安定、投資、そして回復に向けて必要なこと

注目のギリシャ選挙を週末に控え、様々な予測が飛び交っているが、それに先立ち、アイルランドではEU新財政協定批准に関する国民投票が5月31日に実施され、財政規律の強化を義務づけるEUの新財政協定が6割を超える賛成票を得て、同協定が批准されることとなった。


アイルランド国民投票 EU財政協定批准 「緊縮」賛成6割
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120601/erp12060123450002-n1.htm


アイルランドは過去に国民投票でリスボン条約を一度否決した実績があるだけに、今回の投票は注目を集めていた。他の欧州諸国と同様にアイルランドでは緊縮財政に対する不満も高まっているとされていただけに、或いは否決されるのではないかとの憶測もあったが、結果として国民は現政権の緊縮路線を支持したことになる。

タイトルの「安定、投資、そして回復に向けて必要なこと」は、アイルランドが行ったキャンペーンのキャッチフレーズ(「VOTE YES for INVESTMENT, STABILITY, RECOVERY」)で、この期間アイルランド(ダブリン)を訪れた人なら間違いなく目にしたと言えるほど、町中に貼ってあった。 多くの人々はたとえ今が苦しくても、長期的にみて「安定、投資、そして回復に向けて必要なこと」が緊縮の堅持であるという考えを受け入れたという事になるのだろう。


一方で、アイルランドが取っている緊縮による難局の打開策は一部の人々にとっては非常に評判が悪い。 「不況下で緊縮しても状況は悪くなる一方であり、自殺行為だ!」というのがそういう人々の考え方の背景にあるわけで、「緊縮策の成功例」の存在は一部の人々によるプロパガンダ以上のものでは無いというわけである。

その代表的な論者はおなじみの?クルーグマンで、彼はアイルランドに加え、緊縮策の模範的な成功例とされるエストニア、リトアニア、ラトビアの成功をある種の誇大広告だとDisっている。 それに対し、エストニアの大統領が怒りのツィートを炸裂させたのはニュースにもなった。  

「エストニア大統領が怒りのツイート、経済批判のノーベル賞学者に」

ブログの中でクルーグマン氏は、エストニアの2008―09年の経済成長低下を「恐慌レベルのスランプ」だと指摘。同国経済がいまだ回復途上にあるとし、「全く回復しないよりはましだが、これを経済的勝利と呼べようか」と書いていた。

これに対しイルベス大統領はツイッターで、クルーグマン氏を暗に「うぬぼれ屋」と呼び反発。「ノーベル賞受賞者が尊大にもわが国を『不毛の地』と言い切っていいものか」と批判した。大統領府側もこれらのコメントがイルベス氏によるものであることを確認した。

http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYE85A03420120611

記事の中では「うぬぼれ屋」となっているが、オリジナルは「smug, overbearing & patronizing (独善的で、傲慢、そして横柄)」であり、なかなか痛烈である。


エストニア大統領によるクルーグマン評の妥当性はともかく、緊縮策を取ったこれらの国々の現状は実際の所「経済的勝利」と呼べるものなのだろうか?


以下の表はこれらの国々と、現在進行形で財政危機に苦しんでいるギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアの経済成長率と失業率を比較したものである。(2012/13の予測は5月時点) 



確かに経済が好況に沸いているという状況では無いことは間違いないものの、これらの緊縮派の国々は(欧州金融危機の余波を受けつつも、)「回復の途上」にあることは間違いなさそうである。 特に失業率の推移・予測を比較すると前者と後者は明らかに違う傾向がみられる。しかも、この予測は現在ギリシャからスペイン、イタリアに広がろうとしている危機を織り込んでおらず、その差は現時点ではもっと開いているはずである。



ここで重要なことは、この緊縮派の国々は、緊縮的な姿勢を維持しつつ「回復の途上」を歩んでいるという事である。 拡張的な金融・財政政策の下で一定の回復を作り出すことは多くの場合それほど難しいことでは無いが、それは持続性に問題があるし、経済のひずみをもたらす事も多い。 強い薬を呑み続けている間だけは一時的に元気になっても、薬をやめればとたんに体調が悪化するような状態を本当の「回復」とは呼べないだろうし、その様な事を続けていればいつかは薬の副作用でもっと不健康になりかねない。

一方で緊縮的な姿勢を維持しつつ自律的に回復が進む状態は、より頑健であり、持続可能なものである。 確かにこれらの国々は「経済的勝利」を完全におさめたとは言えないかもしれないし、緊縮を行ったことによって過去数年の経済成長が抑制された可能性もある。また財政危機についても、それを完全に克服したとはいい難い国もある。 しかし緊縮によって現実に難局を乗り越えつつある国々が存在することは、少なくとも「不況下での緊縮策は破滅への片道切符だ!」的な主張が必ずしも正しくないことを示している。


アイルランド国民は緊縮での経済の安定・回復を目指す道を選んだ。 ギリシャ国民の判断はどのようなものになるだろうか?