アベノミクス最大の誤算は?

7−9月のGDPが発表され市場の期待を大きく下回る結果となった。 多くのエコノミストの予想が2%、或いは3%を大きく超えるようなプラス成長であったのに対して、現実はマイナス1.6%と散々なものであったわけで、ちょっと記憶にないくらいのかい離があった。

そのかい離の原因については在庫の取り崩しが急だったこと等、既にいろいろと議論されているが、どの要因もそのかい離を埋めきるほどのものではなさそうであり、数字(-1.6%)の印象よりはマシだがエコノミストの予測には程遠い、といったところが実態のようである。 今回の指標が正しいとすれば結局のところアベノミクス(リフレ政策)による円安・株高によって市場の期待 ”だけ” は急速に醸成された一方で、現実はそれに全くついてきていなかったということであろう。


特に期待に現実が追いついてきていない筆頭は円安による波及的な景気刺激効果である。

円安による景気刺激が予測を下回っていたことについては甘利経産相が「円安で輸出環境がよくなっているにもかかわらず、思ったほどスピーディに輸出が拡大していかない」「アベノミクスの基調が頓挫したということではないが、トリクルダウンがまだ弱い。」等の発言をして物議を醸していたが、発言の内容自体は別におかしなものではない。 結局、期待していた円安発のトリクルダウンが期待していたほどの効果をもたらしていないことこそが、円安・株高に依存したアベノミクス最大の誤算だったわけである。


トリクルダウンが進まないことに関しては、例えばこちらの記事(「誤算のマイナス成長 弱い消費、V字回復逃す」)で設備投資が低調な点について指摘されていたが、2013年と比較すると製造業の設備投資は伸びている。但し、それをほぼ相殺するくらい非製造業の設備投資が減っておりおり、ネットでの底上げ効果はほとんどないに等しいレベルに留まっている。


これには様々な解釈があると思うが、「10円の円安で上場企業は約2兆円の増益になる。だが、中小を含む非上場企業は約1兆3千億円の減益になる」というような円安の特性を考えれば、円安によって減益圧力を受けると思われる非製造業の投資が抑制されたのはある意味予想通りであるし、それに加えて消費税増税後はその悪影響(+駆け込み需要の反動)もあるだろう。 

一方、輸出産業にとっては消費税は輸出戻し税となって戻ってくるため、直接的な影響は小さいはずである。 一部では「大企業は益税(輸出戻し税)でぼろ儲けだ」みたいな声もあったが、そこまでいかなくてもマイナスにはならないことは確かであり、一方、円安によって輸出単価が上がれば単純にプラスになる。 よって円安誘導してやればきっとこの人たちが雇用も賃金も投資も増やして景気をけん引してくれるだろう、というのが甘利経産相らの「期待」だったわけである。


ではなぜ、現実には円安による景気刺激効果が期待を下回っており「トリクルダウンが弱い」ままなのかと言えば、輸出「量」が殆ど伸びていないからである。 

先日も書いたが、円安になると短期的には輸出量が増えなくても輸出企業の(円建てでの)利益が増大するのは確かであるが、トリクルダウンを通じて経済全体への波及効果を効率的に産むためには輸出量の増大が重要である。 輸出量が増えれば、より多くの生産を行なうために雇用を増やす必要が出てくるし、さらなる増産のための設備投資も誘発されるわけで、自然とトリクルダウンが捗るわけである。 


一方、単に円が減価した事によって一部輸出企業の利益が増大するだけでは経済への波及効果ははるかに限定的となってしまう。 

例えば「対ドルで1円円安が進むとトヨタの営業利益が400億円増える」みたいな話があるが、これはかなりの部分が同じ台数の自動車を売っても、円安になれば海外市場であげている利益の円換算の金額が増えるというだけのことであるし、特に連結の場合は海外の工場で作り海外の市場で売って計上した利益の円換算の額が増えはするかもしれないが、外貨建てで見れば何も改善していないということになる。トヨタのような世界的な企業にとっては円換算の利益が増えれば良いというものではなく、実質的なプラスがあるとすれば外貨建てで見た日本国内の人件費の減少によるものとなるだろうが、そのプラスを享受するのは株主であって労働者ではない。(ちなみにトヨタの15年3月期連結業績予想では営業利益は前期比9.1%増の2兆5000億円、純利益は9.7%増の2兆円といずれも2年連続の過去最高を更新する見込みだがグループ総販売台数は1010万台と前期比微減にとどまっている。) 

安倍政権は円安によって利益をあげた企業への賃上げ"要請"によって無理やりトリクルダウンを進めようとしていたようだが、お付き合い程度には要請にこたえてくれる会社があっても、その程度では本格的なトリクルダウンは進まないという事だろう。


幸い、円安によるコストプッシュインフレと消費税増税の2重の消費への下押し圧力があるにも関わらず、消費自体は昨年並みくらいには戻っており、輸出もさすがにもう少しは上積み余地が有るだろうから、このままずぶずぶとリセッション入りすることもなさそうだが、選挙の行方や選挙そのものによる政治の空白等不確定要素が山積みであり来年はアベノミクスにとって試練の年となりそうである。