「人口デフレ論」について需要面から考えてみる (2) - 建設投資の推移

前回のエントリー(「人口デフレ論」について需要面から考えてみる)では、少子高齢化による人口増加率の減退は人口が減少する前の段階で、住宅需要へ影響を与え始める可能性があるということについて単純化したモデルをベースに考察したが、今回は実際に住宅需要の減少がどのように推移したかを見てみる。


まず、新設住宅着工戸数の推移。


http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h21/hakusho/h22/data/html/ks008040.html


細かく見れば景気や税制等の影響が見て取れるが、トレンドとしては昭和62年をピークに減少傾向にあり、平成20年にはピーク時の6割未満になっている。 同期間には住宅の耐用年数が伸びたり空家率が上昇したり核家族化が進んだりといった要因もあり、これが即人口増加率の減退によるものとは言えないが、単純に考えて現時点でピーク時の新設住宅着工戸数170万件超のニーズが量的にあるかと言えば、疑わしいだろう。 


ちなみに「デフレだから誰もお金を借りたがらないのが原因だ!」みたいな話もデータにあわない。サラリーマン世帯(非単身)の中で住宅ローンを抱えている割合は過去最高水準らしいし、また持ち家率も90年代後半から2008年頃までは上昇し続けていた。(参照:図表1 http://diamond.jp/articles/-/12722

この上昇の主たる要因は少子高齢化によって持ち家率が高い高年代の世帯が全体にしめる割合が増えていることと考えられるが、それに加え30歳代以下の世帯主年齢の層でも持ち家率が上昇しているとのデータ (参照::図表2 http://diamond.jp/articles/-/12722)もあり、上述の住宅ローン保有率の話と併せて考えると、特別減税や低金利等による住宅投資需要の掘り起こしが一定の効果をあげたうえで、なおこれだけの新築住宅建築数の減少になっていると考えるべきだろう。

またそもそも自分で家を建てない人でもホームレスでもないかぎり家は必要であり、新設住宅着工件数には当然そういった人が住む賃貸物件も含まれているわけで、その長期的なトレンドが人口動態に左右されることは明らかに思われる。


次に投資額という観点からこの推移を見てみる。


http://www.s-housing.jp/archives/13602


[建設経済研究所]


住宅投資は減退トレンドを示しており、景気の影響もあるとはいえ平成23年度の民間住宅投資額はピーク時の半分以下になっている。 

この数字ももちろん無視できない数字であるが、建設投資全体を見ればさらにその影響は大きい。

住宅投資以外の建設投資は必ずしも住宅に関連するものばかりではないものの、土木に含まれる住宅需要と直接的に関連する土地の造成・埋め立て等はもちろん、インフラ整備なども当該地域の人口の増減など将来的な需要を予め見込んで行われる訳で長期トレンドとしては人口成長率に連動すると考えられる。

いずれにせよ92年にはGDPの17.4%を占めていた建設投資がほんの20年足らずで9%程度にまで減少したわけであり、その経済成長に対する影響は非常に大きかったと言えるだろう。


この建築投資の推移が労働市場に与えた影響については少し古いが08年の国土交通白書掲載の下図が分かりやすい。 建築投資がピークアウトして以降も97年頃までは就業者数は増え続けたが、その後大きく減少し07年の時点ではピーク時(685万人)から凡そ130万人減の552万人となっている。日本の労働力人口は6600万人程度だからざっくり言ってその2%程度の雇用が一つの業界から消えたわけである。



http://blog-imgs-31.fc2.com/e/n/g/engineerplanner/20081129075841.gif


最後に公共事業の減少がこのトレンドを後押ししたことについて触れておくと、90年代の日本では政府建設投資のGDPに占める割合が6%超と他の先進国の2〜3倍の水準だったが、その後急激に減少し他の先進国と同水準(3%台)にまで落ちてきた。(参照:http://www.sato-nobuaki.jp/report/2012/20120522-001.html)。

この水準が適切かどうかは判断が分かれるところだろうが、少なくとも単純に増減率や足元の数字だけ見て高いか低いかという議論は意味がない。日本は過去数十年にわたって他の先進国よりはるかに多い公共投資を続けてきたわけであり、インフラ等は他国と比べても全体としてみればはるかに整備されている。むしろ人口動態を考えると今後も人口増加の見込みがない地域にまで基礎的な土木工事は既に行き届いているような状態と言える。もちろん既存インフラのメンテナンスや防災工事も含め必要な公共投資が無くなることはないし、どのような公共事業であってもそれによって効用を得る人間がいることも確かだろうが、だからといって政府債務の問題を考えるとどんどん公共投資を増やしていける状態でもない。


建築投資が大きく減少してきたことが建築業界に苦境をもたらしているのは間違いなく、又、GDP及び雇用の大きな部分を占める建築業界の苦境が日本経済に負の影響を与えている可能性も非常に高い。しかしこれが少子高齢化という大きな長期的トレンドによるものであるなら、その影響を住宅投資刺激策や公共事業などで補うことは限界があり、根源である「少子」問題への対策を行う事以外の対策は結局のところ問題の先送りにしかならない。またそもそも人口減少により住宅需要が減少しているということは裏を返せば多くの人にとって生涯年収のかなりの部分を住宅購入に充てなくてもよくなったという事でもあり、そういう意味ではストック的な豊かさは増しているとも考えられる。


過去のエントリーの繰り返しになるが、いずれにせよ人口問題のような趨勢的な問題に対しては目先の対策はよくて時間稼ぎにしかならず、しかも時間を稼いでいる間に事態はどんどん進展していきいざ抜本的な対策に取り掛かるときの痛みを更に大きくする。 累積債務や財政赤字、更に将来的な社会保障費の増加見込み等を見ても今の日本は既に時間稼ぎをやりすぎた状態であり、抜本的な対策にすぐにでも着手しなければいけない時期に来ているはずである。