アベノミクスと輸出の推移について

先日のエントリーでアベノミクスによる輸出押し上げ効果はいまのところ全く期待外れに終わっているとい書いたことに対して「全然期待外れじゃない!」といった批判やデータを示せといったようなリクエストをいただいたので、少しこの部分に焦点を当てて考察してみる。


アベノミクスによる輸出の押し上げ効果は金融緩和による円安誘導によるものが主となるわけであるが、言うまでもなく輸出先の景気動向にも左右されることになるので、以下では輸出数量指数と為替(名目&実質実効)の推移に加え、輸出数量への先行性が高いとされているOECD景気先行指数の推移を並べて示した。OECD景気先行指数は経済協力開発機構(OECD)が主要国の経済指標に基づき作成する指数であり、輸出数量の変化に対して1,2ヶ月程度の先行性があるとされる事が多い指数である。

まず、2006年以降の年次での輸出量指数(2010年=100)と為替(名目&実質実行)、景気先行指数(OECD&OECD+新興6カ国)の推移を以下に示す。 (2014年は9月までの平均)

景気先行指数を見るとリーマンショック後に大きく落ち込んだ後に2010年から11年前半は回復基調となったが2011年後半から2012年に掛けて欧州の景気後退の影響を受けて下落、その後、OECDだけを見れば2012,13,14と緩やかな回復基調にある一方、新興国の景気が減速した事からOECD+新興6カ国で見れば、ほぼ横ばい(微増)といったところだろうか。 一方、為替はリーマンショック後に大きく円高に振れたが2012年末以降に急激に戻しており実質実効で見れば既にリーマンショック前の水準より円安になっている。 

で、肝心の輸出はと言えば、2012年末以降、為替が大きく円安へと触れたにも関わらず、ほぼ横ばいから微減に留まっている。 日本の輸出が振るわないのは世界経済の回復が弱いからだという主張は間違っているわけではないが、景気先行指数をみても分かるようにそれは回復の度合いが弱いという話であって悪化しているわけではない。 その中で大きく円安に振れたにも関わらず微減という結果しか残せなかったわけである。


次に2012年以降について月次で各推移を見てみると以下のようになる。 この期間、景気先行指数はおおむね横ばいから微増、為替は大きく円安へと振れてているのにも関わらず、輸出がはっきりと回復しているような様子は見てとれない。 安倍首相が予算委で「今、一時的に円安で貿易収支がこれは赤字になっているわけでありますが、これは一年後には間違いなく改善されてまいります。プラス四・六兆円、そして二年後には八兆円プラスになっていると、このように計算をされているわけであります」と証言したのが2013年4月だったことを考えると、やはり期待外れと言わざる得ないだろう。


ついでに、米国への輸出数量指数と景気先行指数をみてみると、やはりここでも横ばいである。 米国は2012年以降、景気回復トレンドにあるが、輸出数量指数はむしろ減ってしまっている。 

これを逆に米国の方から見て、主要貿易相手国からの輸入額(Trade in goods)の推移を2013年第一四半期を100として示したのが下図であるがデータのあった主要貿易相手国(12か国)で減少していたのは日本だけであった。


以上、日本の輸出の推移が如何に期待はずれだったかという点について幾つかデータを示してきたわけだが、そもそもこのことについては安倍首相自身も「輸出については、確かに、これは我々が予想していた伸びがなかったのであります。」「輸出については、輸出数量は横ばいに推移しているわけでありまして」と国会の答弁でもはっきりと認めており、あまり議論の余地のないところだと思っていたが一部の人には認めがたい事実のようである。


ちなみにそういった一部の人を除くと、この問題に関する一般の興味はなぜそうなってしまったかという点だろうが、その主たる要因の一つは安倍首相も言っていたように「日本企業が現地の外貨建て販売価格を余り引き下げずに、輸出数量ではなくて収益で稼ぐ傾向が強まったということ」だろう。 このあたりの議論について興味がある方には通商白書(2014)の「為替動向と企業行動及び輸出数量への影響」が興味深く読めるかもしれない。 特に(第I-2-3-10 図、第I-2-3-10 図 )などは企業が如何に販売価格を引き下げておらず、又今後もなかなか引き下げる気がないかがよくわかる図となっている。 


(追記) 国別の輸出推移でみて面白いのは中国で、景気先行指数は2013年から14年にかけて大きく下がっているのに輸出自体はそれほど影響を受けていないように見える。 これは中国が加工貿易を行っていることと関係があるかもしれない。

例えば、iPhone6の部品の半分位が日本製だというような話を聞いたことがあるが、このような場合、そういった競争力のある日本製部品の輸出量は短期的には為替の影響を受けずにiPhoneの売れ行きにのみ左右される。逆に中国の組み立て工場にとっても国内の景気が減速しても、iPhoneの世界販売量が減らない限り、日本からの部品輸入を減らすことはないことになるわけである。 もちろん日本の輸出産業すべてに当てはまる話ではないが、こういった非価格競争力を磨いてきた日本は逆に円安になったからといって直ぐに価格競争を仕掛けるインセンティブに乏しいということも言えるのではないだろうか。