名目値が本当に重要なのは経済成長率より失業率ではないか?

現在、日本の失業率は他の先進国と比較すれば十分に低い水準にあり、さらに低下しつつある。 これはデータを見れば明らかな「事実」である。


この日本の雇用の現状は、失業率が高い水準にありしかも上昇傾向にある英国等とは比べるまでもなく、また下落傾向にはあるもののやはり依然として高い水準にある米国と比べても、普通に考えれば非常に良い状況と言えるはずである。 また近年注目されることが多い若年層失業率を見ても、日本は他国より水準としても低いし、その増加率も高いわけでは無い(参照:若年層失業率の増加とデフレの関係について


ところがこういった数字を無視して、何がなんでも日本の雇用状況は諸外国と比較しても最悪であると主張したい人がネットでは多く見られる。 何度も取り上げてきたが、いわゆるリフレ派の多くもその仲間である(注1)。 日本は日銀(或いは財務省)のせいでデフレ状態にあり、よって経済も雇用も最悪なはずであり、それに反するデータは間違っている、もしくは他国と比較できないものである(キリ という論法だと思われる。


そもそも彼らが日本が完全雇用をほぼ達成していた時期も含め10年以上にわたって唱え続けてきたという主張では「日本が諸外国と比べて最悪な状態であり」かつその理由が「人口動態でも、又各個人・企業の能力でもなく政府(日銀・財務省)の施策(或いは陰謀w)によるもの」であるということを大前提として喧伝しつづけてきており、これらの前提を揺るがすもの、つまり「実は日本の経済状態は(少なくとも他の国と比較して)とりたてて悪いわけじゃない」だったり「日本の経済状態が悪いことのかなりの部分が人口動態によるものである」といった主張は全く受け入れられない。


まあそれはともかく、日本の失業率の水準が低いことについては日本の雇用システムがその要因であるという事は別に否定しない。 日本は諸外国と比較し"相対的には"従業員を解雇しにくい社会であり、正社員はもちろんのこと非正規であっても安易に人員削減・調整をすれば「派遣切り」というような批判を受けるケースも多々見受けられる。

つまりこういった雇用慣行(+政府補助金)によって社内失業者が多数隠れており、本当の?失業率は欧米並み、或いは欧米以上に高い = 日本の雇用は最悪 というのが(ネット等での記事などを読む限り)一部の人々の主張であるようだ。


本当の?失業率が欧米並みかどうかはともかく、確かに解雇コストを考えれば一時的には仕事がなくなる社員であっても、長期的に見て仕事があるのであれば社内で保持しておこうという動機が働く余地は十分にあるだろう。 だが、それは悪いことなのだろうか? 一般に失業期間が延びれば再就職が難しくなるなど多くの問題が発生するが、社内に留まってさえいれば、こういった問題は有る程度は避けられる。 多くの場合「社内失業者」といっても実際に「失業」しているわけでなく、社内でワークシェアが行われることによって仕事を継続しているからである。

また、この雇用システムの特徴としては景気回復期の失業率改善の足取りが数字上は重くなることもあげられるだろう。 多くの会社は景気後退期でも社内に余剰の人員を抱えつづけるわけであるから、景気回復の初期の段階ではその余剰人員をフル稼働させることが当然優先されるためである。 

ちなみにこの観点から現況を見れば、日本の失業率は順調に低下しつつあり、景気回復期にあるのは間違いないと言える。


一方でアメリカのように景気が悪くなると企業の利益最大化を目的に躊躇なく労働者を解雇する社会では、景気後退期に一気に失業率が跳ね上がるが、景気回復はすぐに失業率の低下に結びつく。 但し、解雇された人間(と同数の人間)が全て景気回復期に職にありつけるわけでは無い。 失業期間が長くなると再就職が難しくなり、最悪の場合は労働市場から退場を余儀なくされる。 結果として社会における構造的な失業率が上昇し、格差の拡大や社会不安を増徴させることにも繋がる。


こういった点を考えると日本型雇用システムには失業率の水準を低く押さえ、かつその変動も抑制できると言うメリットが存在すると言えるだろう。


一方でこの雇用システムに全く弊害がないわけでは無い。

このシステムでは雇用の安定の責務のかなりの部分を政府ではなく企業が負う形になっている訳であり、労働者にとっては良いシステムでも企業やその出資者にとってはそうでは無い。

雇用する側にとっての最大の問題は、人件費と言う本来なら「操業コスト」であるはずの費用が、実際には「投資コスト」になってしまい、将来的な経済環境の変化に対するリスクとなることである。 正確にはこの「投資コスト」は「長期リース(後払い)」のようなものなので、ある種の債務といってもよい。 つまり日本の企業はアメリカのような解雇が行いやすい国と比べると、見た目以上の重荷(実質的債務)を負っているということになる。 

また、これは景気後退の時期にはデフレ圧力となる。 日本型の雇用システムに守られた人件費という負債(デット)が通常の負債に上乗せされる形でデット・デフレーションを後押しするためである。


世界市場で戦うためには日本型の雇用システムは企業の足かせとなっているという主張は直接的な部分では正しいだろう。 この企業の「足かせ」が、そうでなくても少子高齢化による影響で苦しんでいる日本経済の「名目的な」経済成長を阻害している面は否定できない。 この足かせをはずせば若干の名目的な経済成長の底上げには繋がる可能性は高い。 


だがそれは国民にとって良いことだろうか? 企業が目先の利益の最大化の為に自由に雇用・解雇を繰り返せるような環境が名目的な経済成長率を少し押し上げたとして、その押し上げられた経済成長の果実を得るのはごく一部の層に限られるのではないか。 その一方で多くの労働者がこれまで以上に解雇リスクに直面しながら生活していくことになる訳である。 


筆者はたとえこの雇用システムが企業の足かせとなり、構造改革の障害となり、デフレ圧力となり、名目的な経済成長に対する弊害となっているとしても基本的にはこのシステムを守っていくことが望ましいと考えている。 一部の人間が集中的に稼いで目先の名目的な経済成長を達成することより、多くの人間の雇用の安定の方が遥かに重要であるし、また長期的にみればそれは経済の安定的な発展に繋がるだろう。 名目値が本当に重要なのは経済成長率なんかではなく失業率だということである。


(注1)
文中ではリフレ派を取り上げたが、急進的な構造改革を求める人もこの点(日本の景気・雇用は本当は悪い)においては同じ見方をとっているケースが多いように見える。 要は自分の主張を「日本の現状の否定」から始めたい人にとっては日本の現状がまずまずだったり、当局の政策がそこそこ妥当だったりすると困るということだろう。


(注2)
ちなみに上記の日本・米国の雇用システムの違いについてはあくまでも「相対的に」「傾向が強い」という話で、言うまでもなく全ての企業がそうというわけでは無い。 日本でも近年、この雇用の安定という重荷を可能な限り回避することによって企業の利益の最大化を目指す会社が増えてきており、残念ながら?そういった会社の方が株主から見たパフォーマンスに優れるケースが多いように感じる。