去22年間で最低レベルだった。又、そもそも母数となる企業数自体が基本的に右肩下がりとなっている。


という部分に関し、特に「そもそも母数となる企業数自体が基本的に右肩下がりとなっている」に対して複数の方からたてつづけに「間違っている」「でたらめだ」というコメントをいただいて、少し調べてみたのでコメントへの返答をかねて確認したことを書いてみる。


まず企業数であるが、これは以下に示す通り明らかに過去20年近く右肩下がりできている。(ソース) 

尚、上記のデータは中小企業庁のサイトからのデータであり、ここでの全企業数の99.7%(2012年)を占める中小企業も含まれており、又その中小企業のかなりの割合が個人企業となっている。

これに対し、いただいたコメントの中には小規模な個人企業は東京商工リサーチなどの倒産統計の対象ではないというような指摘もあったが、同社のサイトにも

負債総額1,000万円以上の法人及び個人企業を対象基準として倒産企業の調査と集計を開始しています。
http://www.tsr-net.co.jp/guide/feature/establishment/

と書いてあり、同社の倒産件数は個人企業も対象としていると考えられる。 ちなみに「東京商工リサーチなど」となっているのでもう一つの有力な倒産統計である帝国データバンクの倒産件数情報の対象についても見てみたが、こちらもやはり

この倒産集計は、倒産4法(会社更生法、民事再生法、破産法、特別清算)による法的整理を申請した負債額1,000万円以上の法人、および個人経営を対象としています。  
http://www.tdb.co.jp/report/tosan/

となっており、個人企業が対象に入っていないということはなさそうである。(そもそも倒産件数にカウントされる基準が「負債額1000万円」であり、「小規模な」企業の倒産もカウントされていることは明らかなように思える。)


ちなみに小規模の個人企業は倒産率が相対的に低いとされているが、これはそのような企業が財務的に強いという話ではなく、単に行き詰った時に倒産よりも廃業をなんとか選択する傾向があるという事を示しており、そのような廃業は「隠れ倒産」だという評価もある。 アベノミクスは一部の大企業にとっては追い風となるが、中小企業にとっては逆風となることから、今後は倒産件数だけでなくこのような「隠れ倒産」にもこれまで以上に留意する必要があるだろう。

安倍首相「倒産件数は24年間で最低」の背景

安倍首相がアベノミクスの成果として株価以外に強調しているのは雇用と倒産件数らしく、演説などでも「倒産件数は24年間で最低」 「民主党政権時代よりも2割、倒産を減らしている」とその成果を繰り返しているようだが、この成果を考えるにあたっては少なくとも以下の三つの背景は知っておくべきであろう。


1. 安倍政権誕生前の2012年度の倒産件数もその時点では過去22年間で最低レベルだった。又、そもそも母数となる企業数自体が基本的に右肩下がりとなっている。

2. 民主党政権時代の2009-2012年の3年間も倒産件数は平均して年8%近く減少している。

3. 2012〜2013年度の倒産件数減少の内訳をみると、件数でも前年比でももっとも大きく減少したのが建設業で、これはアベノミクス第二の矢である公共事業の大盤振る舞い(2013 年度の一般会計の公共事業費決算額は 8.0 兆円で2012年度5.8 兆円と比べて4割近く増加)が主たる要因と思われる。


安倍首相の立場を考えれば企業倒産数が減少していることを成果としてあげるのは当然のことであろうが、上記のような背景を知ると「倒産件数は24年間で最低」は、「民主党政権が達成していた「22年間で最低」の倒産件数を公共事業を大盤振る舞いしたりすることで「24年間で最低」までもってきただけ」と言い換えることもできそうである。公共事業は自民党政権のお家芸ではあるが、それが無くても復興需要に増税前の駆け込み需要と盛りだくさんだった建設業界に更に公共事業まで押し込んだのが本当に費用効果の高い対策だったかどうかは疑問が残ると言わざる得ないだろう。 


最後に念の為書いておくと、筆者は民主党政権の経済政策を評価しているわけでは全くない。リーマンショック後の日本のように外的な要因によって経済が負のショックを受けたようなケースでは通常はその外的な要因がある程度解消(もしくは沈静化)されれば自律的に回復するわけで、実際にリーマンショックから欧州財政危機へとつながった今回の危機が漸く沈静化した2012年の後半には日本も自律的に回復に向かっていたと筆者は評価している。そしてアベノミクスはすでに回復に向かっていた日本経済にとって副作用が強い割に(今回考察したように)その効用がいまいちはっきりしない劇薬だったのではないかというのが筆者の理解ということになる。

アベノミクス景気はいつ減速しはじめたのか?

日本は2012、13年と続けて経済成長率1.4、1.5%と年次で見ればまずまずの成長を遂げてきたが、足元では2四半期連続のマイナス成長と全く勢いをなくしてしまっている。

その原因については消費税増税とされることが多いが、一方で景気の減速自体は既に2013年第4四半期に始まっていたという主張がある。その主な論拠は2013年第4四半期の成長率が既にマイナス(前期比)になってしまっていたことであり、その場合、2014年の第1四半期がプラスになったのは単に増税前の駆け込み需要によるもので、そういった要因を除けば実質的には2013年第4四半期から2014年第3四半期までずっとマイナス成長にとどまっているという事になる。 

まあこれだけならデータ数が少なく何とでも解釈できそうだが同時期のOECD景気先行指数を見てみると、景気減速が2013年第4四半期ころから始まっていたという説明と非常によく合致することがわかる。

筆者は何度も書いている通り、消費税増税は(或いは財政再建は)景気にとってマイナスになって当然だと思っているので、現状の景気が消費税増税にマイナスの影響を受けていることは全く否定する気はないが、絶好調だったアベノミクス景気が消費税増税の一撃で全てパーになったみたいな論説には問題があり、どちらかと言えば既に減速し始めていた所に消費税増税がぶつかったことによって各種数値が想定以上に悪くでてきているというのが実態に近いのではないかと考えている。


ちなみにタイトルでは便宜上「アベノミクス景気」としたが、OECD景気先行指数をアメリカや欧州(EU)のものと並べてみると、そのトレンドは概ね連動して推移していることがわかる。 そして日本の景気先行指数のトレンドは2012年中ごろには底をうって4Q頃から反転し、その後2013年にかけて景気拡張トレンドとなっているが、このトレンドは若干のタイミングのずれはあるものの日米欧に共通しており、日本のそれを全てアベノミクスによるものと言ってよいのかどうかは疑問が残る。


 
一方、2013年の日本の景気先行指数は水準としては非常に強く、リーマンショック前の指数並みの水準を記録している。 よってトレンド自体は米国等と連動して安倍政権誕生前には既に反転していたとしても、2013年の指数の急上昇にはアベノミクスの影響が出ているとみることは可能かもしれない。

アベノミクスと輸出の推移について

先日のエントリーでアベノミクスによる輸出押し上げ効果はいまのところ全く期待外れに終わっているとい書いたことに対して「全然期待外れじゃない!」といった批判やデータを示せといったようなリクエストをいただいたので、少しこの部分に焦点を当てて考察してみる。


アベノミクスによる輸出の押し上げ効果は金融緩和による円安誘導によるものが主となるわけであるが、言うまでもなく輸出先の景気動向にも左右されることになるので、以下では輸出数量指数と為替(名目&実質実効)の推移に加え、輸出数量への先行性が高いとされているOECD景気先行指数の推移を並べて示した。OECD景気先行指数は経済協力開発機構(OECD)が主要国の経済指標に基づき作成する指数であり、輸出数量の変化に対して1,2ヶ月程度の先行性があるとされる事が多い指数である。

まず、2006年以降の年次での輸出量指数(2010年=100)と為替(名目&実質実行)、景気先行指数(OECD&OECD+新興6カ国)の推移を以下に示す。 (2014年は9月までの平均)

景気先行指数を見るとリーマンショック後に大きく落ち込んだ後に2010年から11年前半は回復基調となったが2011年後半から2012年に掛けて欧州の景気後退の影響を受けて下落、その後、OECDだけを見れば2012,13,14と緩やかな回復基調にある一方、新興国の景気が減速した事からOECD+新興6カ国で見れば、ほぼ横ばい(微増)といったところだろうか。 一方、為替はリーマンショック後に大きく円高に振れたが2012年末以降に急激に戻しており実質実効で見れば既にリーマンショック前の水準より円安になっている。 

で、肝心の輸出はと言えば、2012年末以降、為替が大きく円安へと触れたにも関わらず、ほぼ横ばいから微減に留まっている。 日本の輸出が振るわないのは世界経済の回復が弱いからだという主張は間違っているわけではないが、景気先行指数をみても分かるようにそれは回復の度合いが弱いという話であって悪化しているわけではない。 その中で大きく円安に振れたにも関わらず微減という結果しか残せなかったわけである。


次に2012年以降について月次で各推移を見てみると以下のようになる。 この期間、景気先行指数はおおむね横ばいから微増、為替は大きく円安へと振れてているのにも関わらず、輸出がはっきりと回復しているような様子は見てとれない。 安倍首相が予算委で「今、一時的に円安で貿易収支がこれは赤字になっているわけでありますが、これは一年後には間違いなく改善されてまいります。プラス四・六兆円、そして二年後には八兆円プラスになっていると、このように計算をされているわけであります」と証言したのが2013年4月だったことを考えると、やはり期待外れと言わざる得ないだろう。


ついでに、米国への輸出数量指数と景気先行指数をみてみると、やはりここでも横ばいである。 米国は2012年以降、景気回復トレンドにあるが、輸出数量指数はむしろ減ってしまっている。 

これを逆に米国の方から見て、主要貿易相手国からの輸入額(Trade in goods)の推移を2013年第一四半期を100として示したのが下図であるがデータのあった主要貿易相手国(12か国)で減少していたのは日本だけであった。


以上、日本の輸出の推移が如何に期待はずれだったかという点について幾つかデータを示してきたわけだが、そもそもこのことについては安倍首相自身も「輸出については、確かに、これは我々が予想していた伸びがなかったのであります。」「輸出については、輸出数量は横ばいに推移しているわけでありまして」と国会の答弁でもはっきりと認めており、あまり議論の余地のないところだと思っていたが一部の人には認めがたい事実のようである。


ちなみにそういった一部の人を除くと、この問題に関する一般の興味はなぜそうなってしまったかという点だろうが、その主たる要因の一つは安倍首相も言っていたように「日本企業が現地の外貨建て販売価格を余り引き下げずに、輸出数量ではなくて収益で稼ぐ傾向が強まったということ」だろう。 このあたりの議論について興味がある方には通商白書(2014)の「為替動向と企業行動及び輸出数量への影響」が興味深く読めるかもしれない。 特に(第I-2-3-10 図、第I-2-3-10 図 )などは企業が如何に販売価格を引き下げておらず、又今後もなかなか引き下げる気がないかがよくわかる図となっている。 


(追記) 国別の輸出推移でみて面白いのは中国で、景気先行指数は2013年から14年にかけて大きく下がっているのに輸出自体はそれほど影響を受けていないように見える。 これは中国が加工貿易を行っていることと関係があるかもしれない。

例えば、iPhone6の部品の半分位が日本製だというような話を聞いたことがあるが、このような場合、そういった競争力のある日本製部品の輸出量は短期的には為替の影響を受けずにiPhoneの売れ行きにのみ左右される。逆に中国の組み立て工場にとっても国内の景気が減速しても、iPhoneの世界販売量が減らない限り、日本からの部品輸入を減らすことはないことになるわけである。 もちろん日本の輸出産業すべてに当てはまる話ではないが、こういった非価格競争力を磨いてきた日本は逆に円安になったからといって直ぐに価格競争を仕掛けるインセンティブに乏しいということも言えるのではないだろうか。

軽減税率のメリットについて

日本もいよいよ消費税率10%が見えてきて軽減税率導入の是非についての議論も高まってきたようであるが、ネットで見かける議論は軽減税率のデメリットについて論じているものが殆どで、そのメリットを改めて論じているものは非常に少ない気がするので、実際に軽減税率が導入されている英国に住んでいる筆者がそのメリットをどう見ているかについて少し書いてみたい。


まず、住人から見た軽減税率の効用の最大のものはやはりどう考えても食料品を始めとする生活必需品が安い(英国の場合は無税)ことである。 

なにを当たり前のことを言っているんだ、と思われるかもしれないが、イギリスのように20%も消費税があると、その差は非常に大きい。この差は住んでみないとわからない!、とまでは言わないが、おそらくは多くの日本人の想像を超えているのではないかと思われる。


たとえばイギリスは2000年頃のピーク時と比べるとまだポンド安ではあるものの非常に物価が高い国であり、昼食を外で食べようと思えば、ちょっとした定食的なものでもすぐに10ポンド(約1800円)以上になってしまう。 この10ポンドの内、消費税を抜いた正味は約8ポンドであり、スーパーで似たような惣菜を買ってきてレンジなどで温めて食べれば 大体5ポンド以下で食べる事が可能である。 つまり昼食だけ見ても節約している人とそうでない人で一ヶ月(20日)で40ポンド(約7200円)近い税負担の差が生じる事になるわけである。

食料品に対する軽減税率については所得の多寡に関係なく恩恵があることから必ずしも低所得者対策にならないとの声もあるが、軽減税率の対象となっている生活必需品が出費の大半を占めるような低所得者層は消費税の負担が小さい一方で、中・高所得者層はがっつりと20%もの消費税を払っているわけであり、税収の確保と低所得者への配慮を備えた制度であることは間違いない。 やや極端に例えるなら低所得者が300万円(消費税負担 0)で生活する一方で中所得者は660万円 (消費税負担60万円)で、高所得者は1140万円(消費税負担140万円)で生活するような感じだろうか。 現実には消費税を全く払わずに生活することは難しいが、高所得者の方がより総消費額あたりの税負担が増える傾向は間違いなく存在するだろう。


そして、ここから派生するもう一つのメリットは消費税率の上げ下げが比較的容易になることである。 もちろんどのような形であっても増税には常に逆風が吹くわけであるが、 生活必需品を軽減税率の対象とすることにより、「低所得者への負担増が・・・」、「逆進性が・・・」といった消費税増税の本質的な問題を(相対的にではあるが)軽減できる為、消費税増税(減税)をフレキシブルに実施することが可能になる。(念のために書いておくと、上記は軽減税率そのものが低所得者対策として有効という話ではなく、消費税増税による低所得者の負担増を相対的に軽減する事ができるという話である。尚、より直接的な低所得者対策が必要であれば消費増税で得た財源を元手に別途行なえばよい。)

実際にリーマンショック後、イギリス経済が大きなショックを受けたことに対して、政府は消費税を減税を行い、景気の下支えを行った。 その後、最悪の状況はなんとか脱した英国は、今度は財政不安払しょくの為に大胆な歳出カットと共に消費税の増税に踏み切り、過去のエントリーでも触れたように、様々な批判にさらされながらも結果としては財政の立て直しに成功(基礎的財政収支の対GDP比:-9.8% @ 2009 → -5.0% @ 2011)した。 リーマンショック後、イギリスは高インフレ・低成長に見舞われ、多くの人々の生活は厳しくなっていたことを考えると、もし軽減税率がなければ、たとえ財政不安のリスクが目前にあったとしても消費税の増税はより難しいものになっていたであろうし、そうなる懸念が強ければ消費税の減税に踏み切ることも難しかった可能性があるだろう。


翻って日本のケースを考えると、もし消費税の増税が10%で打ち止めなら軽減税率の導入はそのコストに見合わないかもしれない。既に多くの識者に指摘されているように軽減税率の導入に様々なデメリットがある事は確かである。しかし、今後少子高齢化が更に進むことを考えると、金持ちの高齢者にも社会福祉を支えてもらわざる得なくなるのは避けがたく、その手段として現実的なのは消費税となるはずで、おそらくは(少なくとも)欧米並みの税率が必要となってくる可能性が高い。又、そもそも軽減税率は多くの国で既に導入されている制度であるし、別にそれらの国が軽減税率によって混乱の極に陥っているわけでもない。他の国で運用できている制度が後発の日本で運用できない理由は無いはずである。そして欧米並みの税率となるまでの道程とそうなった場合の低所得者への配慮を考えるとこのあたりで軽減税率の議論を真剣に行うことは避けては通れないだろう。 もちろん軽減税率の代わりに低所得者用の還付金を採用する等、他の方策も十分検討の対象となりうるが、「生活必需品の税率は軽減される」という基本部分のわかりやすさ・納得感も考えると軽減税率も巷でやたらと批判されているほど悪いものでもないというのが筆者の考えである。

アベノミクスとトリクルダウンについて

本ブログではアベノミクス開始当初から、「トリクルダウン頼み」だと評価しつつ、更にそれが機能するかどうかは疑問であると懸念を呈してきた。(以下の引用内の太字は筆者)

2013-5-18 リフレ政策とトリクルダウン理論について
先日のエントリーでは「黒田日銀の異次元緩和の波及ルートはいよいよトリクルダウンルートに絞られてきた」と述べたが、現時点においてリフレ政策の実施で直接的に「富」を得ているのは所有資産の価格が上昇した資産家か円安によって収益増を果たした輸出企業であり、主要な波及ルートがこの二つを経由したものである以上、リフレ政策が「国民全体の利益となる」ルートは「トリクルダウン」ルートだという事にならざる得ない。

ただ、「トリクルダウン」ルートも簡単に達成できるわけではなく、国民全体の利益にまで繋げる為には資産家が所得効果で消費を増やしたり輸出企業が設備投資をしたりして景気が活性化し、その結果として労働市場がタイトになって失業者が減り賃金が上昇し、更にその結果として消費が増えて更に企業が儲かるようになるというようなサイクルが回り出す必要がある。

http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20130518/1368920160

2013-5-19 資本主義とトリクルダウン理論について
最後にこの観点から前回のエントリーに引き続き再度リフレ政策にも触れておくと、リフレ政策は金融環境面及び為替面からの企業活動へのサポートという面が強く、(長期的なリスクを高めるといった点は置いておくと)リフレ政策によって短期的に一部企業の収益を押し上げることはそれほど難しくない。但し、リフレ政策自体にはそこから先の富の分配に関する特別なメカニズムは含まれておらず、その部分は「トリクルダウン」任せになっている。 (また、更に問題なのは「トリクルダウン」無しでは一時的な効果が持続的な景気回復に繋がらないという点であるが、この辺りについては前回書いたので割愛) 

もちろんリフレ政策自体に再分配が含まれていなくてもアベノミクスには含まれている、ということであれば「リフレで押し上げた企業収益を、(トリクルダウンではなく)他の政策で分配して国民の利益に繋げるのだからそれで良いのだ」とする事は十分に可能であるが、リフレ派は日銀が正しい政策を行いリフレが浸透しさえすれば国民全体が豊かになるのだという主張を繰り広げてきたわけだし、アベノミクスはアベノミクスで「賃上げの要請」こそしてまわっているようだが、より強制力のある分配政策に手を付けようという気配は感じられない。

http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20130519/1369005315


これらのエントリーを書いた当時は「アベノミクスはトリクルダウンではない。相変わらず何もわかっていない。」的な批判を多く頂いたが、最近(2014年9月)になってアベノミクスのブレーンである浜田宏一教授も

アベノミクスの第1期については、トリクルダウンであるのは事実なんですね。まず輸出産業が良くなって、その後、株価が上がって、最初に利益を受けたのは外国人とか金持ちの投資家だった。それがスタートで、次に時間外賃金の上昇といった形でパート・アルバイトの労働市場に波及している。でも、まだ実質賃金が上がらず、みんなが喜ぶような状態にはなっていない。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40423

と、アベノミクス(の少なくとも第1期)がトリクルダウンである事を認めているし、またそのルートも筆者が書いたものとほぼ同じ(投資家と輸出産業)である。 

で、肝心のトリクルダウンの成果については、浜田教授は

いまは単純労働者の賃金が上がっていくような技術進歩の過程にないので、トリクルダウンの成果はアベノミクスでも遅いと思いますが、過去15年間、大卒が就職に困っていたような状況と比べると、充分でないかもしれないが、日本も明るさが見えてきて、だんだん庶民にも経済成長の恩恵が降りてきている。つまり、第1の矢はトリクルダウン効果がより具体的に現れて国民生活を潤している。それは、みんな認めています。

と述べ、第一の矢、つまりリフレ政策はトリクルダウン効果を十分に引き起こして国民生活を潤しており、みんなそれを認めていると主張しているが、一方で甘利経産相が「円安で輸出環境がよくなっているにもかかわらず、思ったほどスピーディに輸出が拡大していかない」「アベノミクスの基調が頓挫したということではないが、トリクルダウンがまだ弱い。」とその効果の弱さについて懸念しているのは前回のエントリーでも触れたとおりである。


アベノミクス開始当初の予想と現状を比較して、筆者から見てもやや意外な結果となっているのが、長期金利と輸出の推移である。

前者については当初、異次元緩和の開始に際して長期金利が若干上昇したことなどから、その後、トレンドが反転して更に下がっていくことになるとは予想していなかったが、いずれにしろ長期金利が上昇した時にも書いたとおり「そもそも長期金利自体がもともと低かったわけで、それを「たかだかコンマ数パーセント」引き下げたからといってそれ程大きな影響を持つとは思えず、最初からこのルートは目くらまし程度の意味しかなかったというのが筆者の理解であり、そういった意味では逆に長期金利が「たかだかコンマ数パーセント」くらい上がったとしても、別に失敗したと騒ぐほどのこととも思わない。(参照)」くらいの話だと考えている。

一方、より影響が大きかったのは後者(輸出)であり、前回のエントリーでは「アベノミクス最大の誤算」だったと指摘したが、正直筆者もここまで円安による輸出増が機能しないとは予想していなかった。 この円安による輸出増効果がどのくらいのものになるかについては、2013年4月の予算委員会で安倍首相が

今、一時的に円安で貿易収支がこれは赤字になっているわけでありますが、これは一年後には間違いなく改善されてまいります。プラス四・六兆円、そして二年後には八兆円プラスになっていると、このように計算をされているわけでありますが、まさに大切なことは、私たちも経済を成長させていくことができるんだというこの精神を取り戻すことではないかと、このように思います。

と力強く主張していたが、「一時的」だったはずの貿易赤字はいまや28ヶ月続いており、2013年度は過去最大の13.7兆円の赤字を記録、2014年上期も上期としては過去最大の5.4兆円の赤字となった。 又、プラス4.6兆円、8兆円のプラスとなるはずだった2013,14年度の経常収支も、2013年度は0.8兆円のプラスに留まり、2014年の上半期は赤字に転落すらしてしまっている。一部では輸出は期待通りだという主張もあるようだが、今の水準で期待通りなら当時の安倍首相の期待はなんだったのか、という話である。
前回も書いたように、輸出もさすがにもう少しは上積み余地が有るだろうからこのまま経常赤字国へと定着してしまうことはないと信じたいが、いずれにしろ普通の人の目から見れば現状がアベノミクス開始当初の期待を大幅に下回っていることは確かだろう。


円安による輸出増の効果が出るまでには時間が掛かる(Jカーブ効果)ことが事実だとしても、黒田総裁が当時述べていたような6ヶ月〜9ヶ月といった期間はとうに過ぎ去っており、問題は黒田総裁が言うように円安による輸出の押し上げ効果が「後ずれ」しているだけなのか、そもそも輸出の押し上げ効果が期待を下回って弱いのか、どちらなのかという点だろう。いずれにせよ、筆者はたとえ輸出増があったとしてもトリクルダウンによる波及効果は限定的なものになるのではないかと当初から懸念していたわけだが、そもそもトリクルダウンの原資すら期待はずれというのが現状であり、殆どの人にとっては円安によるコストプッシュインフレの弊害のみが降りかかっている状況なのも無理からぬことであろう。

アベノミクス最大の誤算は?

7−9月のGDPが発表され市場の期待を大きく下回る結果となった。 多くのエコノミストの予想が2%、或いは3%を大きく超えるようなプラス成長であったのに対して、現実はマイナス1.6%と散々なものであったわけで、ちょっと記憶にないくらいのかい離があった。

そのかい離の原因については在庫の取り崩しが急だったこと等、既にいろいろと議論されているが、どの要因もそのかい離を埋めきるほどのものではなさそうであり、数字(-1.6%)の印象よりはマシだがエコノミストの予測には程遠い、といったところが実態のようである。 今回の指標が正しいとすれば結局のところアベノミクス(リフレ政策)による円安・株高によって市場の期待 ”だけ” は急速に醸成された一方で、現実はそれに全くついてきていなかったということであろう。


特に期待に現実が追いついてきていない筆頭は円安による波及的な景気刺激効果である。

円安による景気刺激が予測を下回っていたことについては甘利経産相が「円安で輸出環境がよくなっているにもかかわらず、思ったほどスピーディに輸出が拡大していかない」「アベノミクスの基調が頓挫したということではないが、トリクルダウンがまだ弱い。」等の発言をして物議を醸していたが、発言の内容自体は別におかしなものではない。 結局、期待していた円安発のトリクルダウンが期待していたほどの効果をもたらしていないことこそが、円安・株高に依存したアベノミクス最大の誤算だったわけである。


トリクルダウンが進まないことに関しては、例えばこちらの記事(「誤算のマイナス成長 弱い消費、V字回復逃す」)で設備投資が低調な点について指摘されていたが、2013年と比較すると製造業の設備投資は伸びている。但し、それをほぼ相殺するくらい非製造業の設備投資が減っておりおり、ネットでの底上げ効果はほとんどないに等しいレベルに留まっている。


これには様々な解釈があると思うが、「10円の円安で上場企業は約2兆円の増益になる。だが、中小を含む非上場企業は約1兆3千億円の減益になる」というような円安の特性を考えれば、円安によって減益圧力を受けると思われる非製造業の投資が抑制されたのはある意味予想通りであるし、それに加えて消費税増税後はその悪影響(+駆け込み需要の反動)もあるだろう。 

一方、輸出産業にとっては消費税は輸出戻し税となって戻ってくるため、直接的な影響は小さいはずである。 一部では「大企業は益税(輸出戻し税)でぼろ儲けだ」みたいな声もあったが、そこまでいかなくてもマイナスにはならないことは確かであり、一方、円安によって輸出単価が上がれば単純にプラスになる。 よって円安誘導してやればきっとこの人たちが雇用も賃金も投資も増やして景気をけん引してくれるだろう、というのが甘利経産相らの「期待」だったわけである。


ではなぜ、現実には円安による景気刺激効果が期待を下回っており「トリクルダウンが弱い」ままなのかと言えば、輸出「量」が殆ど伸びていないからである。 

先日も書いたが、円安になると短期的には輸出量が増えなくても輸出企業の(円建てでの)利益が増大するのは確かであるが、トリクルダウンを通じて経済全体への波及効果を効率的に産むためには輸出量の増大が重要である。 輸出量が増えれば、より多くの生産を行なうために雇用を増やす必要が出てくるし、さらなる増産のための設備投資も誘発されるわけで、自然とトリクルダウンが捗るわけである。 


一方、単に円が減価した事によって一部輸出企業の利益が増大するだけでは経済への波及効果ははるかに限定的となってしまう。 

例えば「対ドルで1円円安が進むとトヨタの営業利益が400億円増える」みたいな話があるが、これはかなりの部分が同じ台数の自動車を売っても、円安になれば海外市場であげている利益の円換算の金額が増えるというだけのことであるし、特に連結の場合は海外の工場で作り海外の市場で売って計上した利益の円換算の額が増えはするかもしれないが、外貨建てで見れば何も改善していないということになる。トヨタのような世界的な企業にとっては円換算の利益が増えれば良いというものではなく、実質的なプラスがあるとすれば外貨建てで見た日本国内の人件費の減少によるものとなるだろうが、そのプラスを享受するのは株主であって労働者ではない。(ちなみにトヨタの15年3月期連結業績予想では営業利益は前期比9.1%増の2兆5000億円、純利益は9.7%増の2兆円といずれも2年連続の過去最高を更新する見込みだがグループ総販売台数は1010万台と前期比微減にとどまっている。) 

安倍政権は円安によって利益をあげた企業への賃上げ"要請"によって無理やりトリクルダウンを進めようとしていたようだが、お付き合い程度には要請にこたえてくれる会社があっても、その程度では本格的なトリクルダウンは進まないという事だろう。


幸い、円安によるコストプッシュインフレと消費税増税の2重の消費への下押し圧力があるにも関わらず、消費自体は昨年並みくらいには戻っており、輸出もさすがにもう少しは上積み余地が有るだろうから、このままずぶずぶとリセッション入りすることもなさそうだが、選挙の行方や選挙そのものによる政治の空白等不確定要素が山積みであり来年はアベノミクスにとって試練の年となりそうである。