「人口デフレ論」について需要面から考えてみる

前回のエントリーでは統計データに見られる相関関係の解釈の観点から「人口デフレ論」に触れたので、今回はなぜ人口減少がデフレ要因になりうるのか?という観点から「人口デフレ論」について考察してみたい。(まあ内容は昔のエントリーの焼き直しだが、、)


ちょうど「小峰隆夫教授による「人口オーナス」と「人口減少デフレ説」(藻谷浩介氏)の違い」というtogetterが注目されていたので引用して見ると、人口デフレ論に対する否定的な意見としてよく見られるものの一つは以下のようなものだろう。

岡山で「人口オーナス下の日本経済」の講演。人口減少と市場規模について「人口減少は年に0.5%前後なのだから、一人当たり所得の伸びがこれを上回れば市場規模は縮小しない」と説明。現場の経営者の方はこれに納得せず「現に縮小しているではないか」という質問。
http://togetter.com/li/314041

つまり人口が減少しているといっても今の所高々1%以下なんだから、その影響による市場規模の縮小もその程度に収まるはずだという物である。

しかし筆者の理解では、これについては現場の経営者の方が正しいのでは無いかと思う。


現代の先進国においては人口減少は「少子」によって引き起こされる。 これが「高齢化」と合わさると、人口減少は「人口増加率が徐々に減退し、やがて1を切って絶対数としての人口減少へと突入する」というプロセスを経て実現することになる。 人口増加率の推移を見る限り、過去数十年の日本はまさにこの期間にあたっていたと言ってよいだろう。


では人口増加率が減退し始めてから本格的に人口減少に至るまでの期間に何が起きるだろうか?

この期間、絶対数としての人口自体は増え続ける。しかしその増加速度はどんどん緩やかになり、更に将来的にはマイナスになることがほぼ予期できている。


ここで住宅投資を考えてみる。 ホームレスでもない限り人間が生活するには何らかの形で住宅が必要なわけであり、総人口が増え続けていれば、住宅の総量も増え続ける必要がある。 又、日本における住宅の耐用年数は30年程度だからざっくり言えば既に存在する住宅の1/30程度の量は建て替えを必要とする。

つまりある時点での住宅の総量が100、人口増加率が1%だとすれば、100 x 1%(新築) + 100 x 1/30(建て替え) で、毎年 4.3 程度の住宅建築需要がある事になる。

これが人口増加率 0%になればどうなるだろうか? 単純計算すれば 4.3 の需要が3.3へと20%以上減ることになる。しかもこの場合人口増加率は0%なので人口はまだ減少すらしていない。 更に言えば古くなった家の建て替えも子孫へと受けつぐことが一つの動機なのだろうから、受けつぐ子孫がいなければ建て替え需要も減退するだろう。 逆に核家族化は人口当たりの必要住宅数を若干増やすかもしれないが、当然限界がある。


同様のことは多くの耐久消費財に当てはまる。 冷蔵庫だの洗濯機など一家に一台的なものは住宅と歩調を合わせて市場が縮小する。つまり人口減少の割合が小さかったとしても人口増加率が減退している期間においては人口減少の率以上の市場の縮小が起こるのは全く不思議では無いことになる。 

以上は非常に大雑把な考察ではあるが、実際に平成以後の日本の国民所得の内訳を見ても、消費自体は殆ど減っていない一方で、住宅投資は長期的なトレンドとして減少を続けている。 そして物価上昇率を個別に見れば、耐久消費財のそれは非耐久消費財のそれを下回り続けている。(参照:http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20110117/1295304810


ちなみに上記のように考えると、小峰隆夫教授が指摘(以下参照)されている人口減少下の日本において「長期的に人口面から想定される労働力・貯蓄不足が現時点ではまったく逆(労働・貯蓄過剰)」となるのも不思議では無い。

内容的には、①藻谷さんは需要サイド、私は供給サイドから接近していること、③藻谷さんは短期的にも既に影響が強く現れているとするのに対して、私は人口問題は長期的な問題と考えていることなどです。まあ、いろいろな角度から人口問題が議論されるのはいいことだとは思いますが。


需要サイドからの「デフレの正体」が受け入れられ、供給サイドからの私の本が売れないのは、長期的に人口面から想定される労働力・貯蓄不足が現時点ではまったく逆(労働・貯蓄過剰)だからかなと考えたりしています。


人口減少に先んじて人口増加率が減退している期間は、労働人口は増加しつづける一方で耐久消費財等の一部の市場は縮小する。 しかも高齢化で高齢者の就業率は上昇しており、これも労働力過剰への圧力として働く。 一方で上記のように住宅等への「投資」需要は減退するので(経済のどこかでは)貯蓄過剰となるわけである。


ちなみに市場が縮小し、労働力・貯蓄が過剰となるからといって必ずしもデフレになるわけではない。 日銀がヘリコプターでお金をばらまき続ければそもそもデフレになりようがないし、そこまで極端なことをしなくても縮小した市場分だけ公共投資を増やしたり労働力が過剰になった分だけ公務員を雇ったりすればその需給への影響は「短期的には」抑えることができる。 

しかし少子高齢化で趨勢的に低成長下していく経済の中で、目先の需給を過度に重視した政策を打ち続けることは無責任だし、そもそも(景気循環ではなく)趨勢的なトレンドに対して景気刺激を打ち続けるのは持続可能とは言えない。 少子高齢化による潜在的な経済へのマイナス分をおかしな対策で打ち消そうとするのではなく、少子高齢化に対応した経済・制度へと構造的に変えていくことが遠回りに見えても今すぐ必要な対策なのではないだろうか。