財、サービスの「価格」の変化を持ってマクロ的「物価」を語るのは恥ずかしい事なのか?

コメント欄を眺めていたら、タイトルのような発言が目に付いたのでかなり昔に書いた記事(参照)の焼き直しになるが、この点について少し意見を述べてみたい。


まず、この手の主張が基盤とするところはおそらくは

供給ショックとは相対価格の変化であり,これと一 般物価の変動は別物であると主張されることがある。 その代表例は,石油危機が物価に及ぼす影響に関する フリードマンの説明である(Friedman (1975))。すなわち,石油関連商品の価格が上昇すると,消費者の予算制約が不変の下では,それ以外の商品の購入に割ける金額が減少する。その結果,石油関連以外の商品に 対する需要が減少し,これら商品の価格が下落する。 石油関連商品の価格上昇は石油関連以外の商品の価格下落により相殺されるため,全商品の平均値である一般物価は不変に止まることになる。これは,実物ショックは相対価格のみに影響し,一般物価は貨幣集計量で決まるという古典派的二分法に沿った考え方である
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/03j008.pdf

というような事であり、一言でいえば一時期リフレ派が喧伝していた「相対価格と一般物価は別物」という話であろう。


確かにいわゆる「マクロ的」な経済学が教えるところはその通りかもしれない。 テレビやパソコンが20%価格下落したからといってダイレクトに「物価」に反映されるわけではない。 しかしながら、現実の世界では特定の財・サービスの「価格」の変化ががある一定期間内に厳密に100%オフセットされるという保証もどこにもない。 

その一つの例は油価の高騰が物価に与える影響である。 原油の「価格」が全く物価に影響しないというような考え方が現実の全てをカバーしているとはとても思えない。


つまり現実問題として価格の粘着性が存在する中では特定の財・サービスが「価格」の変化が少なくとも短期的に「物価」に影響を与えるのは全く不思議ではないという事になる。 それが瞬時、かつ完全に吸収しきれる世界など空想上のものでしかないだろう。

但し、通常はこういった影響は一定時間が過ぎると、「物価上昇率」上は吸収されてしまう。 そういう意味では「相対価格と一般物価は別物」という見方が間違っている訳ではない。 但しこの「吸収」は、一時的に上昇した「物価上昇率」がもとに戻るというだけであり、この事象を含むある一定の期間の平均「物価上昇率」がもとに戻るという訳でもない。


では、特定の財・サービスの「価格」が長期に渡り一方向的に変化し続けている環境下ではどのような事が起こるだろうか? これを考察するのは簡単な事ではないが、少なくともその他の条件が同じ時、ある財の価格が上昇し続けていた国と下落し続けていた国では潜在的なインフレ圧力が異なり、前者の方が後者より高いインフレ率を維持し続けるであろうという予測はそれほど突飛な物とは言えないだろう。


最後に日本の例について少しだけ触れておくと、まず世界的なトレンドとして中国を筆頭とする新興諸国での製造業の発展により一部の耐久消費財は高い率での価格下落が長期に渡り続いてきた。 それに加え、日本では人口動態の変化に起因し、需要が大きく減り続けた財・サービスが存在し、それらの市場での価格下落も又、長期に渡り続いてきた。 この大きな二つの長期的なトレンドがどのような影響を日本経済に与え、そして「結果として」物価上昇率にも影響を与えたのか。 またこの「結果として」生じた物価上昇率のトレンドが逆にその後の日本経済に与えた影響はどのようなものだったのか? その過程で日銀が何ができたのか?何をすべきだったのか? それぞれの要素が非常に複雑に絡み合っている問題であり、これを一刀両断的に「マクロ的な物価は日銀の責任! 」とやってしまうのは運動スローガンとしては良いかもしれないが、それ以上のものでないのではないだろうか?


[追記]
又、この考察に関して言えば、最近流行のiPhoneのアプリなどの立ち位置も興味深い。 もしあるiPhoneのアプリが超大ヒットを飛ばし、世の中の人が「娯楽」に使っていたお金の1割がこちらにまわってしまうとどうなるだろうか? iPhoneのアプリ以外の娯楽業界には大きな価格下落圧力になるだろうが、需要が集中したからといってこのiPhoneのアプリの価格は変らないだろう。 下手すると更に下がっているかもしれない。この場合、総需要は同じであり、一方で個別の財・サービスで「価格」が上がったものは存在せず、下がったものは存在する、という状況が生まれる。 つまり需要の総量が同じ、或いは増加しながら物価が下がることは特にありえない話ではないという事になる。


(参照)
「相対価格と一般物価は本当に別物なのか?」
http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20110908/1315484884