リフレ派は日銀の理論を理解した上で批判しようという気があるのか? (2)

もう一つ補足。

日銀の理論をあくまで異端なものにしておきたがる人間が多いようだが、日銀の理論は大枠でみればBISヴューの影響を強く受けたものと考えられる。 (BIS : Bank for International Settlements、国際決済銀行。 1930年に設立された中央銀行をメンバーとする組織)

BISヴューの典型的な金融政策観については William White氏が2006年の以下の論文で述べたものを翁氏が要約した以下が分かりやすい。 (論文の著者であるWilliam White氏はBISのHead of Monetary and Economy Departmentを勤めていたEconomist)


"Is price stability enough?" by William R White
BIS Working Papers No 205 (2006)
http://www.bis.org/publ/work205.pdf

  • 現在、各国中央銀行が採用している標準的な政策枠組みは、1年程度先までのインフレ率の水準を低位安定させることである。近年では、いくつかの国々で生じたデフレの経験を踏まえ、インフレのみでなくデフレも発生させないように、物価の安定を精力的に追求すべきだということが、共通した見解となっている。
  • しかし、こうした1年程度先までの物価安定のみを追求した政策枠組みは、マクロ経済の安定を達成するのに十分ではない。実際、歴史的に見ても、30年代の米国の大恐慌や90年代の日本、90年代後半のアジア通貨危機など、事前にインフレ圧力を生じさせずに、経済が危機に陥った例は多数存在する。これらの事例は、物価安定追求だけでは、持続的な経済成長を達成するのに十分でないことを示唆している。
  • 現在の標準的な枠組みがもつ最大の問題点は、デフレを回避するための積極的かつ持続的な金融緩和が、実体経済のブームとともに、債務残高、資産価格などの金融面の不均衡をもたらし、これらの不均衡の累積が、ブームの破裂後に深刻な不況·デフレをもたらす可能性があるということである。実際に過去10-20年間に各国で生じてきた経済、金融の危機は、このような特徴を共通してもってきた。
  • デフレを回避することに対する近年の関心は強過ぎるかもしれない。歴史的に見れば、深刻な不況をともなった"醜い(Ugly)"デフレが発生したのは30年代の大恐慌のときだけであった。第1次世界大戦前まで遡ってみても、景気後退をともなう"悪い(Bad)"デフレはいく度か生じた産出量の増大をともなう"良性の(benign)"ものであった。近年における経済の自由化、グローバル化によって、グローバル経済の構造は、第1次世界大戦以前に類似してきているため、正の供給ショックは持続的となる可能性がある。極端な場合、このことは、醜いデフレおよび悪いデフレの発生を懸念するデフレ回避論者が"インフレ目標値を引き上げてデフレに陥る確率を低めるべき"と提案するのとは対照的に、インフレ目標水準をむしろ引き下げるべきであることを示唆している。
  • 現在の標準的な枠組みのもとでは、デフレにより生じるコストと、デフレ回避で生じるコストとの釣り合いが保たれていない。とくに近年の経済・金融構造の変化を踏まえると、デフレ回避のための金融緩和が、金融面の不均衡をもたらし、それが最終的に不況やデフレを生じさせることも勘案する必要がある。このため、政策の枠組みは、景気の上昇局面と下降局面とで、これまでよりも対称的な政策対応を行うように修正される必要がある。また、政策担当者がインフレ率の目標値の設定に際して念頭に置く時間的視野は、現在の1-2年程度よりはるかに長いものであるべきである。

http://www.esri.go.jp/jp/others/kanko_sbubble/analysis_02_01.pdf


これを受けて翁氏は

BIS VIEWでは、日本の経験は、資産価格バブル生成期においてインフレ率が低かったこと、そうしたなかで金融緩和の継続により金融的不均衡が累積したことに着目する。このことから、デフレ・リスクを恐れる非対称な金融緩和は長期的な金融危機リスクを高める年、金融政策もそれを念頭に置いた政策運営を行うべき、とする。

とまとめているが、これは現在の日銀のポジションと非常に近しいものであろう。


BISヴューについて白川総裁自身は日銀はFEDヴューとBISヴューの中間と言っているが、論文等を見るにBIS VIEWが指摘するバブル期における日銀の失敗については同様の理解を有していると思われるし、その反省に立っていわゆる「マクロプルーデンスの視点を意識した」金融政策を推進していると考えて良いだろう。


また、この論文がリーマンショック以前に書かれたことにも留意する必要がある。 この文中の「現在」、「近年」はリーマンショック以降の金融危機よりも前の話であり、懸念はまさに的中することになったわけである。 
いずれにしろこれは現在の「日銀のを擁護するために日銀関係者が考えた」ような話では無いし、また実際の危機を予見していたわけで実証性のない話でもない。


もちろん定量面で「デフレにより生じるコストと、デフレ回避で生じるコストとの釣り合い」については様々な見解があるだろう。 ただ主観的な評価はともかく客観的にはデフレ下の今の日本がバブル崩壊・金融危機の直撃を受けて四苦八苦している今の欧米諸国より明らかに劣後する状態にあるとは言えないというのが筆者の理解である。 



参照:Global Banking Economist Warned of Coming Crisis
http://www.spiegel.de/international/business/0,1518,635051,00.html