「デフレ派」の主張

「リフレ派」という言葉は既に完全に市民権を得た感じであるが、最近ではそれに反対する人々のことを「デフレ派」と呼ぶ人が結構いるようだ。 単にリフレ政策に反対と言うだけの意味であれば筆者も「デフレ派」だと思うが、Twitter等で見た感じ、かなり誤解、ないし曲解があるように思われるので、”筆者視点からの”デフレ派の主張をかんたんにまとめてみたい。


リフレ政策に限らず、ある政策に反対する理由は普通ならその政策から得られる利益がその政策の費用(リスク)を下回っていると評価している事に集約されるはずである。


リフレ政策から得られる利益について言えば期待インフレ率を押し上げることによって 実質金利を低下させ、投資を促進するというものが代表的なのだろうが、ゼロ金利下でこれを効率的に行えるかについては様々な議論がある。この辺りを極論して「ゼロ金利下では金融緩和は全く無効だ!」みたいな事を一部の「デフレ派」が主張するので話はややこしくなるが、日銀が行っている時間軸政策等も考えると少なくとも一定の効果はあると考えるのが妥当と思われる。 

但し、その効果は恐らく逓減的であり、金融危機時の流動性供給を目的とした金融緩和については「効果>費用」であるという一定のコンセンサスはあっても、日本のように既にゼロ金利まで緩和を進めており僅かにデフレではあるがデフレスパイラルに陥る恐れは少なく失業率も回復傾向にあるような状況での更なる量的緩和が「効果>費用」であると言えるのかについてはコンセンサスがなく、本来であればこの効果/費用の評価が問題の焦点となるはずである。 


一方の費用(リスク)について言えば、その代表的なものは(1) 将来的な高インフレ懸念と(2)資産バブル懸念である。


「(1)将来的な高インフレ懸念」については「デフレの時に高インフレを心配するのはナンセンスだ」、「インフレが上昇しそうになればその時に引き締めればいいだけだ」というような意見が多くみられるが、「デフレ派」的には本当にそんなことが言えるか?と疑問に思わざる得ない。

先日のエントリーでも引用したが、どう考えても「デフレ派」とは思えないグリーンスパンFRB議長(当時)も

中央銀行が貨幣――多くの場合ハイパワードマネーだが――を創造し続けているにも関わらず、物価水準が下落を続ける、と信ずべき長期的な可能性は存在しない。そうしたことが起こるとはまず信じられない。
しかし我々は、スムーズかつ非不連続的な方法でそれを逆転させることができ、その変化はディスインフレ状態の金融システムから穏やかなインフレ状態の金融システムへの転換といった形で現われる、と想定している。それが本当だったら良い、と私も思う。その点を明示的に確認せずにこの席でそうした話がなされていることは私には分かっている。私はその点について証明した人を誰も知らないし、そうした現象が実際に起こるまで本当かどうか分からないのでは、と考えている。

と指摘している。金融緩和で莫大に積みましたハイパワードマネーが不連続的な貨幣流通速度の変化によって一気に物価上昇を引き起こさないという保障はどこにもないということである。


「(2)資産バブル懸念」については、一時は「金融緩和と資産バブルの関係は明らかでは無い(キリ」とか「たとえ関係があったとしても資産バブルは他の手段で規制すべきである(キリ」みたいなのが安直なテンプレ化していたようだが、これも「デフレ派」的には全く懸念を払拭してくれない。

行き過ぎた金融緩和と投機の過熱、資産バブルとの関係は別に「デフレ派」だけが主張している話ではない。例えばリフレ派の教祖的な存在になっているバーナンキFRB議長も先日の会見で、バブルについて

(バブルは低金利)政策に伴うコストであり、非常に真剣に受け止めている。FRBは不適切な可能性のある価格に目を向け、実際に不適切かどうか、またどの程度か、不適切な価格であるならどのような危険が生じるかを検証する。
(低金利政策を)とらなかった場合はどうなるだろうか。低金利には正当な理由がある。しかし、実際にこうした価格によるコストが十分大きいと判断した場合、当然考慮する必要がある。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTJE91Q01620130227?rpc=188&pageNumber=3&virtualBrandChannel=13621

と述べており、資産バブルリスクを金融緩和のコストの一つと認識していることが分かる。一方で、バーナンキ議長は

 その上で、現時点でこうしたリスクは重大な様相は示しておらず、FRBは適切な時期に金融緩和を巻き戻すために必要なあらゆる手段を備えていると言明。

 「この点においてわれわれは、一部金融市場でのリスクテークの高まりに伴う潜在的なコストが景気回復の促進や雇用創出の加速という効果を上回っているとはみていない」とした。
http://jp.reuters.com/article/treasuryNews/idJPJT829753220130226

とも述べており、そうは言っても米国の場合は効果が潜在的なコストを明らかに上回っておりFRBの量的緩和政策は正しい、と主張している。


このバーナンキ議長の主張が正しいのかどうかはより長期で見てみないと分からないが、少なくともバーナンキ議長は今の金融危機の引き金となった住宅バブルが進行していた期間、グリーンスパンと共に米国の金融政策を主導していたわけで、一度は「リスクの重大な様相」を見過ごし、コストと効果のバランスを大きく見誤った実績?がある。 今回は正しければ良いが、そうでないなら一時的には景気が好転しても遠くない将来に又混乱が待ち受けていることになる可能性(つまりITバブル崩壊からサブプライムバブル崩壊までの軌跡の再現となる可能性)も否定できない。


又、「たとえ関係があったとしても資産バブルは他の手段で規制すべきである」について言えば、その「他の手段」が既に十分に講じられているのか? その手段が資産バブルを抑制できると信じられる根拠があるのか?については何も触れていない以上、実体のない意見にすぎない。


同様に「不況時にバブルの心配をしてもしようがない、」というような意見も不十分で、現実には不況の真っ只中にいるイギリスでも英中銀のキング総裁が以下のような警告を発さないといけないような状態になっている。不況であっても低金利が継続すると言う予測が広く行き渡れば、リスクの高い投資、或いは投機、は容易に誘発されうるという事である。

イングランド銀総裁、リスクの高い投資に警告

イングランド銀行(英中央銀行)のキング総裁は15日、英国経済の勢いが弱い中で投資家が懸念されるほどにリスクの高い投資を行っており、銀行はまだ金融危機の影響から回復できていないと警告した。

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同総裁は、経済活動の水準が完全な状態を大幅に下回っており、銀行システムは限界の状況にある中で、景気回復を確認するための手段を見つけるのは困難だとし、「回復の弱さに、リスクが完全に織り込まれていないような方法で利回りを求めようとする姿勢が重なることは、気掛かりな状況だ」と付け加えた。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE90F01720130116


他にも「金融政策は一般物価の安定に専念し、バブルは崩壊するまで放置する。崩壊後、デフレ予防の大胆な金融政策を展開する」という、いわゆる「後始末戦略」的な主張も以前は多く見かけたが、流石にこの主張は現在進行形のバブル崩壊の深刻な後遺症を目の当たりにして、一時的に下火になっているようである。



最初に戻ると、結局の所「デフレ派」の主張は日本における更なる金融緩和の追加的な効果は既にその潜在的な費用を下回っているのではないか?ということに集約される。

日本がデフレであるかどうかは金融緩和の効果と費用を評価する際に考慮すべき要素の一つではあるが、デフレであろうがなかろうが効果が費用を下回っていればその政策は採るべきではないことには変わりない。そしてこういった「金融緩和慎重派」はデフレに陥っていない国にもいくらでも居るし、実際に金融緩和を進めてきた欧米各国の中銀の委員・理事の中ですらこれ以上の金融緩和は大きな効果が期待できない一方で過度にリスクを高めるだけだ、という類の考えを公言する人間もいる。それらを無視して金融緩和に反対する人々をデフレを歓迎しているかのように「デフレ派」と呼ぶのは物事を単純化して自説の正当性を主張しようという意図があるように筆者には感じられるのである。 


[追記] ちなみにネタであるが、「デフレ派」でググっていたらこちらのサイトで以下のような面白い説明を見かけた

高速道路でアクセルを踏んだら加速が止まらなくなるからアクセルを踏まないで低速で走れって言うのがデフレ派。制限速度(目標)も決めたくないし、スピードメータ(物価指標)も見たくないって言うのがデフレ派。

これはある意味かなり的を射ているように思うが、制限速度は普通は「上限」速度だし、仮に「目標」速度だとしてもスピードメータを見て「目標」速度以下だからってアクセル吹かすなんてのは事故の元になるとしか思えない。 「デフレ派」的に書き直せば

スピードメータでもバックミラーでもなく「前方」を注意深く見て安全運転してくれとバスの運転手(日銀)に要求しているのがデフレ派。乗客を振り落としながらパーティーに急いでいる隣のバスの運転手(FRB)をうらやましがって、もっとスピードを上げろと要求しているのがリフレ派。

という感じになる。 デフレ派的には効き目の怪しいブレーキしかないのにスピードメータばかりに気をとられて過去に何度も事故を起こしてるバス会社なんて本当は使いたくないけど、バスに乗らないという選択肢は存在しないんだよね、これが、、、、

#あと、乗客の一部が面白がって「超加速装置(財政ファイナンス)」と書いてある赤いボタンを押せ押せとうるさいが、それだけは絶対押すなよ。 それは自爆装置だからな、、