国家にとってのグローバル企業とは何か?

内田樹氏の「壊れゆく日本という国」という朝日新聞への寄稿で展開されている「グローバル企業」論は納得できる部分も多い反面、ややグローバル企業を一面的に捉えすぎているのではないかと感じたので、少し筆者も考察してみたい。


まず筆者は、グローバル企業は二つのタイプに分けて考えるべきだと思っている。 一つは、トヨタのようにその国の労働力を外貨に換えてくれるタイプのグローバル企業、もう一つはスターバックスやアマゾンのようにその国に入り込んできて営業することによって利益を得るタイプのグローバル企業である。


このうちトヨタのようなグローバル企業は国家にとっては「お客さん」だと筆者は思っている。

レストランにやってくるお客さんは、もちろんレストランの収益の最大化の為に来るわけでもないし、従業員の生活向上とかも気にしていないだろう。 お金を払うに値する料理を食べることができるならリピーターになってくれるし、そうなればレストランの売り上げも上がるというだけである。 逆に料理とサービスの質が値段に見合わないなら閑古鳥が鳴くことになるし、他の店よりコストパフォーマンスで優れていてさえ、文句を言う客はいくらでもいるだろう。 客は自らの満足度を最大化するためにレストランに来るわけで、レストランの為に食事をしに来るわけではない。

逆にレストランから見れば、質と値段の両方で満足してもらってロイヤルティの高い顧客になってもらう事は商売繁盛の為に重要であるが、なんでもかんでも「お客様は神様です」とやればいいってものでもない。 値段が高いというクレームに応えて値段を下げ過ぎればかえってレストランの収益が落ちることにもなりかねないし、いくら金払いが良くても態度の悪い客には遠慮いただいた方が良い場合だってあるはずである。


国とグローバル企業の関係に話を戻すと、グローバル企業はその国で自動車などを製造することが、トータルで考えて値段に見合うならそうするし、見合わないなら他の国に出て行ってしまう。 これは営利企業である以上責めても仕方がない事である。 そしてざっくり言えば、料理やサービスの質にあたるのが社会インフラや内需の質及び大きさであり、値段にあたるのは法人税や人件費という事になる。

このうち、法人税については日本が今の水準を維持するのは、相当「お高い店」をやっていくようなものでかなり無理があるように見える。

たとえば筆者の住むイギリスでは法人税が23%しかなく更に今後20%まで低下していくことになっている(参照)が、これは一昔前ならタックスヘイブン認定されていたぐらいの水準であり、イギリスがこの水準まで下げるというのはケイマンやキプロスのような国がタックスヘイブンを稼業にするのとは訳が違う。 中長期的にはこのあたりの「値段」はある程度他のレストランと同一にしていく必要があるだろう。

但し、「お客さん」だからと言って過度に厚遇する必要もない。例えばこういった企業が「発展途上国の安い労働者を使えないなら出ていくしかない。だから移民を自由化しろ。」と言ってきてもそれほど真に受ける必要はない。 法人税ではなく賃金が高すぎて到底日本でやっていけないと言うなら、余程正の外部性をもっている企業(お客さん)でない限りご遠慮いただいた方がトータルで見ればプラスになる可能性が高いだろう。 


一方、スターバックスやアマゾンのようにその国で営業することによって利益を得るタイプのグローバル企業は「テキ屋」みたいなものだと筆者は理解している。 つまりこっちからはしっかりと「ショバ代」を取る必要があるということである。

英国でも大きな問題となったが、スタバやアマゾンなどは節税の為に実際に営業をしている国で税金を納めずに、税率の安い国で税金を納めるように工夫しているが、こんなことを許しておくのは税収が減ることに加え、国内企業との競争上でも不公平が生じるわけで二重にマイナスである。 この種の多国籍企業に対する営業地での課税強制は、日本だけでは解決できない問題ではあるが世界的にも非難が高まっており、日本政府も可能な限りの働きかけを行うべきだろう。

「ショバ代」が高すぎればこのようなグローバル企業はその国に進出するのをあきらめるかもしれないが、殆どの場合同業他社が国内に存在する訳でグローバル企業が店を出さなくても直ちに困るわけでもないし、そもそも同業他社が国内でやっていけている以上そういった企業だって本来はちゃんと「ショバ代」を払ってもやっていけるはずである。


近年、国家間の企業誘致競争は激しくなり、トヨタのようなグローバル大企業にとっては選択肢が増え、発言力も増してきた。 又、スタバ、アマゾンのような企業はローカルな同業他社を圧倒しつつ、営業している国で税金をできるだけ払わないように画策している。 こういう状況を踏まえ、企業にとって魅力ある環境を整えて日本を「人気店」にし、かつ理不尽な要求は断固拒否して、国民の効用の最大化を図るのが政府の役割ということになる。 難しい問題ではあるが、流行っているレストランはみなやっていることであり、無理な話では無いはずである。