「デフレ派」の主張 - 2

前回のエントリー(「デフレ派」の主張) に対して多くのコメントを頂戴したが、幾つか誤解がある、又は当方の説明に不十分な点があったようなので補足しておく。


コメントで多かったのは、「費用(リスク)があるというだけで、その費用が効果を上回るかどうかについては何も語っていない」と言うものだったが、これはそのとおり。 前回のエントリーは私がなぜ「費用>効果」と考えているかという事については殆ど触れておらず、主題はあくまで

  • 日銀やデフレ派は明らかにマクロ経済的に間違っており、デフレ下での(或いは不況下での)金融緩和は常に善である

というような単純化した議論・主張に対する反論であり、例えインフレ率が目標以下であったとしても更なる金融緩和には潜在的な費用(リスク)が存在する事について留意してもらうことを目的としたものであった。 よって金融緩和の是非が「費用が効果をうわまわるかどうか」で測られるべきという点が伝わっていれば、それ以上は求めていない。


その上でより突っ込んだコメントとしては費用と効果のバランスの中で、同じ政策に対してある人が「費用>効果」だと言い、ある人が「効果>費用」だというのは結局イデオロギーや好き嫌いを表明しているに過ぎないという趣旨のコメントも幾つか頂いた。

この点についても全く同意であり、筆者のエントリーでは、よく「筆者の嗜好から考えると」という類の言い回しを使っている。 この問題は究極的にはたとえノーベル賞を貰ったような経済学者であってもイデオロギーによるバイアスから逃れられないという事であり、以前にもこの点だけを取り上げて考察したことがある。(以下参照)


「経済学におけるイデオロギーとゲーム理論」
http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20110202/1296649722


その上で、何故筆者が個人的に(筆者の嗜好によるバイアスも加えた上で)「費用>効果」と考えているかと言う話も少ししておくと、まず筆者はリフレ政策にしろ、TPPにしろ、推進派の経済学者(特にマクロ経済学者)が作った予測をその理論だけを見て信じたりすることはあまりない。 理由は上記の通り、各経済学者のイデオロギーが入りこむ余地がありすぎるからである。

代わりに注視しているのが過去に同様の政策を取った国がどのような経緯を辿ったかで、リフレ政策(金融緩和政策)の場合は韓国やITバブル後の米国、英国、そしてバブル崩壊前の日本等がその対象となる。 その上で、これらの国で実際に起きたこととの整合性の高い説明を信じることにしている。(もちろん過去の事例の選択にすでにバイアスが掛かっている可能性や、バイアスのせいで他の要因で起こったことまで全て一つの政策のせいにしてしまっている可能性はあるが、それでも推進派が作るばら色の未来図よりは遥かに現実味の高い未来図がそこにはあると考えている。)


よってどんなに金融緩和をしても何も起こらないとかハイパーインフレが起こるとかという話はあまり信じていないが、その効果はリフレ派が喧伝しているほどではないだろうし、副作用も直接的なものから間接的なものまで色々と起こるだろうなぁというのが基本的な理解であり、その上で日本の現況を考えると効果が乏しいなら副作用を押してまでやる必要はないだろうと言うのが非常に大まかにまとめた場合の筆者の結論である。


ちなみにこういう事を書くと、決まって出てくるのが、「目の前にいる失業者や自殺者を見殺しにするのか?」というものであり、今回も同様のコメントを頂いたが、筆者が書いているのは単に「失業を減らす効用」と「インフレ・バブルというコスト」を比較しろと言うものではなく、「目先の失業者をほんの少し押し下げる効用」と「バブル崩壊等によって失業者が急増する潜在的なリスク」との比較と言う話である。 

また自殺者についても同様で、そもそも日本で自殺者が急増したのはバブル崩壊とそれに伴う金融危機が直接的な原因であると考えているし、実際に急増したのもデフレになった時期では無い。 以前のエントリー(「近年の自殺者数の急増についての考察」「近年の自殺者数の増加とデフレの関係について」)でも考察したが、日本で進んできた高齢化と高齢者程自殺率が高いという傾向を考慮すれば、今の自殺傾向は2000年代後半のデフレ期を通じて徐々にバブル崩壊前のレベル位にまで戻っている。 これを更に抑制するための策を打つことにはもちろん賛成であるが、それはセーフティネットの拡充やメンタルケア等で行われるべきで、金融政策で行うべきとは思わない。


あと、前回の自動車の例えについても幾つか面白いコメントを頂いた。まあ所詮ネタで、あまり精緻化しても仕様が無いわけであるが、せっかくなので頂いたコメントも考慮し、少し書き換えてみた。

今、多くの積荷や乗客を満載した一台のバスが霧が出て見通しの悪い坂道を登っている。

バスの運転手は前方を注意しつつそれなりに一生懸命アクセルを踏んでいるが、積荷が重すぎてなかなかスピードが出ない。 

この上り坂がどこまで続くかわからないが、終わった時には急な下り坂が待っているかもしれない。 このバスはブレーキの効きが悪く、下り坂では過去に何度も事故を起こしている。

そうこうしているうちにエンジンの水温計がじわじわ上がってきた。 一度オーバーヒートして大変な目にあったことのある運転手は気が気では無い。

後ろでは一部の乗客がもっとアクセルを吹かせといっている。 

バスをチューンアップすりゃもっと早く走れるし、乗客や積荷を降ろせば負担も減るけど、どっちも簡単にできるわけじゃない。

なんか交代の運転手(助手)は「時間内につかなきゃ助手を辞める(キリ」とか言ってるけど、それってどうなの??

という感じか。 安全運転第一で行って欲しいんだけどなぁ、、