人口減少とデフレの関係に関するコメントに答えてみる

本ブログのエントリーの中でも人口減少がらみは受けが良く(悪く?)、決まって色々と批判を頂くことになるわけだが、どうもテンプレ的というか、エントリーの中身と関係なく、一見分かりやすい切り口から一切合財まとめて全否定するものが多い。 その批判のポイントについては既に何度か取り上げたことがあるが、今回も一通りのコメントをいただいたので、少し答えてみたい。


まず最初はこちらから、

そもそも人口減少が始まったのが2005年からの話で、それまでのデフレーションの原因が人口減少とまったく関係ないことは明らかです。

この手のコメントの常として一見分かりやすい理由(人口減少が始まったのが2005年から)でもってばっさりと全否定している。 しかしながら、そもそも前回のエントリーはこういった主張に対して、「住宅のような特定の商品に関しては人口増加率が減少しはじめることに連動して(総人口の減少が始まる前に)需要の減少が始まるよね」という話だったわけで、この話の内容にはまったく納得いただけなかったようだ。

繰り返しになるが前回のエントリーで取り上げた住宅の例で考えれば、住宅着工戸数は人口の減少が始まるかなり前から大きく減少に転じており、ピーク時の半分強ほどの水準になってしまっている。 これは別に不思議な話でもなく、3人兄弟、4人兄弟が当たり前だった頃は世代が進めば自ずと新たに家が必要になったのに対し、一人っ子が当たり前になってきた時代では、むしろ世代が進めば家が余るわけで、住宅着工戸数が人口の減少率以上に大きく減るのはむしろ自然なはずである。 ちなみに住宅投資だけでなく国全体の建設投資も同時期に大幅に減少しておりGDP比で17.4%あったものが2012年には9.4%にまで減少している。 一つの産業でこれだけの需要がなくなれば、これが経済全体に与える影響は無視できないはずであろう。


また、白川前日銀総裁はもっとシンプルに人口動態と需要、インフレ率の関係について以下のように説明をしている。

さらに、「すう勢的な成長率の低下は、今後さらに高齢化が進むと予想される人口動態の下で、人々の中長期的な成長期待を低下させ、家計の恒常所得を下押する可能性がある」と指摘。「人口動態の問題は当初はあまり意識されず、ある段階から強く意識されるようになった」とした上で、「その段階で、将来起こる成長率の低下を先取りする形で、需要が減少し、物価が下落する一因となった」と述べた。

いずれにしても「人口減少が始まったのが2005年から」ということだけを理由に「それまでのデフレーションの原因が人口減少とまったく関係ないことは明らか」とは言えないという話である。


次によくあるのは

日本以外で人口減少していてデフレになってる国がない。

人口要因とインフレ率の間には殆ど相関が無い

というものであろう。 高橋洋一氏も以前に以下のように書いている。

「人口減少でデフレになった」 本当かどうかデータから検証する(http://www.j-cast.com/2010/10/14078201.html

というわけで、世界銀行データベースから、各国のインフレ率のデータをとる。そして、人口要因として、人口増減率、生産人口比の増減、従属人口比の増減を考えてみたい。ここで、生産人口とは15歳から64歳までの人口であり、生産人口比は総人口に対する生産人口の比率である。また、従属人口比というのは、生産人口以外の人数を生産人口で割った数字だ。人口減少という総数の話と、生産人口の減少という構造の話は分けて考えるほうがいいので、これらの統計を各国別に調べることとしよう。

あとは、それぞれのデータを世界銀行データベースからダウンロードして、人口増減率、生産人口比の増減、従属人口比の増減のそれぞれを横軸、インフレ率を縦軸として、散布図をかけばいい。

実際の図をみれば一目瞭然であるが、これらの人口要因とインフレ率の間には、ほとんど相関がない。ということは、これらの人口要因はデフレとは統計的には無関係である。

これについては本部ログでも考察したことがあるが、確かに全ての国を一度にプロットすれば相関は見られない。 しかし、先進国だけをプロットすると、下図のように一定の相関が見えるようになる。 そして更に面白いのは発展途上国だけをプロットすると、今度は逆の相関が見られるようになる事である。 よって日本と人口が減少している幾つかの発展途上国を並べて、「他の人口減少国はみなインフレだからやはり日本だけが特別だ」みたいな批判は上の図を見る限りあまり意味は無いだろう。 日本も人口減少中の発展途上国も、各々のグラフ内では大きくトレンドから外れた特殊例というわけではない。 
(プロットの詳細についてはこちらのエントリーを参照)


これはもう一つのテンプレ的な批判である、

人口減少は供給減に繋がるのだからむしろインフレ要因だ。

というポイントに関連していると考える事も可能かもしれない。 生産性が高く、供給能力が潜在的に過剰な国(先進国)では、人口増加率の低さが主に需要サイドから効果を及ぼす一方で、供給能力に不安のある国(発展途上国)は人口増加率の低さが供給サイドから効果を及ぼすというロジックである。 


最後に人口減少とは関係ないが、デフレでもマイルドであればそれほどの悪影響を経済に及ぼすわけではない、という趣旨の事を書いたときに決まっていただくのが以下のようなコメントである。

たとえマイルドでもデフレが悪いのはデフレスパイラルが起こるからですよ。
たとえば、「マイルドなデフレ→実質賃金上昇→企業業績悪化→解雇・賃下げ→個人消費減少→さらにデフレ→・・・」という具合です。
つまり、たとえ最初がマイルドなデフレでも次第に景気悪化とデフレが拡大されていくため、たとえマイルドでも「デフレ=悪」というわけです。
したがって、刷り込みではなく理屈として「デフレ=悪」とされているのです。

それにも関わらず、これを「刷り込み」と言ってしまう時点で未熟さを感じます。

そもそもデフレスパイラルが起きなかったからこそマイルドなデフレが続いたのではないのだろうか。 更に言えば2000年代の後半に掛けてはマイルドなデフレ下で失業率の改善が進んで2007年頃には完全雇用がほぼ達成されたいたのであるから上記のようなスパイラルが生じていなかった事は明らかであろう。

景気の悪化とデフレ(ディスインフレ)が平行して起こっていたのはバブル崩壊から2000年くらいまでで、この時のイメージが非常に悪いのだろうが、この時の不況は普通に考えればバブル崩壊と金融危機が最大の原因であり、デフレは結果である。 又、以前は「バブルが崩壊しても日銀がすぐに大規模な金融緩和をやれば景気へのダメージはそれほど大きくならなかったはずであり、つまり日銀の対応が不況の原因なんだ!」みたいな主張もかなりあったが、リーマンショック後に金融緩和を大盤振る舞いした米国でも深刻な雇用の喪失が生じて、それが過去に例を見ないほど長期化したわけでバブル崩壊後の不況を全て日銀の対応のせいだとするのは無理があるだろう。


これと同じポイントについての批判としては以下のようなパターンもある。

一人当たりGDPもまるで日本がそれなりに成長しているかのような書きぶりだが、とてもそうは言えないことが昨年の通商白書でも分析されている。

http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2013/2013honbun/i1120000.html

デフレに入った1998年を含む期間以降、日本の一人当たりGDPは冴えない。年率換算の数字だから小さく見えるかもしれないが、1995年以降の累積では一人当たりGDPの水準は米国・英国と2割も違ってくる。独仏とさえ1割だ。しかも、グラフの下にある要因分解の内容が悪い。すでに週休二日制が導入された後なので労働時間の減少は主に残業の削減による。残差項目であるTFPには設備などの量では説明できない需要の変化が入ってくる。つまりこの両者は総需要の強さを特に表している。その労働時間とTFPが日本は他国に劣る主な要因となっている。上で述べた失業率の上昇を含め、本来は可能な生産水準から大きく劣ったために一人当たりGDP成長率も冴えなかったことを示している。そしてそれはデフレ下においてまさに起きると想定される事態だ。

つまりデフレ・低インフレの期間の日本の低成長は、「デフレ下においてまさに起きると想定される事態」が原因である事はとにかく間違いないのだから、やはりデフレが全ての元凶なのだ! というこれまたテンプレ的な批判になるわけだが、折角なのでリンク先を見てみると通商白書の分析は

一人当たり労働時間については、分析期間中、マイナスに寄与しているが、方向感が定まらない上に、後に見るように他国も同様の傾向にある。一方、生産年齢人口比率は、1990年以降、一貫してマイナス方向に働いており、そのマイナス幅は年代を追うごとに拡大している。この生産年齢人口比率の低下幅は、以下で見る他国と比較しても、類例のない規模である。これらの要因が相まって、1990年以降、日本の一人当たり実質GDP成長率は2%に満たない水準で推移している。

となっており、全く逆のものになっている。


又、上記の例としてコメントされているデータも興味深い

デフレからの10年間を抜き出すなんて恣意的だと言いだしそうなのでもっと長い期間。
http://oi60.tinypic.com/md1u28.jpg
1995-2010
USA 23.8%
Australia 38.1%
Sweden 43.4%
Switzerland 21.2%
Canada 29.6%
UK 35.2%
Japan 10.4%
France 17.6%
Germany 19.4%
Italy 7.6%

日本がデフレ期間にいかに諸外国より成長率が低かったかを示す目的と思われるが、イタリアが最低で、スウェーデンが最高という結果を見ればそもそもこの結果が本当に「日本の低成長が「デフレ下においてまさに起きると想定される事態」が原因である事」を示唆しているのか疑問に思わざる得ない。 

日本より成長率が低かったイタリアは別に低インフレの国ではないし、この中で最も高い成長率を示しているスウェーデンはこの対象となっている16年間に2度のデフレ(年平均インフレ率<0%)を経験している上に、年平均インフレ率が1%を上回っていた年も半分くらいしかなかった低インフレの国である。 一方、イタリアは日本と並ぶ少子高齢化で問題を抱えている国であり、スウェーデンは少子化対策の成功例とされる国で女性の労働力率も非常に高い。 よってこのデータ自体はむしろ人口動態の影響を示しているとも見える。

そこで例えば、人口動態の影響の一つの指標として、現役でない高齢者の労働者に対する割合(Ratio of inactive elderly to the total labour force)の長期見込み(2050)を横軸としてプロットすると以下のような感じになる。


まあ、このグラフで相関が見えるような気がするから、成長率は「現役でない高齢者の労働者に対する割合」の将来見込みが決定しているんだ、というような単純な話ではないことはいうまでも無いが、デフレ期間に日本が低成長であったからといってデフレがその原因であることは間違いない!みたいな単純な話でもない事だけは間違いないだろう。


ちなみにこの件についてはクルーグマンも

I don’t think it’s foolish to guess that the decline in population growth has reduced the natural real rate of interest by something like an equal amount (and to note that Japan’s shrinking working-age population is probably a major factor in its secular stagnation.)

と述べている事を付け加えておこう。


他に有力な批判として存在するのは、「例え人口減少(人口増加率の減少)が需要を減らして経済成長とインフレ率に対する重石となったとしても、金融政策でそれを相殺すればよかったのだから、現実に低成長、デフレに陥ったのはやはり日銀の責任だ」というものである。 これは「人口減少の影響なんてなかった」系の批判と比べるとまだ納得できる部分もあるが、やはり筆者は問題があると考えている。 この点については丁度クルーグマンが関連するエントリーを書いて注目を集めているようなので、次回はこの点について考察してみたい。