長期金利上昇で明らかになってきた異次元緩和のの「トリクルダウン」頼みの波及ルートについて

ここ数日、長期金利が急上昇したことで財政破綻だなんだと焚き付けている人がいるようだが、依然1%を切る水準である事には変わりなく、財政破綻を語るにはやや気が早いように思われる。リスクが高まっているとは言えるかもしれないが、「異次元」な政策を打った時点でリスクは既に高まっており、今更このくらいで騒いでも始まらないだろう。又、リフレ派と思われる方々が反論?しているように、上がったといってもたかだかコンマ数パーセントであり、それがそれほど大きな影響を経済に及ぼすとも思えないし、日銀が今後も「池の中の鯨」として国債を買い続ける限り極端な上昇が続くことも「当面は」ないだろう(もしあったら大惨事だが、どっちにしろ今更後戻りはできない、、、、)。


一方で、こういった長期金利の推移から徐々に明らかになってきたのは、黒田日銀の異次元緩和の波及ルートはいよいよトリクルダウンルートに絞られてきたなぁということである。


以下は日本銀行政策委員会審議委員の宮尾龍蔵氏が異次元緩和後の今年の4月18日の講演で使用した「「量的・質的金融緩和」の波及ルート」の図であるが、黒田日銀が考える金融緩和の波及ルートが分かりやすくまとまっている。 (但し、金融政策は為替を対象としないという点に考慮したのか、円安による波及ルートは図中に示されていない。)

この内、異次元緩和発表後の長期金利の推移で徐々に明らかになってきたのは、黒田日銀が目指していた残存期間の長い国債を買い入れることによって「イールドカーブ全体の金利低下を促す」ことによる波及ルートはどうやら機能しなさそうだという話である。 現状ではむしろ「資産価格への働きかけ」→「銀行や投資家のポートフォリオ調整」から逆流して「イールドカーブ全体への”上昇”圧力」が生じているように見える。


まあ、「徐々に明らかになってきた」と書いたが、実際の所このルートが喧伝されてきたほど大きな効果を持たないであろうことは個人的にはそれほど意外ではない。 

そもそも長期金利自体がもともと低かったわけで、それを「たかだかコンマ数パーセント」引き下げたからといってそれ程大きな影響を持つとは思えず、最初からこのルートは目くらまし程度の意味しかなかったというのが筆者の理解であり、そういった意味では逆に長期金利が「たかだかコンマ数パーセント」くらい上がったとしても、別に失敗したと騒ぐほどのこととも思わない。 ただ、黒田総理をはじめとする多くのリフレ派が主張していた一つの波及ルートがファーストステップから稼動しなかったという事に過ぎない。


また図中の「インフレ期待」ルートについては、どこを基点に見るかによるが現時点ではBEIで見た予想インフレ率(参照:「BEIの推移」)や企業物価指数等(参照:「4月国内企業物価指数、円安で1年1カ月ぶりマイナス脱却」)は上昇に転じており、インフレ期待への働きかけはとりあえず機能しているように見える。

ただ、筆者は以前のエントリー(「「実質金利高止まり」論の不思議 − 超低金利なのに投資が活性化しない理由は?」)でも書いた通り、名目金利が下がらない状況下で「一般物価」でみたインフレ率が上昇することによる「実質金利の低下」が投資判断に本当に言われているほど強い影響を及ぼすのか、については疑念を持っているが、それはおいておくとしても、企業物価指数の記事にもあるように足元の物価上昇には円安を通じた資源等の値上がりによる部分が大きく、又BEIには消費税増税も織り込まれているはずで、こういった要因での「実質金利の低下」が投資増に直結するかどうかはやはり怪しいといわざる得ないえないだろう。

イールドカーブを引き下げる事は出来なくても、その上昇率をインフレ率以下に抑えつづけることさえできればそのうち稼働し始める余地はまだ残されているとも言えるが、逆に予想インフレ率が上昇してもそれにつれて長期金利も上昇すれば実質金利はそもそも下がらないわけで、そうなればますます「資産価格ルート」の一本足打法になる事になる。 


まあ実際には図中にある「資産価格ルート」以外にも、「円安による輸出増ルート」、そして浜田参与が主張されていた「(物価上昇+賃金停滞=)実質賃金の低下による企業の収益増ルート」といったそれなりには機能してもおかしくなさそうな波及ルートは残されてはいるし、宮尾氏が別の表(図表6)で指摘しているように「海外経済の正常化」や「米国長期金利の上昇」といった他力本願ルートも残っている。

ただ、残ったルートを見ると、これだと仮に成功するとしてもやはりトリクルダウンそのものだよなぁ、、というのが筆者の改めての感想である(まあ前からずっと書き続けている話ではあるが、、)。


[追記]
ちなみに金融緩和から資産価格上昇へと進むという景気回復ルートはグリーンスパン/バーナンキの下で進められたITバブル崩壊後の米国経済とそっくりだと筆者は考えているが、その悲惨な結末は誰もが知るとおりである。

しかし(筆者は何度も書いているが)意外と一般には知られていないのが、そもそもこの景気回復期間にまともに所得を増やしたのは上位1%程度に過ぎなかったという事実である。 殆どの労働者にとっては富のトリクルダウンは起こらず、バブル崩壊後の痛みだけトリクルダウンしてきたわけである。

参照: 「所得上昇なき景気回復」、「雇用なき景気回復」を経て「雇用なき株価回復」へ?