歓迎される金融緩和から批判される金融緩和へ

10月31日、黒田日銀が異次元緩和第二段を発表するとともに政府はGPIFの株の運用比率を引き上げる改革案を承認したことによって円急落&株価高騰の派手な動きを見せる事になった。 先日のエントリー(「為替トレンドはこれからどちらに向かうのか?」)では、これから円安に動くケースとして「黒田日銀が量的緩和第二段をぶちかますケース」を挙げたが、早速実現して「金融当局の動きが大きな影響を与えるような神経質な相場が当面は続きそうだ」と懸念した通りの展開となった。

今回の手筈や会見での態度を見ていると野球ファンの筆者にとっては黒田総裁の手腕は三原、仰木監督にならぶ「魔術師」と呼びたくなるほどある意味では鮮やかなものであり、先日の財政金融委員でごにょごにょ言ってた岩田副総裁辺りとは役者が違うと感心したが、そもそも野球監督ならともかく日銀総裁にとって「魔術師」的な手腕がプラスなのかどうかという点は置いておいても、肝心のその方向性について大きな疑問が残る。


金融緩和の第二段については黒田総裁の消費税に関する発言(参照)等を考慮すると、消費税増税の影響が看過できない水準だと判断すれば踏み切る可能性はあると筆者も見ていたが、早くもこのタイミングで切り札を切るとは思わなかった。

今回の金融緩和がサプライズになったのは第一弾を実施した際に、「これまでの日銀は「戦略を逐次投入していたためデフレから脱却できなかった」として「現時点で必要と考えられるあらゆる措置を取ったと確信している」と断言」し、その後も「戦力の逐次投入はしない」、「道筋は順調」と追加緩和の必要性を否定し続けてきたことに加え、世論の風向きが当初の「円が高すぎるから景気が悪いんだ。もっと円安を!」というものから「もう円安は十分、、、」というものへと変わってきており、そうでなくても米国の金融政策が正常化に進み始めた事により円安へと振れやすいところに更に円安を推し進めるような緩和拡大は難しいのではという観測があったはずである。


アベノミクス開始前は、円高とデフレが諸悪の根源であるかのように喧伝され、黒田日銀による異次元緩和による円安誘導はかなり好意的に受け止められたが、残念ながら「円安で輸出主導の景気回復!」が期待はずれだったことがはっきりしてきた。 安倍首相が党首討論で発言した「「十三年度の経常収支が間違いなく四兆六〇〇〇億円の黒字になる。そして、それは間違いなく賃金に変わる」(参照:「アベノミクスの終焉」)みたいな話は影も形もなく、むしろ交易差損が拡大する中で一部の企業とその関係者だけが利益を得て、その他の大多数の人間が置いて行かれていることが広く認識されるようになってきたわけである。


まず円安による輸入物価の上昇がコストプッシュインフレとして多くの国民の生活に影を落とすにいたって、円安、インフレにさえなれば景気が回復すると期待していた(期待させられていた)人々がおかしいと思い始めた。

そして、やや意外にも見えるが、次に「円安はもうたくさん」と言い始めたのは経済界だった(「経団連会長「これ以上の円安は日本経済にマイナスの影響」」)単純に海外市場向けの輸出だけを考えるなら円安はどれだけあっても困らないのだろうが、国内市場もまた彼らの収益源であることは間違いなく、そういった意味でもあまりに行き過ぎた円安が国内市場にダメージを与えるのは好ましくないという判断が働いたものと考えることができるだろう。(やや斜めから見れば、円安によって痛みを受けている多くの国民からの批判が、長らく円安を主張してきた経団連に集中しないように、という判断もあったかもしれない。)

又、最近のロイターによる企業調査(参照)によれば、110円超を超える水準まで急激に円安が進むようなら為替介入をして欲しいとこたえた企業が45%もあり、単に「もうたくさん」というだけではなく積極的に為替の急落を防いで欲しいとの声が強まっている。


こういった流れの中で、最後に残った「更なる円安」擁護派の顔ぶれを見ると、これはかなりわかりやすいメンツになっている。
それは「円安によって日本経済が復活するのは間違いないのだから、結果が出ていないのはまだ円安が足りないだけなんだ!」という感じの円安信者と、表向きは色々言いつつも、根底では株価さえ上がればなんだっていいと考えている投資家(投機家?)の人々である。 

ちなみに前者には「円安による輸出増が期待を下回っているのは円高の期間に製造業が海外に行ってしまったからであり円高を放置した白川日銀の責任だ!」みたいなパターンもあるようだが、製造業が海外に行ってしまっていたことをいまさら知ったとでも言うのだろうか? それをわかった上で「それでも円安になれば!」と言っていたのならその予測は間違っていたわけだし、それがわかっていなかったのなら問題外で、いずれにしろ言い訳にしてはお粗末であろう。 


円の急落阻止の為替介入まで求める声があるというのにあえて黒田日銀が異次元緩和第二段に踏み切った理由はといえば、「デフレマインドの脱却」らしい。 この辺りは初志貫徹とは言えるが昨今の実情を見るに、円高が諸悪の根源という見方と共に、デフレが諸悪の根源という主張にも陰りがみられるのではないか。

例えば、先日のエントリーで考察したクルーグマンの指摘によれば、リーマンショック後の欧米はバブル崩壊後の日本より酷い状況となったわけだが、別にデフレになったわけではない。つまり欧米についてはデフレがその酷い状況をもたらしたわけではないという事である。 特に欧州についてはこれからデフレに陥ってしまうのではないか?と懸念されてはいるが、これはリーマンショック後、デフレに陥るのを食い止めるべく積極的な金融緩和をやってここまではどうにかインフレをプラスに維持してきたけど、肝心の経済の低成長化を食い止める事ができずに徐々にインフレ率も低下してきてこのままでは結局デフレになりかねない、、、という流れであり、ここでは明らかにデフレは経済の低成長化の結果であって原因ではない(デフレになっていないのだから当たり前だが)。 

上記に加えて、異次元緩和以降のインフレは円安による輸入物価の上昇の後押しを受けたコストプッシュインフレの面が強く、これを更に進めてもインフレ率は上がるだろうが景気が好転するかは疑問である。 先日も小売り大手のローソンの社長が

「円安進行、日本全体でみるとあまり良いことではない=ローソン社長」

玉塚社長は、円安によりコストアップ要因が目立ってきていると指摘。輸入コストやエネルギーコストが上がることから「このくらいで円安スピードが止まってくれないと困る、というのが正直な感想」と述べた。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0IO06H20141104

と発言していたが、つまり最終消費者にとってはもちろん、小売業者にとっても円安によるコストプッシュインフレがマイナスの影響を及ぼすレベルにまで来ているという事である。 


円安になれば輸入物価が上昇してコストプッシュインフレを引き起こし、消費に悪影響を与えることはある意味想定の範囲内ではあったのだろうが、それを相殺した上で更に日本全体としての景気を底上げするはずだった「円安による輸出増」が期待外れになっているわけで、これを倍プッシュしたからといって流れが急に逆転したりするのだろうか?

敢えてプラス面?を言えば浜田宏一内閣官房参与の期待通りにインフレによる実質賃金の下落は順調に進んでおり、雇用も堅調に推移していることから企業業績(特に一部上場企業の)については更なる上積みが期待できるかもしれないが、既に完全雇用水準に到達しており、これ以上の実質賃金の下落による雇用刺激が経済全体に対してプラスになるとは限らない。


この黒田日銀の倍プッシュが成功するのか?、結果が期待はずれだった場合の倍倍プッシュがあるのか?(やれるのか?)等は予測が難しいところだが、はっきりしているのはこれまでの「国民に歓迎される金融緩和」から「国民に批判される金融緩和」へと変わっていくであろうという事である。 リーマンショック後に積極的な金融緩和を行ない、今の日本と同様に「為替安・コストプッシュインフレ・実質賃金の低下」のコンビネーションを経験してきた英国でも、英中銀はその緩和的な金融政策への批判にさらされながら金融政策の舵取りを行なってきた。日本の場合はまだインフレ率が低いため、ターゲットを超え続けたインフレ率に関して英中銀が受けた逆風をすぐに経験する事は無いかもしれないが、もしインフレ率が2%を超えてくるような事態となれば、景気の動向に関係なく金融緩和終了への圧力が高まる事になるだろう。そして、ここで舵取りを間違えれば本格的なスタグフレーションに突入してしまうことになりかねない。 異次元緩和第一弾をぶちかました時からもう後戻りは難しいとは思っていたが、更に険しい道を進み始めたようである。 (願わくばその「魔術師」的手腕で最後まで乗り切って欲しいところだが、、)