人口問題とデフレについて - どこに問題を設定すべきか?

夏休み明けで幾つか書こうと思っていたネタがあるのだが、まずは何度か考察してきた人口問題とデフレの関係にについて、yutakarlson104氏より「まともな経済理論では、デフレは人口減少と全く関係ない」とのコメントを頂いたので、紹介された「まともな経済理論」について考察してみる。


以下の図はyutakarlson104氏より紹介いただいた御自身のブログ(参照)の中でインフレ・デフレが起こるルートとして説明につかわれているものである。




http://yutakarlson.blogspot.jp/2011/10/blog-post_26.html


単純にいえば「景気が悪化するからデフレになり、デフレを放置すれば景気がさらに悪化する(或いはその逆)」というのがこれらの図が示唆する所と言えるだろう。これはスパイラル的なデフレ・インフレへの「まともな経済理論」ではあるかもしれないが、この「まともな経済理論」がそのまま日本のケースに当てはまるかどうかは疑問である。


デフレを日本経済最大の問題とする見方からすれば日本は(日銀のせいで)バブル崩壊後ずっとデフレで不況なのかもしれないが、そもそもこの期間中ずっと個人消費が減り続けたわけでも、企業収益が下がり続けたわけでも、失業率が悪化し続けたわけでもない。 実際に物価上昇率がマイナスだった1999年から2005年頃だけを見てもその後半に関してはむしろ景気回復期であった。 また実質経済成長で見れば、2000年代の日本の成績は他の先進国に比べてそれほど劣っていたわけでもない。

上掲の図ではデフレが進行しつつ個人消費が維持され、企業収益が伸び、それなりの実質経済成長を達成するというようなケースはカバーできてないし、逆についても同様で、この図のロジックは景気が悪化しながらインフレ率が上昇する、いわゆるスタグフレーションについてもカバーできていない。 日本の現実と違う図解を示されて「まともな経済理論ではこうなるはずだ」と言われても、「そうなっていないんですよ、、」としか言いようが無い。


又、文中でフリードマンを引いてきているのはマネタリスト的な視点でインフレ・デフレを理解しているという事かもしれないが、デフレ期の日本においても貨幣量の伸びは名目GDPの伸びを大きく上回り続けていたという現実をいかに考えるかという問題についても触れられていない。


この辺りについてはブログでは書いていないだけで当然まともな経済理論の中では完全にカバーされているという話かもしれないが、そうであるとすれば、そういった本質的な問題に触れずに上掲のような簡単な説明だけであたかもデフレが日銀の責任なのは自明だ、というような論陣をはるのは問題があるのではないだろうか?


話をもとに戻して人口問題がインフレに影響を与えるかどうかについて言えば、筆者は「他の条件が同じであれば」間違いなく影響を与えると考えている。 よってこの点について問題を設定するのであれば、

  • 人口問題とインフレは全く関係ないのになぜ日銀は関係があるかのように説明し、必要な金融緩和政策を実施しないのか?

ではなく、

  • 人口問題がインフレに与える影響(ディスインフレ圧力)は金融政策でオフセットできるのか? できるとすればその手段となる金融緩和政策の費用と効果はどのようなものになるのか?

であるはずだと考えている。
もう一点付け加えれば後半については「とにかくインフレ率を上昇させるべきだ!」みたいな主張は意味がない。 それに繋がりうる具体的、個別的な金融緩和政策について考えないとその費用(デメリット・リスク)の評価はできないからである。 


例えばインフレ目標政策は長期的には効果がある可能性はあるし、目標を設定する行為自体にはそれほどデメリットがあるようにもみえない。 しかしこの政策の問題は現在日本がおかれている状況は目標を設定するだけで効果が期待できるような状況ではないという点にある。目標を設定することによって「期待に働きかける」というようなフレーズもよく聞かれるが、そもそも期待に働きかけないでも直接的な効果があるような政策手段がなければ「期待に働きかける」ことによって流れを反転させることはできない。 そして、以下にあげるような直接的な効果が期待できるような政策手段は各々デメリットがあるわけであり、一部の論者が言っているようにインフレ目標政策を採用することが、目標達成の為にあらゆる政策手段を無制限に使うことをコミットするということであるなら、この政策採用のデメリットは、直接的な政策手段を目標達成まで無制限に使うことのデメリットと同じであり、看過できないリスクがある事になる。 (逆に目標を設定するだけで、個別の政策手段は各々リスクを勘案しながらやります、というのであればリスクも低いかもしれないが大した効果も得られないだろう。)


現状で可能な直接的な政策手段としてはいわゆる「量的緩和」があげられる。 ただ、これも既に日米辺りでは追加で期待できる効果は限定的といわざる得ない。 筆者は「量的緩和」を金融危機後の緊急回避的な政策手段としては評価している。 金融危機が一旦起こってしまえば、それが国民にとって不人気な政策であったとしても何らかの形での「公的資金による金融システム(銀行)救済」が必要であり、いわゆる「量的緩和」は金融システムの短期的な安定化には有効な施策であることは間違いないだろう。

しかし、一旦金融危機が納まった後はそれほど多くを期待することはできない。 結局、量的緩和は金融システム(銀行)にお金を流し込むことはできても、そこから先にどれだけ流れていくかまではコントロールできないし、場合によってはその資金が投機に流れ、バブル的な資産価格の高騰を呼び、次の金融危機の種を蒔く事になりかねない。 現在の日本のように銀行の経営がひとまず安定し、収益も十分に上げている状況下では単なる量的緩和の規模の拡大はアナウンス効果以上のメリットはないのではないか。


金融政策だけではなく財政政策を活用するというのも一つのオプションではある。 しかし日本は膨大な累積債務を抱えており、目先の「景気刺激」や「雇用維持」を主目的としたような財政出動はメリットよりデメリットの方が高いように思われる。 本来であれば通常時に均衡的な財政運営を維持し、ここぞという時に財政出動することができれば望ましいだろうが、理想は理想として、現実には積みあがってしまった累積債務は無視することができない。


その他の手段としては日銀による外債の購入があげられるかもしれない。 これを金融政策と呼んでいいのかどうかは微妙な所であるが、やるとすればこれがもっとも効果があるのではないかと筆者は考えている。 以前にも書いたが、現在欧州で進行中の国債危機はもし日中辺りが手を組んで外部からドカンと資金を突っ込めばかなり改善される可能性がある(逆に内部からの事態の抜本的な対策は非常に難しい)。

日銀がそういったリスクをとってよいものかという問題はあるが、これら国の国債の金利は日本国債とは比べ物にならないほど高いし、リスク回避で円高になっていることも考えると、日本の外債購入により事態が改善されれば金利と為替の両面でメリットが得られる可能性も高い。 又、世界経済が上向けば当然日本経済の後押しにもなる。 為替介入の一種と見られる可能性もあるが、円安誘導の為の為替介入と異なり、そのメリットは自国の輸出産業だけに留まらない訳であり理解も得られやすいだろう。


それ以外の「政府紙幣一兆円!!!」みたいな話はまあ実行に移される可能性も無いし、検討する意味も無い。 一応書いておくと、実行に移される可能性が無いのは政局的にどうこうとかいう話ではなく、その懸念されるリスクが大きすぎて話にならないからである。


ちなみに筆者は何らかの政策が功を奏して日本で景気が好転してデフレを脱却したとしても、日本だけが好況&適正インフレを維持できるようなシナリオは難しいと考えている。 景気はともかく、インフレ率については日本が他の多くの先進国のインフレ率を下回る状態は簡単には変わらないだろう。 (ちなみにこれが変わるとすれば円に対する「日本人の」信任が大きく毀損された時で、その時には非常に大きな危機が襲ってくる可能性がある。)


まあ個別の金融政策のメリット・デメリットについては様々な見方があるだろうが、何れにしろ「金融緩和政策の実施が善なのは"まとも"な経済理論では明らかであるのに、なぜ日銀はこの明らかなことをやらないのか?」という問題設定をしてしまうと「打倒!日銀コミンテルン」というような無益な(一部の人々の商売的には有益な?)方向に議論が収束してしまう。 日銀、金融政策以外のインフレ要因がある事を認めることは別に金融政策の無効性を認めることと同じでは無いわけで、一部のリフレ派が運動的なプロパガンダとして「お金を刷れば全てよくなる」というような説明で日銀陰謀論を展開しているのは一部の熱狂的な信者を集めるのには役に立っても結局の所広範な支持を集めるに当たっては有害なものにしかならないだろう。