なぜ韓国はウォン安政策を推進しないのか?

ここの所の円安トレンドは韓国経済にも影響を及ぼしており、韓国からはアベノミクスの「為替操作」に対する非難が高まっている。

まあ今の為替水準は依然金融危機後に安全資産として円が買い進められて円高になった分が完全に巻き戻ったとも言えない水準であり、そういう意味ではとやかく言われる筋合いはない(但し安倍総理が為替水準への言及をしてきたという意味では脛に傷がないわけではない)訳で、幸いこの非難自体はそれほど国際的な支持を集めるには至っていないようだが、この点について興味深いのは韓国が対抗的な「ウォン安」政策を打ってこないことである。 韓国経済が好調でその必要がないのであればわかるが、実体は真逆で韓国経済は非常に悪い状態だというのが識者の一般的な見方のようである。 ではなぜ韓国は対抗的なウォン安誘導を行わないのだろうか?


一つの解釈は米国等からの為替操作に対する警告が効いていて、これまでのような為替市場への直接的な介入をできなくなったというものである。円安という格好の言い訳がある以上、少しくらいの警告でやめるとも思えないが、米国との自由貿易協定(FTA)にあるISD条項が効いているとの見方もあるようだ。 又、実際には為替介入を続けていたが効果がなかっただけとの見方もある。


しかし為替介入の有無以上により奇妙に見えるのは韓国中銀による通常の金融政策、つまり政策金利下げを通した景気刺激&ウォン安誘導がそれほど積極的に行われていないように見えることである。 韓国の政策金利は少しずつ下がってきたとはいえまだ2.75%もあり、日本や欧米と違って十分に下げる余地がある。また"公表値を信じるなら"インフレ率も全く問題ない水準であり、本来なら景気刺激とウォン安誘導の一挙両得を狙って思い切って下げていってもよいように見える。 実際に韓国の国会等でも金利下げ圧力が高まっているとの報道もよく見かける。 ではなぜ韓国中銀は金融緩和に踏み込まないのだろうか?


これについてはバブル等の様々な要素が考えられるが、筆者は韓国中銀が恐れているのは金利引き下げが海外資本の逃避&投機筋の攻撃による急激なウォン安の遠因となることではないかと見ている。 つまりアジア通貨危機の再現を恐れている訳である。

そしてその背景としてあげられるのは昨年末の「日韓通貨スワップ拡充の満了」ではないかと筆者は考えている。

中銀は投機的な通貨高誘導には(例えば日銀砲のような)強硬な対応策が打てても、投機的な通貨安誘導に対してはそれほど強い対抗策を持っているわけではない。 ファンダメンタルズ以上に通貨が売り込まれて経済に大きな影響が懸念されることになっても、それを強引に止める手立てというのは少ない。 もちろん外貨準備を利用しての通貨防衛というのがその手立ての一番手にくるのだろうが、韓国の外貨準備は規模こそ世界第7位規模となっているが、機動性に欠ける構成となっているようであり、いざという時にどこまでこれに頼れるかどうかは不明である。

ここ数年、この脆弱さを下支えしていたのは巨額の日韓通貨スワップの拡充であったがこれは昨年無事満了した。 この通貨スワップの満了については「日韓通貨スワップ拡充を満期で終了すべき理由について」というエントリーでも触れた事があるが、これが無くなったことにより、韓国は自力で通貨の信認の維持に注力する必要が生じており、そうでなければまたいつ投機筋の漁場とされてしまうか分からないということになる。


今の所、不幸中の幸いと言うべきか、北朝鮮事態によりウォン安がじわじわ進んでおり、少しは一服つけたのかもしれないが、同時に外資の国外逃避も進んでいる模様であり、ますます為替の不安定化が進んでいる状況=投機筋に狙われやすくなった状況と見ることもできるだろう。 批判的にみれば、これまでの安易なウォン安誘導による歪みが現れてきた状況と捉えることもできるかもしれないが、いずれにしても韓国中銀にとっては簡単な解決策があるわけでもなく、厳しい状況が続きそうである。


[追記]
ちなみに韓国経済については「季節調整済の失業率が3.2%まで下がってれば足下のインフレ率がどうであれ将来のインフレが恐くて利下げできないのはふつー、」で、つまり経済が悪いわけじゃないんだから「円安が嫌なだけでウォン安のために利下げする必要性に乏しい」との指摘を頂いたが、個人的には韓国経済が金利引き下げが必要ない状態だというのはかなり疑問。 IMFによる今年の韓国の経済成長率予測は昨年4月の予測値(4.0%)から大幅に下方修正されて2.8%にまで落ち込んできており、一方で足元のインフレ率(CPI)は1.4%と低水準なわけで局面的には利下げ方向であると考える方が自然ではないだろうか?  (そしてその上で韓銀が金融緩和にさっさと踏み切らないのは何故なのか?というのが今回のエントリーの趣旨になる)